入門書

 宮崎駿の最新作が永年サイクル論だという話を見かけ、一瞬心が揺らいだ。いやまあ多分見に行かないだろうけど。閑話休題。
 ようやくTurchinのEnd Timesが到着したので読んだ。とりあえずマルチレベル選択についての言及が出てこなかったことにほっと一息。あくまで自身のこれまでの研究内容を一般向けに紹介する点に絞り込んだ文章であり、その意味でいい本だと思う。また基本的にAges of Discordの内容を分かりやすくしたものであることは確かだが、それ以外の研究についてもあちこちで触れている。前に紹介した日本語書評の指摘通り、まさに彼の研究に関する入門書と言っていいだろう。
 逆に言うならこのblogで本の内容全体を紹介する必要はないと思う。これまでもいろいろと書いてきた内容の繰り返しになりそうだからだ。むしろあまり触れてなかった点、そして個人的に面白かった点だけ触れていくとしよう。

 まず第1章ではリンカーンが「ありそうもない」大統領だったという指摘が面白い。言われてみれば確かに彼はかなり低い得票率で当選している(候補が多く票が割れたため)。事実上、北部のみの支持で大統領になったことは確かだし、だからこそ南部がその後で分離独立を言い始めたわけだ。当時のエスタブリッシュメント(Turchinは奴隷主政治slavocracyと呼んでいる)から見ればリンカーンは間違いなく対抗エリートだったのだろう。
 同じ第1章で洪秀全と太平天国の乱を、第2章では中世末期におけるフランスの危機を取り上げているあたりは、Ages of DiscordよりもHistorical DynamicsSecular Cyclesについて説明していると読むことができる。さらにイングランドの危機について「モノホンのGame of Thrones」と述べたり、アラブの春について言及したりと、米国以外の例をかなり豊富に紹介している。個別事例の深堀りを試みたAges of Discordに対し、こちらは教科書的と言ってもいいかもしれない。
 続いて米国の現状を説明する第3~5章では冒頭に架空の人物紹介を入れ、読みやすさを心掛けている。架空の人物と言いつつ、例えばTurchinがblogに書いたこちらに出てくる人物などがモデルになっていることは想像できる。各章はそれぞれ困窮化する大衆、競争が激化している上位10%の専門家層、そして実際の支配エリートを紹介しているのだが、第5章では軍人が支配するエジプト、官僚支配の中国に触れつつ米国が金権政治の国であることを説明している。
 第6章は米国史の話だが、金権政治に焦点を当てることでAges of Discordとは違う切り口になっている。米国が金権政治になった理由としてTurchinが掲げているのは2つ。1つは米国に植民地を築いた英国が自国内に常備軍を配置しない金権政治的な国だったため、彼らの性格を受け継いだこと。もう一つは人種問題。人種の違いがなかった北欧では労働者と経済界、政府が連携した北欧モデルの政治を作り上げたが、米国では労働者が人種の違いによって分断され、その分だけ経済界の力が強まったとTurchinは見ているようだ。金権政治はあまり長続きしない(都市国家がその例)が、米国でそれが継続した理由としてTurchinの説明が適切かどうかは何とも判断しがたい。
 第7章以降は実際に永年サイクルが危機局面に入った時、またその後に何が起きるかについて述べており、ここもAges of Discordとはかなり趣が異なる。まず第7章では幾人かの独裁者の話を紹介し(含むスターリン)、続いて構造的人口動態理論(SDT)以外の研究結果について、その問題点も含めて紹介している。特にこちらで触れたプレプリントにも出てくるThe Political Instability Task Force(PITF)のデータについては、調査対象が短すぎて不和の時代が含まれていないことが問題だと指摘。PITFで重要な要素とされている民族は、時代が異なれば別の要素に取って代わられると指摘している。要するに看板に引きずられることなく店内を見ろとの主張だろう。
 次にソ連の解体後に生まれた国についてどのようなエリート支配が行われたかの分析がなされている。ベラルーシは官僚エリートの支配が続き、中間層が守られた。ロシアとウクライナはいずれもいったんは金権政治にシフトしており、ロシアではやがて官僚・軍事エリートの逆襲があったがウクライナでは2014年になっても金権政治が続いたという分析だ。ロシア・ウクライナとも金権政治下でエリートたちは泥棒政治Kleptocracyに邁進したわけだが、ロシアの泥棒政治は官僚エリートの復権後も続いており、そしてウクライナでは徹底して大衆のウェルビーイングがないがしろにされてきた。
 この分析自体は面白いのだが、疑問もある。ウクライナの金権政治家たちが内輪もめを延々続けていたことも、またそれに西側が裏で介入していたこともおそらく事実なんだろう。でもロシアがどう介入していたかについて全く触れられていないのはむしろ違和感が強い。ましてクリミアのクの字も出てこないのは、この時期のウクライナ政治を語るうえでは大きな問題があるのではなかろうか。要するにいささかロシア寄りに過ぎるナラティブに見えて仕方ない。
 もう1つ、この3国の経験から「特に金権政治が脆弱である」という結論をTurchinが導き出しているのは、さすがにチェリーピックではなかろうか。確かにウクライナの政治体制は非常に脆弱だったのだろうが、一方で同じ金権政治を続けていた米国は20世紀初頭に大きなトラブルなく富のポンプを停止させ、統合トレンドへ移行するのに成功している。Turchinが金権政治と見ている国の中には、ヴェネツィアのように1000年以上も生き残っていた国もあるし、オランダも金権政治でなおかつ今も生き残っている国だ。本当ならそれこそCrisisDBで金権政治がどのくらい脆弱かを調べたうえでそうした議論をした方がいい。
 第8章の前半はこちらで触れたモデルの説明が中心。後半になると米国の現状で革命が起きる可能性があるかどうかの話になり、特に革命のために必要な組織や人物についての細かい言及が中心となる。結論としては共和党が革命党になるのではないかと見ており、確かにトランプ派が乗っ取りに成功すればそうなる可能性はある。革命を推進するうえで組織的活動ができるかどうかが重要な点については異論はない。
 第9章は長期的に混乱を避けるにはどうしたらいいかについての議論で、こちらで述べた「危機の深刻度」が低かった歴史上の事例を2つ紹介し、改めて民主制は金権政治に弱いと主張している。富のポンプが働きやすいというのがその論拠なのだが、この点については1つ疑問もある。Turchinは経済面でのエリートと大衆の格差にやたら注目しているのだが、金額的にはそれほど差はなくても権力面で大きな差が生じている政治体制は、果たして金権政治より強靭だと言えるのだろうか。おそらく旧ソ連などはそういう体制であり、そして彼らは金権国家アメリカに敗北している。
 巻末には全3章からなる付録として、SDTについての基本的な説明が載っている。第1章はSF小説を入り口にCliodynamicsを説明し、次に「戦争の数学」について述べている。後者は他のエントリーでも言及しているのであまり詳しくは触れないが、トルストイの本から士気が持つ影響度を数値化する話などはなかなか面白かった。
 第2章もSF小説っぽい語り口からスタートし、各種代理変数の作り方に言及したうえで、Seshatの説明をしている。Seshatを作った理由は「完新世の変化はなぜ、どのように起きたのか」を調べるためだそうで、続いてCrisisDBを作ることにしたのは「なぜ複雑な社会は定期的にトラブルに陥るのか」を知るためだという。第3章はより抽象的に、Turchinがどのようなスタンスで数学を使った歴史分析に臨んでいるのかについて短くまとめられている。

 他にも細かいところで面白い点は色々とある。Goldstoneが自説を受け入れてもらうためにいかに苦労したかという話だとか、一夫一妻より一夫多妻の方がエリート過剰生産が急速に進むとか(取り上げられている事例はマグリブのイスラム諸王朝やモンゴル帝国)、Tucker Carlsonその他の対抗エリートたちについての評価などなど。わかりやすい記述を心掛けているためか、そういう細かい部分も拾っていけば結構興味深いネタがある。
 ただし、この書物はやはりあくまで一般向きの簡単な書物。様々な主張を載せているが、それらがどこまで具体的なデータに基づいているかについては別途調べる必要がある。それに極端なほど「生煮え仮説」を並べていたUltrasocietyとは異なり、こちらの本はその点はかなり穏健であり、逆に言えば見たことのある説が多い(もちろん金権政治が脆弱といった仮説など、どこまで論拠があるか不明な主張もあるにはあるが)。面白く、かつ説得力のある新しい説を読もうと思うのなら、やはり彼が次に出版する予定の「完新世の大転換」を待つべきなんだろう。
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