古代中国の騎兵技術

 炎天下、でかい荷物を引っ張って徒歩で移動している外国人観光客の群れを見かけた。場所は、別に観光地でも買い物に便利な繁華街でもない、普通の町中。最近はアニメをはじめとした日本のオタクカルチャー世界的にブレークしている印象があるが、そのせいで何の変哲もない日本の町並みをわざわざ見にこようとする暇人が増えているのではないかと思わせる光景だった。にしてもなぜこの時期に来る? もっと観光しやすい季節を選べばいいものを、よりによってWBGTが毎日のように危険域に達するこの時期にやってくるとは。
 暑さはともかく、オタクカルチャーが相変わらず元気なのは別に外国人観光客の間だけの話ではない。こちらで2023年の興行収入ランキングを見るとトップ10のうち半数以上はアニメだったりアニメや漫画の実写化だったりする(なろう小説の映画化もあり、これもオタクカルチャーの中に入れていいだろう)。最近では古代中国を舞台にした漫画原作の映画キングダム(シリーズ3作目)が公開初週に高い数字を出しているようだ。
 それにしても日本ではなく中国の戦国時代を舞台にしたフィクションがこれだけ人気を集めるようになったのは大したものだ。昔は三国志以外の中国史ネタがここまで日本で盛り上がることなど考えられもしなかった。それが今や人気映画としてシリーズ化されるに至っているのだから、原作漫画の及ぼした影響力は凄いの一言。映画そのものも「通常の作品の5倍~7倍の制作費」をかけて作っているそうで、これはもう素直に感心するしかない。
 ついでにこういう作品を見ていると、あまり詳しくない時代や地域だからこそ浮かんでくる考えがある。もし歴史がちょっと違っていたらどうなっただろうか、という妄想だ。この映画の時代について言うなら、個人的に興味があるのは「もし智伯が魏氏・韓氏・趙氏を滅ぼしていたら、歴史はどう変わっていたのか」という切り口。智伯が倒され、晋が3つに分割された結果として「戦国七雄」が生まれたわけだが、春秋時代に長く覇者となっていた晋がバラバラになった結果として西の大国秦に抵抗できるような国が存在しなくなっていた面もあるんじゃなかろうか。
 智伯が六卿のライバルすべてを倒して晋を乗っ取り、いうなれば「荀晋」を打ち立てていたとすれば、この国は戦国「五雄」の中でもかなり強力な国になったんじゃないかと思う。そして彼らが趙のように早い段階で胡服騎射を取り入れていれば、戦国時代を生き延びてむしろそちらが中華を統一していた可能性は……さて果たしてどのくらいあっただろうか。場所的には守るに易い関中に拠点を置く秦の方がそれでも有利な気もするし、一方で経済力では荀晋もかなり踏ん張りそうな印象もある。後は妄想をどう広げるかの世界になってくるのだろう。もちろん現実はそうはならなかったし、映画化された作品も基本は史実の流れに沿って話を進めているわけだが。

 とここまでは話の枕。今回はこの作品と史実との比較から時折指摘されている点に注目したい。それは鐙(あぶみ)だ。こちらのツイートにもある通り、フィクションの舞台となっている紀元前3世紀の中国にはまだ鐙はなかったと言われている。例えば始皇帝の兵馬俑にある馬を見ても、鞍はつけられているが鐙は見当たらない。こちらにはその後の前漢時代に相当する兵馬俑の写真が載っているが、馬にまたがった兵たちが鐙のないまま足を下に伸ばしている様子がわかる。
 中国でどのように鐙が広まっていったかについて書いているのがThe Stirrup and Its Effect on Chinese Military Historyという文章だ。それによると中国で明確に鐙の証拠と言えるものが出てくるのは4世紀の前半、南京で出土した馬の置物になる(Fig. 2)。同世紀初頭にも鐙らしいもののついた置物は存在しているが、これはどうやら鞍の片方にしかついていなかったようで、そのため馬に乗る際にのみ使われたと考えられている。
 同時期には鐙そのものもいろいろなところから発見されている。例えば鮮卑の墳墓から出土したもの(Fig. 3)などで、つまり4世紀頃から中国では鐙が一般化していったと考えられる。5~6世紀になると朝鮮半島でも鐙が出てくるようになり、アジア各地にその使用が広まっていったようだ。さらには図像や置物、レリーフといったものにも鐙が描かれるようになる。
 論文では鐙の登場前から軽騎兵(弓騎兵)だけでなく、白兵戦を行う重騎兵(槍騎兵)が登場していたと指摘している。一例が紀元前1世紀のパルティア兵を描いた図(Fig. 14)で、弓を構えた多くの騎兵の中に、馬に鎧を着せて槍を構えた、でも鐙をつけていない騎兵もいる。ただ中国の場合は、重武装をさせた騎兵の使用拡大が鐙の導入を促した可能性があるそうで、両者の出現時期がだいたい一致しているというのがこの文章の指摘だ。
 騎兵の重要性が増したとこの文章が指摘しているのは五胡十六国時代、及び南北朝で北側が東西に分裂していた時期だ。また欧州では「鐙が封建制をもたらした」のに対し、中国では官僚制がより発展していたために騎兵を封建領主経由ではなく、より直接的に集められたとの見方を示している。一方で戦乱により人口の減った鮮卑は漢族からも騎兵を集めなければならなくなり、結果として中国を支配する者は再び漢族になっていった、という説明もしている。
 中国の歴史に関する解釈はともかく、キングダムの原作漫画では確かに鐙らしきものをつけずに騎兵が行動している様子が描かれている。この点では考証がしっかりしていると言えそうだ。一方で馬に鎧をまとわせている場面が結構あり、こちらはいささか史実とかけ離れているのかもしれない。そして映画では明白に鐙がついている。実際に人間を馬に乗せて撮影する以上、さすがに鐙なしでは危険すぎると判断されたのではなかろうか。
 もちろん漫画も映画もフィクションなんだから鐙があろうが馬が鎧をまとっていようが、格好よく描けてさえいれば問題はない。現実問題として鐙なしで馬上での殺陣を演じるのは相当難しいだろうし、エンタメ作品を作る際に細かい歴史的事実よりも映像としての迫力を重視するのは正しい姿勢だ。観客全員が重度の歴史オタクで考証がおかしいと思うと絶対に映画を見に来ないようなハードコアな人間ばかりならともかく、現実にはそんなことはあり得ないのだから絵面優先となるのは当然だろう。
 一方でそういう細かい史実が気になる人間は、フィクションを見ても余計なことばかりを考えるようになってしまって作品を楽しめなくなる可能性が出てくる。というか実際に画面に鐙が映ったせいでそちらの方が気になってしまった人間がここにいる。他にも似た話はあるようで、例えば当時の馬のサイズを考えると作中で大きく描かれている人間はまたがることができなかったのではないか、ということを気にかけている人がいる。実際、歴史上には巨体のせいで馬に乗れず、徒歩で移動していた人物もいるらしい。
 これは呪いのようなものであり、そして困ったことにこの呪いは簡単には解けない。こうやってフィクションの本筋とは全く関係のない話をいろいろと書いているのも、要はその呪いのせいなのである。まあそれが楽しむネタになれば暇つぶしとしては機能するので、別に不幸な呪いというわけでもないんだが。

 なお鐙が最初に生まれたのは中国ではなく、インドらしい。Medieval Technology and Social Changeという書物によると、紀元前2世紀の後半に鐙を描いた彫刻がインドに姿を見せるそうだ。ただしこの時期の鐙はどうやら親指のみを入れるような小さなループに過ぎなかったそうで、裸足で馬に乗ることができる温かい地域ならともかく、寒い地域で使えるようなものではなかったようだ。
 紀元100年ごろ(wikimediaによると紀元150年頃)のクシャナ朝の彫刻にはもっと大きな鐙らしきものが刻まれているが、こちらはブーツをかなりがっちり固定しているようで、これを使っていたら落馬時に引きずられてしまう恐れがある、というのがこの本の指摘。結局これらの鐙は他地域まで広がることがなかった、というのが結論だ(p14-15)。
 結局この本によると鐙を発明したのは中国人ということになる。その鐙はやがてユーラシア西部に伝わり、中世に入って欧州でもそれを取り入れる動きが広まる。騎兵の発展については金属製のハミ鞍の登場といった技術が寄与したとこれまで話してきたが、鐙はその意味で騎兵の能力を完成させた存在だったのかもしれない。彼らはそれからさらに約1000年の間、世界史を先導するテクノロジーとしての地位を保持し続けた。
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