ロシアのSFD

 以前、こちらこちらでロシアの政治ストレス指数(PSI)を調べたことがあった。ただしロシアの政治ストレスの現状が分かったかと言われると、正直微妙な結果だった。問題の1つはデータがあまり遡及できないことで、頑張ってもソ連崩壊後までしか遡れなかった。End TimesでTurchinは統合トレントが1世紀ほど続くと述べているらしく、そうしたタイムスケールを踏まえるならそもそも30年ほどしか取れないデータから物事を判断するのは難しい。
 もう1つの問題点ではないかと思ったのが、政府の財政悪化(SFD)の計算法だ。ロシアのPSIを計算するに際してはGDP比で見た政府負債を使ったが、管理通貨制度を採用している現代国家で政府の能力を測る方法としてこれが適切なのかどうかわからない、というのが実際にPSIを算出した結果、浮かんできた疑問。実際、この数値を使うと日本は政府の機能が大幅に低下していることになるが、GDP比で公的利払いの割合を見ると米国より負担が軽かったりするわけで、代理変数として適切なのかどうか悩むデータとなる。
 そんなことを考えていたら、最近になってTurchinがStructural-Demographic Theory: What’s Next?という新しいエントリーをblogにアップしていた。End Timesでも紹介していたCrisisDBについて、本を書いたときは100の事例を研究していたのが、足元では既に200に近づき、1年もすれば300件になることも期待できるという。ただしそのためにはさらに研究に取り組む人材が必要、というわけで協力者を呼びかけるエントリーとなっている。
 その中で紹介されているプレプリントが、Empirically Testing and Refining Structural Demographic Theory: A Methodological Guideだ。構造的人口動態理論(SDT)が過去の説明だけでなく将来の予測にも役立つとアピールしたうえで、どのようにこの理論を使いこなせるかについて説明しているのが特徴。やり方を教えるからいろんなケースについて調べてみてちょうだい、という内容であり、その中で特に詳しく書いているのがPSIの算出法だ。
 Appendix(p16-17)には、PSIを構成する3つの指標、つまり潜在大衆動員力(MMP)、潜在エリート動員力(EMP)、SFD、そして目的変数である不安定性(Instability)としてどのようなものがあり得るかを箇条書きで示している。あくまで「一例」ということだろうが、例えば不安定性なら暴動のようなイベント、統治者の交代、国家のその後の状況など、考えられるものをいくつか紹介している。もちろんSFDもいくつか代理変数が紹介されており、統治者の人気や国家の歳入、財政赤字などが示されている。
 そう、SFDの計算法は実は負債の対GDP比だけではない、というのがこちらのプレプリントの指摘だ。実際に文中で紹介されているものとしても、負債の対GDP比以外に、GDPのうち国家が税収として手に入れている割合や、歳入から歳出を差し引いた財政赤字なども「典型例」として紹介されている。これはなかなか興味深い指摘だ。
 というわけで実際にこれらのデータを使ってロシアのSFDがどう推移したかを調べてみた。使うデータのうち税収負債の対GDP比は世界銀行のサイトから、財政収支(こちらも対GDP比)についてはこちらのサイトを活用。まず税収については逆数を、収支については赤字が大きいほどSFDが大きくなるよう調整し、負債については数値が抜けている2年分を推測値で補った。そしていずれのデータも最小値をゼロ、最大値を1とした場合のグラフが以下となる。

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 見ての通り、これまでPSIの計算に使ってきた負債は、3つの指標の中で最も極端な低下を示している。1999年以降という限られた期間にもかかわらず、ピークが高すぎるために足元でいささか伸びてきているとはいえ水準は0.2未満だ。一方、税収と収支は2000年代の後半から右肩上がりの傾向で、足元は0.6前後の水準にある。ウクライナ戦争が始まった後の数字は現状ではわからないが、少なくとも負債に比べれば随分と悪化傾向にあることは確かだ。ただし1990年代まで遡ると現状が極端に悪いというわけでもない。
 そもそもデータが取れる期間が20年ちょっとしかないのが問題。1世代も経過していないデータから構造的な変化を読み取るのは無理がある、かもしれない。このあたり、ソ連とロシアという体制の変化に伴ってデータの断絶がある以上、避けて通れない問題ではあるのだが、調べようとすると難しい点が多いのは確かだ。
 そして何よりも、同じ政府の財政関連のデータなのに、取り方によって傾向がかなり極端に違う点は注意が必要だろう。正直、負債で見た場合とそれ以外とでここまで大きな差が出てしまうと、どちらのデータを信じればいいのかという悩みが間違いなく発生する。逆に自説に都合のいいデータを「チェリーピック」することも可能になってしまうわけで、あまりにも融通無碍に代理変数を使いすぎるとそれだけSDTの信頼度が下がることにもなりかねない。
 このプレプリント内で筆者(TurchinとHoyer)は過去に「社会の強靭性と社会の破綻」について分析してきた先行研究をいくつか紹介。中にはGoldstoneが手掛けたものもあったりするのだが、それらがなかなかうまく将来を予測できていないと指摘している。最近の流行は理論に立脚するよりも、ビッグデータを使って統計的な分析から予測モデルを作り上げるというものが中心らしいが、そちらも同様に成功できていない(p3-4)。仮説を使わない方法については以前Turchinが批判していたが、その背景にはこうした背景があったのだろう。仮説を立ててから検証すべきというTurchinの主張には個人的に同意する。
 ただし、ロシアのSFDからもわかる通り、SDTのやり方については「使うデータが恣意的になりかねない」という批判が当てはまりそうな気もする。ビッグデータを集めてそのデータに基づいてパターンを見つけ出す方法が(ノイズとシグナルを混同するといった)リスクを抱えているのは間違いないとしても、一方で代理変数という方法で歴史上のデータを穴埋めするTurchinのやり方も「データのチェリーピック」になりかねない、という危うさを含んでいる。こちらで紹介した19世紀米国人の身長データも、そうした危うさの一例だろう。
 私は構造的人口動態理論にはそれなりの説得力があると思っているが、全面的に信じていいと考えているわけではない。少なくとも折を見て個別のデータを検証する作業はやっておいた方が安全だ。今回のプレプリントで各種代理変数の調べ方を紹介していること自体は別に問題ないものの、そうやって集めたデータには偏った傾向があるかもしれないし、場合によってはチェリーピックの誘惑も存在することを忘れてはいけないんだろう。

 最後にCrisisDB関連で、各危機の結果がどうなったかをまとめているサイトを見つけた。それによると研究対象となっている危機の数は169種類。日本の場合は8つのケースが取り上げられており、中でも明治維新の際にはかなり様々なトラブルがもたらされた、という解釈になっているようだ。こうしたデータベースを作り上げるためにどうやら1874もの権力移行事例(日本関連は122例)を調べたようだが、例えば日本の例を見ると神武から綏靖への移行なるものも入っており、正直言ってかなり違和感がある。いやもちろん危機の事例からはそういったものは排除されているので、CrisisDB自体がおかしいとまでは言わないが、やはりデータそのものは注意深く見た方がよさそうだ。
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