プリゴジンの乱

 こりゃまた何とも間が悪い。何が? プリゴジンの乱が。誰にとって? 本を出したばかりのPeter Turchinにとって。

 End Timesの日本語書評でも指摘されていたが、Turchinはこの本の中でロシアとウクライナの現状についていろいろと言及しているようだ。書評によるとベラルーシが企業の国有化を維持した結果として格差が広がらなかったのに対し、ロシアとウクライナはオリガルヒの登場でかなり格差が広がったらしい。この件、ロシアについては以前にも紹介したし、ウクライナに関しても不和の時代が生じていたとの説を紹介している。
 ウクライナ関連ではThe Causes and Mechanisms of the Ukrainian Crisis of 2014: A Structural-Demographic Approachという分析もある。2014年のクリミア侵攻以前に格差が広がっているという認識があったこと(Table 1)が分かるし、要因については公的負債とエリート内紛争、そして大衆の困窮化という典型的なSDT3点セットの存在が指摘されている(p13)。そもそも外患を招いた原因は内憂にあった、ということだろう。
 Turchinは前にも紹介したインタビュー動画の中で、ウクライナの状況についてオリガルヒの支配する金権政治になるか、それとも今回の戦争を機に軍人の力が増してエジプトのような「強制力エリート」による支配に転じるかのどちらかではないかと予想している。以前にも記したが、オリガルヒの力が弱まっているのが事実なら後者のルートが見えているのかもしれない。ロシアのように官僚の力が増していくルートは、あまり考えられないのだろうか。
 中国についても「富裕層を減らして金権政治から官僚制国家に戻ろうとしてるからまだしばらく政治的には安定する」と述べているらしい。このあたりはこちらのインタビューからも推測できる。Turchin自身は現代中国については詳しくないといいながらむしろインタビュアーに現状を解説させているのだが、ジャック・マーが「習近平に跪いた」と指摘しているように、中国が伝統的な官僚政治に戻りつつあるという認識で両者は一致しているようだ。
 習近平は共産党内の権力争いに勝利し今では党内をコントロールしているとも述べており、これが事実ならエリート内紛争の結果としてエリート志望者を減らすか、少なくとも目先抑制することに成功している可能性がある。Turchin自身の発言ではないし、実際にどこまでそうなっているのかは断言できないが、Turchinがそうした見方に否定的でないのはインタビュー動画を見ていても推測できる。
 さらにTurchinは最初のインタビューで、ロシア国内の状況については言及していないものの、ロシアとウクライナの戦争については南北戦争と同じ結果、つまり国力で勝る側が勝つのではないかと予想している。戦闘可能な人口が2対1であれば勝利の確率はそれぞれの自乗、つまり4対1になるという計算法があるそうで、だとすれば国力差がそのまま結果につながる可能性は高いだろう。もちろんベトナム戦争のようにそうはならなかった事例もあり、このあたりはリーダーと大衆がどこまで決意しているかによる、というエクスキューズは入れている。
 で、本やインタビューでそういった主張をした直後に、ロシア国内で武力を伴うエリート内紛争が起きたわけで、これは「予言者」Turchinの信頼度が下がる一因になりかねないところだ。いやまあ、格差の縮小こそが安定をもたらすという彼の理屈からすれば、オリガルヒを暗殺し金持ちが国外に逃げ出すロシアや、共同富裕を掲げている中国の方が、格差問題にあまり積極的に見えない米国よりも社会的には安定する、という結論に至るのは当然。でも前者の方で内戦になりかねない動きが起きている同じタイミングで、後者は野球で盛り上がっているのを見せられると、Turchinの説得力が下がるのは仕方あるまい。
 個人的にTurchinの理屈(中ロの方が不安定性が低い)を支える論拠があることまでは否定しない。その1つが父―息子サイクル。ベトナム戦争も米国で社会政治的不安定性が急増していた時期に行われたことが結果に影響したと思われるのだが、だとすると確かに今回の戦争ですぐロシアが揺らぐ可能性は高くなさそうに思える。何しろソ連が崩壊した時期から計算するなら、父―息子サイクルで不安定性が増すのは2040年頃になるからだ。中国のサイクルはいささか不明瞭ではあるが、こちらもロシア同様に2040年頃に次のサイクルが来る可能性がある。
 でも疑問点もある。例えば共同富裕だが、習近平が本当に「富のポンプ」を止めようとしているのかどうか、現状ではわからない。単なるエリート内紛争の一種に過ぎない場合、それだけでは事態の改善につながらないからだ。ロシアについても、以前述べたようにシロビキの割合がソ連時代より高くなっているそうで、彼らの間でエリート過剰生産が進んでいるとしたら、単純に国力の違いでウクライナに勝てるかどうかはわからなくなる。
 全体としてTurchinの見方は権威主義的政府だろうが何だろうが格差さえ縮小させれば不和の時代は乗り越えられる、というものだと考えていいだろう。彼はスターリンも評価しているらしい。前にも書いた通り、これが彼の持つ権威主義的指向のせいなのか、それとも限界利益が低減している中では権威主義的な方がむしろ安定するという環境面での変化まで踏まえたものなのか、それはわからない。でも目下のところ、中ロが本当にエリート内紛争を抑制できているかどうかは言うほど明確ではない。

 とはいえプリゴジンの乱そのものはISWも指摘しているように「成功しそうにない」行動である。何を考えて「武装蜂起」にまで踏み切ったのか、正直理解不能だが、彼らはどうやら兵站拠点でもあるロシア南部のロストフ・ナ・ドヌーに入り、ロシア連邦軍南部軍管区司令部を戦車で包囲して制圧したという。ロストフにいたゲラシモフが逃げ出したという話もある。傭兵部隊にここまで好き放題を許した事例ってのを歴史を遡って調べた場合、さてどの時代まで行けば似たような話が出てくることやら。
 ロストフはロシア南部軍管区の司令部があるところで、ここを押さえたことでワグナーは補給を確保したとの声が出ている。いやそれどころか「ロストフにある核兵器をも狙うかもしれない」といった話まで出ており、場合によっては事態がよりヤバくなる可能性も否定できない。プーチンは「裏切り」とワグナーを批判したものの、彼らはヴォロネジまでろくな抵抗を受けずに進んだとも言われており、ロシア軍がまともに対処できているのかどうかよくわからない状態。皮肉にもTurchin自身が言う通り、不和の時代においては予想もつかない出来事が起きるものであり、1月6日のワシントン同様、ロシアも例外ではなかった、という結論が待っているかもしれない。
 ただまあ西側にとってはどう転んでも今回の謀反はプラス。簡単に鎮圧されるとしてもその間はロシア軍の行動が抑制される可能性があるし、ちょっとでも長引けばロシアにとってはウクライナどころでなくなるリスクもある。というわけで本邦を含めた西側SNSは「エンジョイ&エキサイティング」とばかりに野次馬化。ウクライナではポップコーンが店頭から消えたと言われている(フェイクニュース)。
 というわけで以下は大喜利特集。というか先行きが極めて不透明なのでこのくらいしかまとめられるものがない。まったくロシアの天地は複雑怪奇だぜ。

白鳥の湖を待て(白鳥の湖はこちら参照)
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