乱しゅーりょー

 プリゴジン「俺たちの戦いはこれまでだ」
 ――現実先生の次回作にご期待ください!

 というわけでプリゴジンの乱は、本格的に始まってからほぼ1日で終了。あっという間だった。それにしてもここまで誰も得したように見えない結末ってのもなかなか珍しいんじゃなかろうか。特にエリート層の分裂をさらけ出したロシアにとっては、マイナスサムという言葉がこれほど似合う騒ぎもない。
 プリゴジンはあれだけ「ショイグー、ゲルァシモフ」の首を取りたがっているように見えていたのに、結果的には国防省上層部の人事について議論もせずに和解を受け入れた。今回の騒ぎについては室町時代の御所巻みたいだという声が各所で上がっているが、だとしても人事の要求が通っていない点を踏まえるなら「ワグネルの武装蜂起は失敗、プリゴジンはベラルーシに亡命」と言われるのも仕方ない。
 プリゴジンがロストフから撤収する際には市民が「感謝の意を表明し、別れを惜しんでいる」様子も見られたようだが、一方で彼のチャンネルについている反応を見ると、進軍を止める前はHeart on fireが最多だったのに、終わった後はClown faceが圧倒的多数になっているし、2番手にはThumbs downが来ている。あまりにしょうもない結果のせいで、「プリゴジンは家族の安全を確保し損ねたか、陰謀家仲間に裏切られたか、プーチンから多額の金でももらったのではないか」といった推測が出ていたほどだ。
 かといってプーチンが大勝したわけでもない。国民向けに会見までやって反乱だ裏切りだと騒ぎ立てた相手について、兵士はもとより首謀者まで無罪放免にせざるを得なくなったわけで、要するに面子丸潰れ。実際に調子に乗って反乱軍に喝采を示すやつとか、戻ってきた警察に挑発をかますやつが出てきており、プーチン体制がコケにされている様子が窺える。権威主義体制によって国民にバカにされる状態はかなり致命的だ。
 プーチンの弱さが露呈したのは、ワグナーに首都から200キロまで迫られたことが大きい。何しろ一時はモスクワ州までは行ったとも伝えられたほどで、現体制は限られた数の武装勢力がロストフからモスクワまでの長距離を移動するのをほとんど防げなかったわけだ。そりゃ軍内部の不満分子とか対抗エリートあたりが「よっしゃここはワイもいっちょ」と思うリスクは高まる。
 実害も出ている。ヴォロネジではワグナーを止めようとしたヘリか何かの攻撃で石油タンクが炎上しているし、進軍を止めようとしたロシア空軍の航空機とヘリ8機が失われている戦死者が15人も出ているのに、その犯人たちを全員見逃した点は、ロシア軍にとっては不満の種だろう。モスクワ防衛のため道路を掘り返した分も修復しなければならない。
 何より、ポチョムキン軍と揶揄されていたロシア軍どころか、そもそもロシアの国家体制自体が「張子のホッキョクグマ」だと思われそうなのが、最大の問題点だろう。日帝ですら二・二六事件を鎮圧、処罰しているのに今回はそれすらできなかったわけで、ゼレンスキーの言う通り「プーチンはロシアを掌握していない」ことが満天下にさらされてしまった。早速「あれが最後とは思えない」といった大喜利が登場しているし、今後はまともな部隊をモスクワに張り付けなければならなくなるため、ウクライナ戦争の遂行が一段と難しくなる。
 ロシア側関係者に比べればウクライナにとってはプラスが多いように見える。ただ、もっと長引いてロシアが本格内戦に突入した方がウクライナにとってはさらにプラスが大きかったわけで、そう考えると長蛇を逸したと思う人もいるんじゃなかろうか。いやもちろんワグナーが核のボタンを握るような事態になれば西側全体にとっては単なる悪夢でしかないので、それを避けられたのはよかったのかもしれないが。あともちろん、ポップコーン片手にワクワクしながらSNSを追っていた連中から見ると「なんじゃこりゃ」な結末ではある。
 ほぼ唯一「勝者総取り」状態なのがルカシェンコ。何せあのプーチンに「感謝」させて貸しを作っているし、おまけにプリゴジンというジョーカーが手元に転がり込んできた。ただし傍から見ている限り、かなり棚ぼた感がある勝ち方。むしろ、かなり古い段階からプリゴジンに注目してその動きを追っていたISWこそ、目の付け所をほめるべきかもしれない。また彼らが前日の予想で述べた、ロシア国防省の上層部を入れ替える目標が成功しそうにないとの部分も結果的に的中しており、これもまたお見事と言える。
 それにしても、どうしてこんな三方一両損的行動を関係者は取ってしまったのだろうか。実際、ISWもプリゴジンの選択次第ではワグナーはおそらくモスクワに取り付いていただろうと述べているくらいで、そこまで突き進むこと自体は可能だったはず。もちろんそれをやってもプリゴジンにとってその後の見通しが立っているわけではなく、だからお互いに「今できる局所最適解」みたいな手打ちをやった可能性はある。
 それも含め、今回の首謀者であるプリゴジンはおそらく「あまり深く考えずに行動して」いたのだろう。その割にロストフ制圧にしてもモスクワ進軍にしても手際が良かったのは確かだが、あれはワグナーが有能なのではなく単にロシアがダメすぎただけ。まさかここまで行くとは思わなかったのがあっという間にモスクワが接近してきたのを見て、プリゴジン自身がビビッてしまった可能性もあるんじゃなかろうか。ワグナー内でも肝心なところで腰が引けたプリゴジンを「てめえこの使えないボケハゲ」と罵っている者がいるらしいし。
 そしてロシアがいまだ囚人のジレンマにおける裏切りがデフォルトとなっている騎兵革命後の帝国ベルト時代を生きていることも、改めて感じられた。政府の実効性を高めるためにグループ内の協力関係を強めるのではなく、パトロン―クライアント関係に基づく自力救済と、統治ノウハウを持つ中央がいわば文明の中心地として尊重されるような中世的世界が、引き続きあの国を支配しているように見えてならない……という理屈で何とか自分を納得させるとしよう

 というわけでプリゴジンの乱(笑)も一段落したので、少し他の情報を確認しておこう。ISWも指摘していたのだが、そもそも今回のきっかけとなったワグナー兵の国防省との契約について実は乱の前に締め切りを伸ばす可能性が報じられていた。もしかしたらプリゴジンとの間で妥協を探る動きの1つだったかもしれないが、今回の件でおじゃんになった格好。もちろんこの後でワグナーの兵たちのうち希望者は国防省と契約を結ぶはずだが、希望しないやつがどうなるかなどは不明。
 一方でプリゴジンは蜂起前にかなり暴言を吐いており、その中には「ロシア国防省はウクライナでの損失を隠蔽している」というものもあった。それ以前からロシアの士官が2000人超戦死しているという話が報じられていたし、そうした損害を踏まえて「ロシアの戦争目的がわからない」という声も出ていたのだが、今回の乱と同様、ウクライナ侵攻もあまり深く考えずに実行したんじゃなかろうか。
 深く考えていないという点ではワグナーの存在自体もそう言える。そもそもロシアでは傭兵は違法なのだが、そういう組織をプーチンとの関係で容認してきた結果が今回の騒動につながった。また犯罪者を正規軍に動員する法案を成立させたようだが、以前から囚人兵の採用を国防省がやっていたのも事実で、この法律は単なる実態の後追いにすぎない。やることなすこと、とにかく雑でザルなのがロシアクオリティなんだろう。
 一方、ロシアとは真逆に異様に細かい画像分析で戦争の被害を数え上げていたOSINTのOryxが、分析をやめると発表した。そもそもは「暇つぶし」で始めたことが、今では「全身全霊を尽くすプロジェクト」と化しているそうで、そりゃいつまでも無償でそんなことをやっていられるわけはない。サステナブルにしたいのならビジネス化しマネタイズしなければならないという典型例だ。
 最後に今回も大喜利。ロシア軍の評価を定めたプリゴジンの乱というお題に回答が出たところで、さっそくこれを東映ヤクザ映画に例えるか、青春ドラマと見るかの議論が勃発。一方で我が国公務員の細かい仕事っぷりも改めて話題に上っていた。もちろん他方で被害者の会も。しかし一番の収穫はこちらの画像の使い道があったことかもしれない。
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