だが、こうした足元の研究に異論を唱える論文が昨年発表された。Black Death mortality not as widespread as long thoughtという記事がその結論を簡単にまとめているのだが、要は花粉のデータを使って調べたところ、地域によって黒死病の影響はかなり違っていたようで、思われていたほど一般的でも広範囲に及んでいたわけでもないという結論になった。黒死病に関する研究データの大半は数字が充実している都市部のものだが、当時の欧州人口はその大半が農村に暮らしていたことを考えるなら、都市部の数字が過大に適用されているのではないか、という疑問が出てきたという。
なお黒死病についてはPandemics, places, and populations: Evidence from the Black Deathという文章もあり、こちらは短期的な影響はともかく中長期には交通の利便性などの経済的要因の方が都市の成長に大きな影響を及ぼすという話を指摘している。また黒死病後の人口回復過程においては死亡率の低かった農村から都市に人口が流れ込んだ結果、むしろそういう農村ほど放棄されたことも指摘されている。当たり前の話だが人口動態を見るうえでは人口の移動についても考えねばならないのだろう。
実際問題、古い時代の人口動態について調べるのは難しい。例えば英語wikipediaのMedieval demographyでは1500年時点のドイツの人口を1080万人としているが、Demographics of Germanyだとその数は920万人となる。領土が変わるといった問題も踏まえて考える必要があるのかもしれないが、研究者間でも必ずしもデータが一致しているわけではない一例だ。
近代に入っても人口推測の困難さは変わらないようで、The Population History of Germanyでは1600年の人口1620万人が三十年戦争を挟んだ後の1700年には1410万人に減ったとしているが(Table 1)、前に紹介した古い時代の推計値を見ると1600年から1700年の間に少しだが人口が増えているとしている例もある。ビッグヒストリーを語るうえでデータは外せなくなっていると前から書いているが、一方でこうした古いデータが持つ限界を忘れてはならない、と思わせる話だった。先日書いたロシアのSFDの話でもそう結論づけたが、必要であることは間違いない一方、歴史データについては注意深く見るようにした方がいい。
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