データいろいろ

 規模は縮小しつつあるようだが、フランスの騒動が話題になっている。これについてFragile States Indexという指標を出しているところがちょっとした分析をしていた。L’Etat, C’est (Pas) Moi: France’s Mystifying Improvement on the Fragile States Indexという記事で、権威主義的だと批判を浴びているマクロン政権が、一方で国家の脆弱性を示す指標を見るとむしろ好転を見せていると指摘。マクロン自身の不人気は国家の脆弱性とは関係なく、「朕は国家なり」と称したルイ14世とは逆に「大統領は国家にあらず」という認識が定着している。マクロンの不人気な政策は実は国家を強靭にしている、というのがこの記事の見方だ。
 実際、フランスのFSIをこちらで調べると、2023年時点のその数値は28.8と2006年以降で最低水準(つまり最も脆弱性が低い)になっている。この数字は179ヶ国中162位と実に高い安定度を誇っている状態だ。米国が足元で上昇基調にあり、2022年には46.6にまで数値を高めたのに比べると、実に望ましい方向に向かっていると言えるだろう。
 FSIの内容はこちらで説明されている。脆弱性を測るうえで結束(cohesion)、経済(economic)、政治(political)、社会(social)という4つの分野について、それぞれ3つの指標を算出。それらを合計して数字を出しているようだ。構造的人口動態理論(SDT)におけるエリート内紛争や大衆の困窮化を思わせるデータもあるし、人口動態的な圧力も計算の範疇に入っているが、SDTとは違う計算方法を採用している指標だと言える。
 基本的に先進国の数字は低い。日本は2023年時点で30.5とフランスほどではないが全体161位とかなり低水準を維持しているし、ドイツは24.6とフランスよりもさらに低位に達している。G7の中で最も低いカナダは18.9と全体173位に位置しており、過去の高かった時ですら27.9にしかなっていないのだから、強靭性という意味では実に突出している。一方、米国よりはマシだが数字が高いのはイタリア(42.6)や英国(41.9)だ。
 米国の数字が上昇し始めたのはトランプ政権の途中からで、国会議事堂襲撃が起きた2021以降に急激に高くなっている。経済面ではそれほど数字は悪化していないのだが、エリートの分断とグループの不満増大、そして国家の正当性や治安機関の能力についての数字が特に近年になって悪化している。それぞれSDTでいうところのエリート潜在動員力(EMP)、大衆潜在動員力(MMP)、そして国家の財政悪化(SFD)に相当しており、そりゃSDTで見れば米国は危機的に見えるだろう。しかしFSIで見ると、G7に限ればともかく、世界的に見るとまだそこまで悪い状況ではないように見える。
 実際、米国よりずっと悪い国はいくつもある。例えばロシアは80.7という数字を出しており、世界で53番手と割と上位に顔を出している。そのロシアと戦争をやっているウクライナは95.9とさらに数字が厳しく、世界で18位とかなり上だ。もちろん戦争当事国の数字が悪化するのは当然といえば当然なのだが、逆に言えばこの指標はSDTとは異なり、国内の状況だけでなく対外的な関係も脆弱性の判断に含んでいることが分かる。一方、中国のこの数字は調査開始以降、基本ずっと右肩下がりを続けている。それでも現状はまだ65.1と米国よりも高い状態にはあるのだが。
 もちろん、この指標が果たしてどのような役に立つのかはきちんと確認しておかなければならないだろう。Turchinらはこちらで紹介したプレプリントの中で、FSIを含めたいくつかのモデルが2010年の「アラブの春」を予測できなかったとの研究結果を紹介している(p3)。SDTと比べてモデルに組み込んでいるデータがより幅広い分野にわたっている結果、シグナルだけでなくノイズも拾っている、のかもしれない。
 ただし、それを計算に入れてもなおフランスが足元で特に過去と比べて構造的に悪化しているようには見えない。単純にSDTとも関係しそうな治安機関、エリート内紛争、グループの不満、政府の正当性を足し合わせた数字だけ見ても、2023年は12.2と最近のピークだった2019年(13.9)からそこそこ低下している。もちろんずっと数値が低かった2007年(10.1)に比べればまだ高い水準であり、だからあまり楽観できる状況ではないかもしれないが、2019年の18.0が2023年には22.7へと上昇している米国と一緒に並べるのは問題だろう。もちろんFSIがどのようなデータを使って計算しているかにもよるわけだが、フランスの現状がどこまで構造的な要因を持つのかはちょっと判断しがたい。

 データ関連でもう1つ面白いのはWorld Inequality Databaseの数字だ。特に先進国間の比較が興味深い。G7を対象に所得ではなく富の格差を調べてみると、トップ1%が占める比率が最も高いのが米国(35.3%)になるのはわかる。ところがその次に顔を出すのは英国、ではなく実はドイツ(28.6%)であり、その次もフランス(26.8%)になっている。さらにカナダ(24.9%)、日本(24.8%)、イタリア(22.1%)が続き、英国は実はドンケツの21.3%にとどまっているのだ。
 トップ10%が占める割合になるとさすがに英国(57.1%)はイタリア(56.2%)よりは高くなっているものの、他の欧州大陸諸国やカナダ、日本よりも低い数字を出しており、つまり現状において英国はG7でもトップクラスに平等な社会と化している、という結論になってしまう。所得で見れば英国のトップ1%は12.7%とフランス(8.9%)よりも高く、一般的なイメージ通りの結果になっているが、米国(19.0%)に比べれば正直大したことはなく、実は日本(12.9%)よりも低かったりする。
 世間一般も含めてだと思うが、米英をまとめてアングロサクソン諸国とひとくくりにしているのは、もしかしたらこの手のデータを見る限り適切とは言えないのかもしれない。少なくとも経済的格差について、英国はもっと欧州の大陸諸国との類似性を見ておいた方がよさそうに思える。それに2010年以降の英国ではむしろ所得格差は縮小気味であり、高止まりを続けている米国とは異なる流れを見せている。
 もちろん経済的な格差のみが格差とは言えない。エリートには経済力ではなく物理的強制力や説得力、官僚機構といったものを力の源としている者もおり、そういった者たちの中には経済格差では測れない力を持っている者もいるだろう(科挙の合格者や、こちらで紹介したシロビキの数といったものでエリートの数を計算するのがそういった事例)。だから経済格差が思ったほどでないとしてもエリート内紛争が激化している例は起きても不思議はない。ただしそれを踏まえたうえでなお、英国の一連の数字はちょっと驚きであることは間違いない。

 なおSDTという形でデータ解釈をしているTurchinを紹介しているメディアは、これまで紹介してきたもの以外にも多々存在する。こちらの動画もその一例だし、こちらの動画はインタビューではなく彼の講義を採録している。文章としてはIn the Margins: The Rise of the PrecariatというEnd Timesの書評があり、Lobaczewskiの書いたPolitical Ponerologyという書籍と比較しながらTurchinの議論が紹介されている。
 ただこの書評の筆者はEnd Timesをまだ途中までしか読んでいないようで、そのうえで最後に気になった点をいくつか並べている。1つは一夫多妻がエリート過剰生産を加速するという話。この件はこちらでもちょっと触れたが、こうした結婚制度を採用している場合の永年サイクルは、通常の2~3世紀という期間ではなく1世紀ほどで終わってしまう、という話のようだ。昔、遊牧民はサイクルが短いという話がHistorical Dynamicsで語られていたが、あの時は一夫多妻という話は出てきていなかったように思う。
 危機に陥ったうちの10~15%は惨劇を避けられるという話、及び米国が金権政治であるという話はこれまでも触れているが、もう1つの面白い話が、記録に残された最も長い統合トレンドはおよそ3世紀に及ぶというやつだ。これは実に長い。具体的にどの政治体がこの実例に相当するのかは不明だが、そうした長い統合トレンドが成立するのであれば、かつてこちらで紹介したフィクション内の永年サイクルも、それなりに説得力があることになる。

 最後にちょっと目に留まった記事なのだが、世界の空きオフィスビル、債務の時限爆弾に-家主はデフォルト選択が興味深かった。永年サイクルにおける危機局面はエリート過剰から生じるのだが、これは経済的に見れば大衆が提供する労働が不足しエリートが持つ資産が過剰になるとも解釈できる。つまり足元ではエリート過剰生産と歩調を合わせてエリートの資産である不動産の過剰生産も進んでおり、それがそろそろ限界を迎えつつある、と考えられるのではなかろうか。もちろん基本的には単なるバブルの一種であり、いつの時代も発生し得る経済的なトラブルとも考えられるのだが、さてどちらがより実態に近い解釈なのだろうか。
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