フランスと食料

 今回のフランスでの暴動騒ぎ、結構地方にまで広がっているらしい。こちらの記事によると500以上の市や町、村に騒動が及んでいるそうで、大都市だけでなくかなり草の根レベルで広がっている可能性がある。外務省が「注意喚起」を出すなど、それなりに警戒すべき事象になっていることは確かなんだろう。
 日本でよく語られているのは移民系の問題だ。そもそも最初のきっかけとなった警官による少年の射殺でも、殺されたのはアルジェリア系の少年だったし、逮捕者の大半は若者だが、彼らは「移民を父祖に持ち、パリをはじめとする主要都市の郊外で生まれ育った移民2世、3世」だという。経済的に困難な環境にある彼らは高等教育に進むことができず、足元で不満を募らせているという理屈。この場合、暴動の背景には民族的な分断がある、と解釈できる。
 だがそれ以外の説もある。Blame food prices for France’s riotsという記事は題名の通り、食料価格こそが暴動の背景にあるのだと主張している。18世紀の革命前フランスで起きた「小麦粉戦争」と呼ばれる食糧暴動と同様、食料価格の急騰こそが今回の騒ぎを引き起こした要因というわけだ。日本で言うなら1918年米騒動あたりが思い浮かぶところ。
 実際、この記事に出てくるグラフを見ると、足元の食料価格上昇の影響は結構大きい。INSEE(フランス国立統計経済研究所)のデータから引っ張り出した食糧消費量の推移を見ると、それまで多くて4%にとどまっていた減少率が、2020年以降は急激に拡大し足元では実に16%を超える減少率になっている。背景にあるのはインフレで、所得上位25%にとっては食費はせいぜい7.6%にしかならないが、下位25%は所得の30%以上を食費に費やしており、それだけ経済的な負荷が大きくなっている。先立つものがないために食料の消費そのものを減らしている、という指摘だ。
 なぜ食料価格がここまで上昇しているのか。記事中ではウクライナ戦争の結果として肥料不足が生じているためだとしている。肥料の輸出国であるロシアとベラルーシが経済制裁に遭った結果、肥料価格が急騰したことが食料価格にも反映されている、という理屈だ。ただしFive fertilizer market dynamics that tell the story of 2022という記事を見る限り、2022年の前半に急騰した肥料価格は、後半には逆に急落している。もちろん肥料価格の影響が食料価格にまで及ぶには時間がかかるのかもしれないが、それにしても肥料が主な原因とみていいのかどうかはあまりはっきりしない。
 そうではなく、むしろインフレに合わせて企業が便乗値上げをしているためだという主張もある。確かにこのグラフを見るとインフレ要因として輸入価格や労働コストが増えている一方、間違いなく利益も大幅に伸びている。値上げ分の中の大きな割合を企業が自分たちの取り分として持って行っているわけで、これこそ「フランスにおける富のポンプ」である、という理屈だ。
 実はフランスだけでなく、ドイツでも足元で急激な食料消費量の減少が起きているらしい。ただドイツは過去にも派手に減らしたことがあるようで、足元でフランスと同じ状況にあるのかどうかは不明。とはいえフランスの消費量減が近年まれにみるものであることは確かであり、だからTurchinが早速「大衆の困窮化こそが政治的不安定性の原動力になっている」とリツイートしている。
 この食料消費量の減少を指摘した筆者は、相次いで「数字が信じられない」という反応を受けたという。同じことを15年前に経験したと言ってTurchinが持ち出したのがCanaries in a Coal Mineという文章。銃の乱射事件が増えているという指摘に対して、当時は信じられないという反応が多かったようだ。彼はさらに最近のデータも示し、上昇傾向は本物だと指摘している。
 ただしここまで紹介したTurchinの議論はちょっと乱暴に思える。銃の乱射は社会政治的不安定性を示す代理変数であり、一方で食料消費量の減少は大衆の困窮化を表す代理変数だろう。つまり前者は目的変数であり、後者は説明変数だ。そしてTurchinらが唱える構造的人口動態理論では、名前の通り構造的な変化が社会動向にサイクル的な変化をもたらすと主張している。この場合、目的変数である社会政治的不安定性が急速に変わることはあっても不思議ではないが、説明変数が急速に変わるのはよろしくない。構造的ではなく短期的な変化かもしれないからだ。
 つまり、足元における食料消費の急減は構造的ではない別の要因によるもの、かもしれない。もし指摘されているようにインフレが理由だとしたら、コロナ以降のほんの数年間(肥料が原因なら1年ちょっと)の変動こそが食料消費を引き下げているわけで、それは本当に構造的な要因と考えられるのかという疑問が浮かぶ。実際、肉の購入について調べた調査結果によると、2年前までは経済状況ではなく「健康」を理由に肉の消費を減らす人の割合が最も高かったそうだし、現在でもなお2番目に顔を出している。
 フランスがずっと格差の拡大や富のポンプに悩まされ、既に困窮化していた大衆が今回のインフレを機に爆発したのなら、Turchinらが想定するような事態が生じていると言えるだろう。でもフランスで米国並みの「富のポンプ」が働いていたかどうかは不明。フランスで起きている事態をTurchin的に解釈していいのかどうかについては、現時点ではまだ判断を保留しておいた方がよさそうに見える。

 一方、Turchinが最近のblogでアップしていたThe Scythian Empireというエントリーは、そんな深刻な話ではない。アケメネス朝の先祖をたどるとスキュティア人が作り上げた帝国に至る、という主張をしている本の紹介で、こういった歴史学説についてああでもないこうでもないと論じるのはおそらく誰の迷惑にもならない。その説によるとスキュティア人がメディア王国を建国したが、3代続いたところでメディア人がスキュティアの王家を打倒したのだとか。アケメネス朝を建国したキュロスは建国前はメディアに服属していたそうで、そこからさらに遡ればスキュティア帝国に至る、という理屈だろう。
 もちろんこれが正しいかどうかはわからない。Turchinは古人骨のゲノムでも調べられないだろうかと述べているが、まだそういったサンプルはないと思われる。もしスキュティア人のゲノムが伝わっているのなら、それは東ユーラシアの先祖に由来するそうなので、割と簡単に判別がつくのかもしれない。いずれにせよ現状ではそういったサンプルが見つかるのを待つしかないんだろう。
 歴史ネタではTurchinがリツイートしていたこちらのツイートも面白かった。古代の戦象について、アジアとアフリカの象がどう使われていたかという話なのだが、プトレマイオス朝がセレウコス朝に対抗すべくアフリカの大型の象を求めた部分が興味深い。彼らはそのために紅海から東アフリカ沿岸へと至る交易路を作り上げたそうだ。
 だが後にセレウコス朝はパルティアによってインドとの連絡を絶たれ、象の入手ができなくなった。結果としてプトレマイオス朝もアフリカとの象交易のインセンティブを失っていく。さらにザマの戦いでローマ軍はカルタゴの戦象を無効化するのに成功し、象の利用はほぼ廃れていった。だがプトレマイオス朝が切り開いた紅海貿易はその後も続き、ローマの時代にはエリュトラー海案内記を生み出すに至った、という話だ。戦争が交易ルートを開いたという、なかなか面白い話だった。
 あとTurchinがらみでは前にも書いたが、War and Peace and Warの書評の続きが掲載されている。と言っても内容的にはいよいよ一番ヤバい第5章に入ったところで、さっそく書評者から「いかにもDSウィルソンに影響されたグループ淘汰好きの議論が始まる雰囲気」と見透かされたような指摘を受けている。やはりTurchinのマルチレベル好きは普通に読めば違和感を覚えるのは仕方ないんだろう。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント