キルチェーンについては
前にも触れた。ターゲットの発見から破壊に至る一連の過程を指す言葉で、このキルチェーンをいかに迅速に回転させるかが最近の軍事技術においては重要になっているそうだ。その自動化とはつまり、ターゲットの発見からその破壊に至るまで人間の作業や判断を入れずに実行しようということだろう。既に徘徊型のドローンなどはある意味それ単体で人間の手助けなくキルチェーンを完成させているとも解釈できるわけで、それをもっと押し進めれば自動キルチェーンも完成するのかもしれない。
ただこの文章はそのあたりを掘り下げたものではなく、深層学習についてのたとえ話が延々と続く内容となっている。最近のキルチェーン自動化についての知識が深まるような内容ではない。そういうのを期待して読むと、いきなり
チャペックのR.U.R.の話が出てきてしまい、面食らうことになるわけで、その意味で竜頭蛇尾な文章の一例であった。
モスクワの「侵攻プレーブック」とは文字通り、ロシア(旧ソ連)が他国に侵攻する際に使っていた手順であり、常に似たようなやり方を繰り返している点から事前に定められたアメフトのプレーブックに例えられたのだろう。その手順については冒頭に書かれている通りで、①標的国の国境に通常軍を配置し、政治的圧力をかけつつ侵略を組織する②スペツナズ部隊を潜入させて準備と先鋒を務めさせる③空挺部隊で戦略的な空港を奪う④追加兵を着陸させて戦闘空間を確保し、先行部隊と連携して中央政府の「首を刎ねる」――という流れで侵攻を進める。
この文章では具体例として1968年のプラハ侵攻、1989年のアフガン侵攻、2014年のクリミア侵攻、そして2022年のウクライナ侵攻を取り上げている。最初の3回はこのプレーブックがうまく機能し、ソ連やロシアは目的である中央政府(クリミアの場合は地方政府)の斬首に成功している。ただしアフガンではその後に長期化した内戦を経て最終的には撤収を余儀なくされている。またウクライナではこのプレーブックが働かなかったことはご存じの通りだ。
実はこうした危険性は冷戦時代から把握されていたそうで、スイス軍はチューリヒ空港に防衛用の部隊を配置していたそうだ。にもかかわらずプラハ以降もこうしたプレーブックが通用したのは相手が弱体な政府(アフガンや2014年当時のウクライナ)だったためもあるのだろう。それ以降、西側諸国がロシア侵攻に対抗できるようウクライナ軍を訓練した効果も、今回の空港占領を阻止した理由の一つだという。
さらに西側からロシアの軍事侵攻に関する情報が事前に届いていたのも大きい。侵攻の数週間前にはCIAの関係者がウクライナを訪れて危険性を指摘していたそうで、ウクライナが空港に戦力を残すことに彼らが寄与していたのではないかとも指摘されている。そしてもちろんゼレンスキーがキーウにとどまり、毎日のように元気に活動している様子をSNSにアップし続けたことが最も大きく響いた。ロシアの斬首作戦は奇襲効果にかなり頼ったものであり、逆に兵站が十分に準備されていなかったのは
これまでも指摘した通りだ。ウクライナ政府が示した不退転の決意が現在に至る戦況を生み出した理由なのは間違いない。
というわけでロシアに脅かされている国(モルドバやジョージア)あたりは、何をおいても空港を守ることが重要になる、のだろう。もちろん現状ロシアがさらに他国に攻め込むような余力を持っているとは思えないが、今のロシアを見る限り彼らがいつ戦争を仕掛けてくるかわからない国であるとの前提に基づいて行動しないと周辺国は全く安心できないだろう。そして彼らのプレーブックのうち最も反撃しやすいのが空港の支配である点はおそらく事実。日本に当てはめるのであれば実は羽田や成田の周辺に即応部隊を配置することが最も重要、なのかもしれない。
なおウクライナの戦況は引き続き膠着しているもよう。ISWは
26日の報告でザポリージャ州西部でロシア軍の防衛線の一部を破ったという話をしているが、そこからウクライナ軍が大きく展開することにはなっておらず、翌
27日には目立つ襲撃を続けている様子はないとトーンダウンしている。ウクライナの目標は引き続き領土回復よりもロシア軍への損失強要に置かれているように思われる。
その中で最近になって目立っているらしいのが、これまで割と自由に発言してきたロシアのウルトラナショナリストたちの口に轡(くつわ)が嵌められつつあるのではないか、との指摘だ。
29日の報告では情報空間での彼らの発言がウクライナの反攻失敗とその損失の過大評価に偏り、ロシア側の損害について次第に語らなくなっていることが指摘されている。どうやら
ギルキンの逮捕以降、ウルトラナショナリストたちもクレムリンからの報復に怯えるようになってきたらしく、発言のトーンがクレムリン寄り一色になりつつあるようだ。
30日の報告ではクリミアとヘルソンをつなぐ
チョンハル橋が破壊されたとの情報についてロシアの軍事ブロガーたちの反応がかなり欠如していることも指摘されている。クレムリンから軍事ブロガーたちに、どういう話について言及すべきか指示が出されているのではないかとISWは記しており、彼らの発言がかなりクレムリンのコントロール下に入った様子が窺える。
というか、要は情報空間での発言を巡るクレムリン内の勢力争いに一定の方向性が見えてきたということなんだろう。ISWの過去の記述が正しいのならFSBが力を失い、代わって国防省あたりが軍事ブロガーの発言を抑え込むことに成功しつつある、のかもしれない。実際のところはよくわからないが、実は今回の戦争についてロシアの軍事ブロガーはオープンソースの中でかなり重要な情報元であったように見受けられるだけに、こうした状況変化は今後の戦争関連情報の出方に影響を及ぼすかもしれない。
既にウクライナ側は以前から自軍の情報を流さないよう国民相手にアピールを続けており、実際に彼らに関する情報(例えば損害など)は断片的にしか見当たらない。だから匿名サイトのバラバラな推計値があれだけ出回っているのだと思うが、もしかしたら今後はロシア側からの情報も同様に「霧の中」に隠されていくことになるのかもしれない。
こうした一連の話を聞くと、ロシアは本当に大きな北朝鮮になってしまったということがよくわかる。国際社会からの信用は既に地に落ちているのだから、今更少しくらい傷がついても構うことはない、という考えなんだろう。
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