実際、前回紹介したThe Traction Trebuchet: A Triumph of Four Civilizationsの中でも、重力式の投石機は数世紀にわたるハイブリッドトレビュシェットなどの研究の集大成として出来上がったのではなく、機械式攻城兵器の挙動に対する原則的なブレークスルーによって誕生した兵器だと指摘されている(p457)。実際に誰が発明したかは不明だが、その人物は全面的な尊敬に値する、と記している研究者もいるそうだ。
だが牽引式の細かい挙動が忘れられたのは、重力式のインパクトが強かっただけではなさそうだ。こういった攻城兵器の歴史について取り上げる際にちょくちょく言及される「マンゴネルの神話」も影響している可能性がある。The myth of the mangonel: torsion artillery in the Middle Agesという論文が代表的だが、ギリシャ・ローマ時代に使われていた「捻じれ」の反動を利用した攻城兵器が中世にも続けて使われていたという19世紀頃の説は間違っている、という話だ。今では過ちだとされているこの説によれば、欧州では牽引式の投石機はそもそも使われず、ローマ時代の攻城兵器が廃れたのは12世紀における重力式投石機の登場がきっかけだった、という話になる。
ちなみに、ギリシャ・ローマ時代に最初に現れた攻城兵器は、「捻じれ」ではなく「張力」を利用した大型のクロスボウのような兵器だったと思われている。遅くとも紀元前4世紀初頭には現れていた(A Companion to Greek Warfare, p107)この兵器は、しかしすぐに繊維や腱をより合わせたスケインを使って弾を撃ち出す兵器に取って代わられた。The Traction Trebuchet: A Reconstruction of an Early Medieval Siege Engineの中にはそうした古代兵器の名称に関する説明が乗っており、「捻じれ」torsionを使った兵器としてアルクバリスタ、バリスタ、カタパルト、オナガーといった名前を紹介している(p166-167)。
捻じれ兵器ではなく牽引式のトレビュシェットが使われたのは、技術的な要因だけではなかったとの見方もある。The Traction Trebuchet: A Triumph of Four Civilizationsでは、単純に機能面での格差を紹介している。捻じれを使った兵器では、最大でも60ポンド(27キロ)の石を投げるのが限界であり、しかもそうした兵器は滅多に使われなかった。実際に最も利用頻度が高かったのは30ポンドや40ポンド(14キロと18キロ)にとどまっていたそうで、実際にはそれほど大きな石を投げられたわけではないようだ(p436)。
それにしても研究者に混乱をもたらしたマンゴネルという名前はどこから生まれたのだろうか。The Traction Trebuchet: A Reconstruction of an Early Medieval Siege Engineでは、アラビア語で投石機を意味するマンジャニークという言葉から由来したのではないかという説を紹介。さらにビザンツのマンガノンという言葉も含めて、アラム語のアラーダーという言葉から派生した可能性にも触れている。アラーダーはギリシャ語のオナグロス(オナガー)から来たものであり、1本のポールを使って投石を行なう同名のローマ時代の捻じれ武器が、後にアラブ世界で同じく1本のポールを使って投石する牽引式のトレビュシェットを指すようになったのではないかとの見方を示している(p143-144)。
それに牽引式のトレビュシェットが中国からどのようにユーラシア西部に伝来したかもはっきりしているわけではない。The Traction Trebuchet: A Reconstruction of an Early Medieval Siege Engineではこの武器がアラブ人とイスラム教徒を通じて6世紀にはビザンツへと伝わったと記しているが(p144)、The Traction Trebuchet: A Triumph of Four Civilizationsには東欧経由でビザンツに伝播したというNeedhamらの説が紹介されている。アラビアに伝わったのは預言者ムハンマドが生きていた時代であり、イスラム帝国による征服に伴ってその使用も広がったが、西地中海には彼らが到達するより前に伝播していたとも書かれている(p438-439)。
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