タイパ重視の異星人がやってきて「この星の知的生命体の歴史を教えてくれ、簡潔に」と言われた場合、どう説明すればいいだろうか。ちょっと考えてみよう。
要領よく話す必要があるため、だらだらと流れを説明するよりヒトの歴史をいくつかの画期に分けて説明するのが簡単でいいだろう。あるタイミングを機にヒトあるいはその社会が大きく変わるという流れを段階を踏んで説明していけば、大雑把な景色は見えてくると思われる。つまり、ヒトの歴史についてできるだけ少ない画期で説明するのが、この異星人の要望に応える一つの方法となる。
まずはスタート地点だが、チンパンジーの共通祖先から分化したおよそ700万年前から語り始める方法がある。しかしここには、ホモ属より前の種についてヒトと認めていいかどうかという問題がある。代表的な猿人である
アウストラロピテクスの脳容量は実はチンパンジーやオランウータンとあまり変わらないサイズであり、この種については異星人が知的生命体と認めない可能性があるからだ。当然、ホモ属とは別に存在していたパラントロプス属についてもヒトの歴史からは外して論じる必要が出てくる。
と言っても何の説明もなしにいきなりホモ属の話をされても戸惑う可能性はある。とりあえずヒトの歴を語る前史としてチンパンジーと分化した時からホモ属誕生までの経緯を簡単に述べ、そのうえで最初の画期として脳容量の大型化が始まったホモ属の誕生に触れる、という流れが適当なんだろう。他に触れるべきは
完全な直立二足歩行と、持久狩猟の採用に伴う頂点捕食者への進化あたりか。もちろんホモ・エレクトスによる最初の出アフリカについても言及することになるだろう。
後者についてはまだ説得力があるが、これを画期として認めることは、
アイオロスの球を蒸気機関の始まりと認めるのに同じではないかという懸念がある。要するにホモ・サピエンスの持つ現代的行動が実際に世界を大きく変えるようになったタイミングの方こそが画期にふさわしいという考えで、この場合はやはり6万~5万年前の(ホモ・サピエンスによる)出アフリカの方を画期とした方がいいだろう。多くのホモ属が同時並行で存在している時代が終わるきっかけとなったのがこの出アフリカであり、以後ヒトの歴史は即ちホモ・サピエンスのみの歴史となる。
続く画期はやはり
新石器革命だろう。農業の開始こそが現代にまで至る複雑な社会を導く大きなきっかけになったことを否定する人はほとんどいるまい。農業は人口増をもたらし、同時に高い人口密度はそれ以前とは比べ物にならないほど複雑な社会へ至る道を切り開いた。複雑な社会を生み出したのが農業による余剰生産物なのか、あるいは
徒党を組んで争い合う人々の行動なのかは分からないが、農業による人口の下支えがあってこそ生じた変化なのは否定できない。
では次の画期は? 私だったら国家が成立した今から5000年ほど昔を取り上げる。
首長制と国家の間には格差があるという指摘は昔からあったそうだし、実際に複雑な社会を統計的に調べると
大きく2つのスーパークラスターに分かれるという研究結果もある。農業という生産手段を使って人口を増やすだけで国家のような複雑な社会がすぐに生まれるわけではないし、実際に両者の間には5000年かそれ以上の時間差が存在した。国家という社会体制を築き上げたことは、やはり大きな画期だったと考えていいだろう。
次は割と異論があると思うが、個人的に画期と見てもいいかもしれないと思うのが
鉄器・騎兵革命の時代(紀元前第1千年紀)だ。上に記した通り、この時期にも都市人口の増加が見られるし、またTurchinが指摘している通りこの時期に帝国の領土が大幅に拡大している。ユーラシアを見るとこの紀元前第1千年紀を通じ、空白地の中に浮かぶ島のような姿をしていた国家が、西から東までほぼひとつながりの帝国ベルトを形成するようになっている。
もちろん異論はあり得る。単にサイズが大きくなっただけで、国家の成立時のような質的変化があったようには見えないという指摘はその通りだろう。もちろん大帝国を運営するために情報処理もさらに進化したはずだが、それは国家形成時に既に整っていたものをより効率的に使えばよかっただけ、だとも考えられる。なおTurchinが唱えている2つめの軍事革命であるチャリオット革命は、さすがに歴史の画期とするには影響範囲が限定的。あれは軍事革命というより、軍事における革命(RMA)の一種と考えてもいいかもしれない。
その次の画期はちょっと難しい。簡単に言えば
紀元1500年を取るか、1800年を取るかという問題だ。正直言うと1800年の方が説得力としては高い。産業革命は新石器革命と並ぶ重要な変化であり、それが人類社会を大きく変えたことは、これまたほとんどの人が否定しないだろう。何よりその後の急速な人口増と、1人当たりGDPの極端な増加は、産業革命がヒトの歴史上でも滅多にない転換点であることを示している。これを外してヒトの歴史を説明することはできない。
それに比べると1500年の火薬革命は弱い。もちろんこれも
社会を色々と変えた転換点であったのは間違いないし、それまでほぼ没交渉であった旧大陸と新大陸をほぼつなげてしまったところは大きなインパクトを持っていると言える。しかし人々の生活がこの前後でどれほど変わったかというと、特に旧大陸ではそうした根底からの変化はあまりなかった。産業革命によって農業社会ががらりと変化したのに比べれば、限定的なものにすぎないのは確かだ。どちらかを選ぶのなら1800年しかありえない。
問題は産業革命と別個に火薬革命も1つの画期とするかどうか。ここは鉄器・騎兵革命と同じ問題に直面する。つまり規模の変化はあっても質的な変化はそれ以前とあまり変わらなかったのではないかという点だ。それに鉄器・騎兵革命は都市人口や政治体のサイズにインパクトを及ぼしたのに対し、火薬革命の時点ではそうした影響は見当たらない(それ以前からの変動の範囲にとどまっている)ことも重要。もちろん産業革命をもたらした背景に火薬革命の存在があったという説も考えられるが、上に述べてきた通り実際に社会が変化した段階を画期と見なすなら、やはり1800年の方がふさわしいだろう。
以上で異星人に対して簡潔にヒトの歴史の説明ができる。まずはホモ属の登場(およそ200万年前)、続いて新石器革命(およそ1万年前)、国家の成立(およそ5000年前)、鉄器・騎兵革命(3000~2000年前)、そして産業革命(200年ほど前)というそれぞれの画期がある。最初の画期でまず知的生命体へ向けた進化がスタート。次の画期では複雑な社会が生まれる基盤ができ、その次の画期で国家という新たな複雑さが登場。騎兵革命で帝国や都市人口のサイズ感が大きく膨らみ、産業革命でさらに爆発的な複雑さの増加が生じた、という流れだ。
もちろんこれはあくまで考え得る説明法の1つでしかない。まったく違う切り口でヒトの歴史を紹介することも可能だろうし、そもそも画期で語るのではなくもっと流れに則った説明もできるだろう。上に述べた通り、鉄器・騎兵革命は外して画期を4つまで絞り込むこともできると思う。簡潔さを重視するのならそのくらいにまで説明量を減らした方がいいかもしれない。
ただしこれ、タイパ重視の異星人ならともかく、例えば世界史のテストに備えたい受験生には何の役にも立たない説明でもある。いやもちろんそれぞれ重要なテーマを取り上げてはいるのだが、それ以外がスカスカすぎて試験の解答欄を埋めるにはあまりにデータ量が少なすぎる。他にも押さえるべきテーマが何かを知りたい人にとっては、普通に教科書でも読んだ方が役に立つのは確かだ。社会の複雑性に注目した歴史という切り口は面白いのだが、世間一般的にはあまりニーズのない説明法、と考えておいた方がいいんだろう。
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