遊牧と聖戦

 随分と野心的な論文を見た。Pursuing the desire for cattle or attacking the followers of heresy: A numerical analysis of different factors influencing strategies adopted in large group interactions involving nomads or holy warというヤツだが、大雑把に言えば騎兵革命の時代に起きた潜在的に戦争にもなり得るグループ間で生じた関係が、どのような原因によってもたらされ、どのような結果になったかを統計的に調べたものだ。特徴的なのは取り上げているデータの範囲が実に広範な点で、逆にどこまで信用していいのか不安になるレベル。
 正直かなり長い文章なので拾い読みした範囲だが、主に取り上げているのは題名にもある通り遊牧民と定住民の関係、及び聖戦だ。物質的利益を重視した前者の関係と、より精神的な理由で始められる後者のそれぞれを取り上げることで、どちらがどの程度、戦争に影響を及ぼしているかを調べようとしたらしい。具体的に取り上げた紛争事例はMap 2-14までに取り上げられており、紀元前1250年から、ユーラシアは紀元1520年まで、サブサハラ・アフリカは1850年までを対象としている。鉄器・騎兵の利用が始まる直前の時期から火薬の使用が広まりだしたタイミングまでと考えればいいだろう。
 取り上げるデータの内容については各章ごとに書かれている内容を見れば想像がつく。遊牧と聖戦という切り口の他に気候と農業、人口や政府・宗教、経済、軍事、リーダーシップ、地域ごとの特徴などを取り上げ、そのうえでモデルとデータベースを紹介し、最後に第12章以降で分析を行っている。
 面白い点を取り上げるなら、まずはエルニーニョやラニーニャによる気候変動(ENSO)と紛争との関係だろう。紛争やトラブルが起きた時期の前10年を見ると、ENSOが起きる頻度が高い時期が目立つという。単に北半球で気温が変動した時期に比べても紛争につながった割合が高いようで、どうやら気温だけでなく降水量や風向きまでが不安定化するとそれが紛争に一定の影響を及ぼすらしい。まあ遊牧民の住む地域(中緯度)では、気温より降水量の方が生活への直接の影響が大きそうなのは確かだ。
 グループ間のトラブルに関してこの論文では主導側と応答側とに分けて分析している。自然条件や経済、文化、軍事的な洗練度など多くの面で主導側(攻撃側と言ってもいい)は応答側(同防御側)より劣った地域であることが多いのだが、兵の質とグループ内の団結度は高いことが多い。このあたりは、一般的に遊牧民側が定住民を攻撃する傾向が高い点と平仄が合っている。逆に言うなら「金持ち喧嘩せず」をデータで裏付けたとも言えそう。ただし欧州の聖戦(十字軍)のみは逆の傾向があるようだ。
 Turchinのメタエトニーに関する調査も行っている。ただし見たところ文化的な差はあまり統計的に有意な結果はもたらさなかったようで、そうした傾向があったのは地形や降水量、土壌、生物学的な収容力といった環境的要因が多い。個人的にメタエトニー論にはあまり同意していないので、この結果には違和感はない。文化的要因より環境的要因の方が、長い目で見れば影響が大きいと考えることには同意だ。
 また紛争に際して双方にどのような利点があるかも分析されている。主導側が圧倒的に有利なのは機動力で、モラル面でも彼らの方が上に立っているが、物質的には応答側の方が優位だ。これもまたよくある遊牧民と定住民の関係だ。またこの3要素を組み合わせた両者の相対的な強さはグループ間の関係がどのような形を取るかにも影響する。応答側が強ければ争いではなく同盟になったり、あるいは貢納の支払い程度で留まる。逆に主導側が強ければ攻撃やそれに対する反撃という結果が導かれやすい。
 さらに論文では実際に主導側と応答側がどんな戦略を取るか、紛争を含めたその関係がどのくらい続くのか、その結果はどのくらい大きな損失につながるかといった要素についても研究している。この部分は論文の大きな結論とも言うべきであるが、筆者が調べたデータで一番よく説明できるのは最終的な結果(74.5%は説明可能)で、逆に応答側の戦略は13.9%しか説明できないという。この分析では取り上げていない要素が応答側の戦略採用に大きなインパクトをもたらしているのだろう。
 主導側の戦略で影響が大きいのは聖戦(23.3%)で、他に主導側の砂漠や肥沃な土地の存在もその戦略にそれなりのインパクトをもたらしているようだ。関係が続く期間には主導側の戦略と応答側の国家の効率性が影響し、結果には応答側と主導側がどの戦略を選んだかが影響する。その他にも環境要因や文化要員が色々と細かく影響しているが、詳細はTable 13.15を見てもらうのがいいだろう。面白いことに聖戦は入っているのに遊牧生活自体はこれらの要因には入ってこない。
 筆者はこれらの要因を大きく3つのグループに分け、それぞれのインパクトを調べている。1つは気候・地理的要因で、これは特に主導側の戦略選択と結果とに影響する。次に文化・経済・外交的要因は主導側の戦略選択、関係の継続期間、そして結果のそれぞれに一定のインパクトを及ぼすし、応答側の戦略選択への影響もそこそこある。そして最後に軍事的要因で、これは結果への影響が結構大きく出ている。紛争全体を通した影響では気候・地理的要因が4分の1強、軍事的要因が4分の1弱で、残るほぼ半分が文化・経済・外交的要因となっている。さらに後者を聖戦とそれ以外に分けるなら、聖戦が4分の1ちょっと、その他が4分の1弱となる。
 要するに騎兵時代に起きた様々な紛争に及ぼした影響は、結構多岐にわたるというのがこの筆者の結論だ。特定要員が大きいわけではなく、聖戦、それ以外の分化・経済・外交的要因、気候・地理的要因、軍事的要因がそれぞれ似たような割合で関連していたわけで、逆に言うとそうした多様な背景を無視して特定の部分にのみ焦点を当てた言説はあまり信用しない方がいいってことだろう。

 それはそれとして、個別の要因がどのように影響を及ぼすかという分析についてはなかなか面白いのは確かだ。例えば主導側の文化レベルが高いと利益の少ない結果(要するに戦争で双方ズタボロになること)がもたらされるとか、同じく主導側や応答側の富の格差が大きいとむしろ結果の利益が増すといったあたりは、なぜそうなるかも含めて色々と考えを巡らせることができそうだ。筆者は応答側の富の格差について、社会が富裕でさらに良く組織されていることを示していると指摘している。そのため彼らは防御力が高く、容易に攻撃できないという理屈だ。
 このあたりはなかなか興味深い。現代であれば富の格差はむしろ社会の不安定性につながるという理屈が流行だが、火薬革命以前はむしろそれが強さを示していたと主張しているわけで、だとしたら騎兵時代に適応したユーラシアの帝国ベルト地域が富の格差を受け入れている現状にはそうした歴史的背景があると主張することもできるかもしれない。もちろん実際はそんなに話は単純ではなく、ソ連や中国はかつて強制的に富の格差を減らす実験をしていた地域でもある。
 筆者は強い応答側の特徴として、共同体に頼らず効果的な官僚制を持っていること、民兵や徴集兵ではなく傭兵やプロフェッショナルな軍を持っていること、そして集団統治ではなく集権化された意思決定過程を有していることなどを挙げている。これらの国家を動かすにはかなりの富を持ち、その富と権力が使えるだけの能力と意思を持ち合わせている必要があるのでは、というのがその分析内容だ。そうした特徴は共産主義体制下でもある程度は揃っていたと思われる。だとすれば今でもユーラシア中核の国々は騎兵時代の生き残り策を忠実に実行していることになるのだろうか。問題は産業革命後、この方法では国力全体の底上げが難しくなっている点なのだが。
 また主導側の肥沃な土地が多い場合に攻撃が減るのは、そうした個別地域を襲撃するだけで本格攻撃せずとも利益が得られるからであり、逆に砂漠が多い場合も同じ現象になるのは、主導側の力が削がれるからだとも書かれている。このあたりはちょっと「理屈と膏薬はどこにでもつく」感がある。面白いのは主導側が砲兵を充実させている場合と応答側に遊牧民の同盟者がいる場合で、双方の兵の内容が似通ってくる結果として争いが長引く傾向があるという。
 実際にはもっと細かいデータが多数あるし、Seshatのデータも使われていたりするので、もっと読み込めばさらに面白い話も出てくるかもしれない。なかなか時間と労力がかかりそうだけど。

 ついでに同じくSeshatのデータを使ったMacrohistorical and Evolutionary Dynamics of Between-Group Competition, Sociopolitical Complexity, and Differentiation-Integration Effectsという論文についても一言。アブストしか読めないので詳細は分からないが、ニッチの重なり具合によっては複数の生物が共存することが可能というLimiting Similarityの理論は軍事技術にも適用可能であり、軍事技術はローカルな特性に合わせた発展を遂げているという分析結果が載っているらしい。こちらでまとめた火薬革命の歴史を見てもそうした傾向は確かに存在するので、これまた興味深い研究である。
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