乱後の動き

 プリゴジンの乱以降、ロシアに関してはいろいろな話が伝わっている。例えばルカシェンコが今回の乱について脚色したっぽい手柄話を並べたり、ロシアの配備した核兵器を自分たちが使うと言ったりしたとの説、あるいは反乱を止めたのは彼が使った「硬軟の交渉」だったという話などがその例。ルカシェンコが本当にそう話していたのだとしても、彼の言うことがどこまで事実なのかは正直よくわからない。
 他にもスロヴィキンが逮捕されたという話やら、所在不明のゲラシモフに関する話、中東やアフリカで活動しているワグナー隊員はワグナーごと切られるのではないかという推測、さらにはプリゴジンの乱に関するプーチン発言の読み解きなど、まあとにかく多彩な情報が飛び交っている。ネットは広大だ。
 とはいえネット、特にSNSの情報が当てにならないのは広く知られたところであるし、またメディアの記事にしてもロシア国内情勢については推測を交えたものになっているのは否定できない。特にこういう大きな動きが起きた直後は真偽不明なストーリーがいつもより多く登場し、広くシェアされがち。SNS情報は大喜利に使うには適しているものが多いとしても、事実関係を調べるうえではあまり当てにしない方がいいだろう。いやまあSNSの側で勝手に見られなくなっているようだが。
 というわけでプリゴジンの乱後の動きについて、以下では信頼度が高いと思われるISWの情報のみを使って整理しておこう。まず乱が終わった6月24日時点で、ISWは「プリゴジンが率いる現状の形の独立したアクターとしてのワグナー」は廃絶される可能性が高いと指摘。ワグナーを独立した戦力として維持するために乱を起こしたプリゴジンだが、彼の見通しは自信過剰だったのではないかとの見方を示している。一方「めざせモスクワ」を直接止めたのがルカシェンコである点はプーチンにとっては屈辱的であり、しかも彼の仲介はクレムリンにとって短期的な調整にはなっても長期的解決にはならない、とISWは予想している。
 翌25日になっても仲介の内容はまだ曖昧だと指摘。情報空間のウルトラナショナリストの中でも見解が分かれたままで、ギルキンなどはプーチンを含めて批判を浴びせていると記している。またこの時点でモスクワへ進撃した戦力についての情報もいろいろと出てきたようで、戦車9両、歩兵戦闘車4両などが含まれているという話、あるいは兵力にすると4000人ほどだったという説などが出てきていた。ISWは、これらの情報が正しいのならモスクワの完全な占領やロシア軍との長期的な戦闘には苦労したのではないか、との見方を示している。
 続く26日の報告では、まずプーチン演説についての分析を行っている。クレムリンがプリゴジンをはじめとした乱の首謀者とワグナー隊員とを切り離して扱おうとしていることを指摘し、彼らは引き続きワグナーの戦力を手元にとどめようとしているとの解釈を示している。一方でワグナーの一部はプリゴジンに従ってベラルーシに向かうものの、そこが彼らにとっての避難所になるかどうかは不透明だそうだ。またショイグの地位は変わらないこと、ワグナーの戦力からプリゴジンは排除され、独立した単一の組織ではなくなりそうだとの見通しも記している。
 27日になっても引き続きプーチンはプリゴジンを批判しているが、この時点では彼を「殉教者」にさせないまま排除することはできないと判断したのではないかと書いている。またルカシェンコの発言も踏まえ、プーチンがプリゴジンとワグナーに対し「ベラルーシでの安全保障」を約束したとの推測も述べている。一方のルカシェンコはベラルーシの吸収を謀ろうとしているクレムリンに対抗し、ワグナーを「駆け引き」用の道具として、なおかつベラルーシ軍のロシア軍への依存度を引き下げる手段として使うつもりだとも指摘している。プーチン、ルカシェンコ、プリゴジンを交えたこの「パワープレイ」はまだ続きそうで、またロシア軍がワグナーを服従させるのに専念することで新たな動員は難しくなるため、全体としてウクライナにとって利益になる可能性は高そうだ。
 28日にはワグナーを巡る交渉が関係者間でまだ続いているのではと指摘。スロヴィキン逮捕の報道にも触れ、クレムリンが国防省内で忠実でない将軍をパージしようとしているとの見方も示している。ただクレムリンは、国内を相手に国防省に対する蔑視を和らげようとする一方で反乱者に対して同情的な者たちの力を削ぐ作業も同時に進めているそうで、かなり政治的に面倒な綱渡りを強いられているというのがISWの見解だ。そしてISWがプリゴジンの乱の後始末について真っ先に言及するのは、この日がいったん最後となっている。
 29日の報告では実に久しぶりにウクライナ側の話が真っ先に紹介されている。バフムート方面、及び少なくとも他2ヶ所でウクライナ側が攻勢に出ているという内容だが、ワグナー絡みの話も引き続き言及されており、クレムリンはワグナーを国有企業化する意図があるのではないかと書かれている(ただしかなり慎重な言い回しにはなっている)。プリゴジンが持っていたメディアグループについてはクレムリンが支援する事業家が手に入れようとしている一方、ベラルーシにはワグナーの新たな基地が出来上がりつつあることも指摘。またスロヴィキンやゲラシモフについても書かれているが、正確なことはまだわからないようだ。
 30日の報告になって、ようやくウクライナ戦争に対するロシア側の反応が言及されるようになってきた。そこではヘルソン州ドニプロ左岸におけるウクライナの小規模な戦力を撃退しそこねた軍に対してロシアの情報空間が不釣り合いなほどに反応していると指摘。プリゴジンの乱後もロシアの軍事ブロガーたちがクレムリンの思い通りに動いていないことが窺えるようだ。またワグナーは引き続きロシア国内で積極的に兵の徴集を行っているそうだが、彼らがワグナーと契約するのか、それとも国防省と契約するのかについてはわからないという。
 7月1日の報告になると、さすがにワグナー関連の記述も減っている。1つはドニプロ左岸に進出したウクライナの小規模な軍勢に対する勝利を大げさに喧伝した点で、ロシア軍がこの部隊を本当に恐れていたか、ワグナーの武装蜂起後に必要とされていた「情報的勝利」を必死に求めていたためではないかと分析している。またロシアがワグナーの戦闘能力に関する評価を破壊しようとするキャンペーンを展開している件について、国防省がワグナーの戦闘員を自分たちの傘下に収めようとする努力を支援するものだとの見方も示している。とはいえメインの内容はウクライナでの戦争にシフトしているようで、ISWの力点がようやくワグナーから離れつつあることを示しているのかもしれない。

 ちなみに足元ではロシアよりフランスの派手な暴動の方がSNSで目立ちつつある。警察官が少年を射殺したのをきっかけに起きた騒ぎだそうだが、1300人超が拘束され、マクロンがドイツ訪問を延期するなど、ここまで派手なのは5年ぶりくらいか。もちろんTurchinもリツイートしている。つまり、ロシアもそうかもしれないが、フランスもまたエリート層の不満が高まっていると推測しているのだろう。いずこも同じ夏の夕暮れか。
 もちろん米国でも不満はあり、Turchinは学費ローンに関するツイッター上のやり取りも紹介している。米国では政権が掲げていた大学学費ローンの返済一部免除策について最高裁が無効との判断を示しており、おそらくそのあたりがこのツイートの原因だったのだろう。ローンの負担については大統領が決めるのではなく「議会に委ねられる」ことになりそうだとか。
 実のところ学生ローンの免除について、米国内では政策そのものへの反対はそれほど多くない。高卒未満の間ですら大多数が支持しているほどだ。もちろんベビーブーマーのように反対派が結構な割合に達している例もあるが、トータルで見ればある程度のローン免除については多数派の支持が得られそうに見える。問題はその方針を決める場所として議会を通すかどうかであり、そして議会を通せば党派争いの道具になるのは見えている。党派争いが激しくなりすぎると、それほど極端に意見が分かれているわけでもない案件までも含め、政府の機能不全が強まることを示す一例と言えるんだろう。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント