反転攻勢

 ウクライナの反転攻勢が本格化してきた、との見解が増えている。ゼレンスキー自身がそれを認めたとの報道が出てきたし、ISWも8日の報告でウクライナが「反転攻勢作戦を実行している」と述べている。うち一部についてはロシア側が特に電子戦でうまく立ち回ったそうで、ISWがロシア側の戦術をほめるという珍しい事態が生じている。
 この時点でのウクライナによる反転攻勢についての考察を翻訳したのがこちらのツイート。どうやら反攻のメインフェイズに突入しているらしいが、まだウクライナ軍主力は投入されておらず、現時点での主攻点の特定は意味がない、というのがツイート主の考えのようだ。たとえ突破ができたとしてもロシア側にとっては増援到着までの時間が稼げればいいわけで、少なくとも現時点では引き続き消耗戦が続いている格好。この攻撃はウクライナ軍の能力を試すテストケースになりそうだ、というのがその見方だ。
 その翌日時点でのツイートでは、ウクライナ軍が攻勢を強めている地域を示した地図が出回っているのが分かる。最初に5月9日のバフムート方面から始まり、6月4日にヴェリカ・ノヴォシルカ方面、7日にはさらにトクマク方面でウクライナの攻勢が活発になっており、攻撃正面を広くとることで「敵の予備を特定の地点に集中させることを難しくする」狙いがあるそうだ。同9日にはウォール・ストリート・ジャーナルもウクライナ側による攻撃を報じている
 両軍は正面から「がっぷり四つ」でぶつかっているらしい。専門家からはロシア軍の第1線を抜いたら背後は薄いとウクライナが見ているのでは、という指摘がある。またウクライナが夜戦で複数の陣地を奪取したとのツイートもあり、西側兵器の夜戦能力の高さが示されているようだ。9日のISW報告はウクライナの攻撃地点について3ヶ所ではなく4ヶ所(クレミンナ付近も含む)と記している。
 続いて10日の報告でも「少なくとも4ヶ所」での攻勢が伝えられており、引き続き広範囲でウクライナ側が動いているようだ。またザポリージャ付近ではこれまた引き続きロシア側が巧妙な防衛戦を展開しているという。ウクライナ側は「制空権がない中で準備された防御陣地に対して正面から襲撃するという極めて困難な作戦」の実施を強いられているようで、そうした条件がロシア側の善戦につながっているのかもしれない。またロシア軍はウクライナの飛行場も攻撃対象としている。
 少なくとも今回の攻勢が昨年のハルキウのように初動段階から機動戦に突入したものとは異なる展開になっているのは確かなようだ。もちろん、冒頭が消耗戦だったからといって今後機動戦にならないという決まったわけでもない。英国防省の報告によると、いくつかの地域ではウクライナ軍がロシア防衛線の第1線を突破している可能性が高いともいわれている。ウクライナには西側から供与された戦車があることが話題になっているが、数は少なく、従って機動戦へ移行するとしても実際に役立つのは引き続きT-72ではないかとの説も出ている。
 いずれにせよ現状では突破に向けてぶつかり合っている段階であり、突破の先端で損害が出るのは予想通りとの指摘もある。それに、例えばヴェリカ・ノヴォシルカ方面では幅20キロほどの範囲でロシア軍の戦線が後退したという話もあり、要するにウクライナ軍はまず「広く薄く」攻撃を行っている印象が強い。もちろん足元では既に戦況が変わっている可能性もあるが、西側に伝わっている情報を見る限りヘルソン攻撃の初期と同様にじわじわと進む展開が続いているっぽい。
 そして11日のISWの報告だと、ドネツク州西とザポリージャ州の西でウクライナ軍が前進した様子が確認されたという。といってもロシア軍の主要な要塞線と接触するのはこれからヴェリカ・ノヴォシルカ方面の成功は全体としてみればあまり重要ではないとの指摘もあり、まだまだこれから戦況が激しくなっていくと考えた方がいいんだろう。

 一方、カホウカダムの破壊については色々な推測が出てきている。例えばこちらのツイートでは破壊は偶然ではなく、「ヘルソンを水浸しにして通行不可能地帯を作り、ドニプロ左岸の兵力をザポリージャ正面に集中する」のが狙いだったのではとの意見が出ている。実際、ISWの11日の報告では、ヘルソンからザポリージャとバフムートに最も能力の高い部隊が動いているそうで、つまり意図的な破壊だったかもしれないわけだ。一方、こちらの記事によると、ダム爆破で敵を脅そうとしたが、予定より破壊規模が大きくなってしまったというロシア軍人の通信が傍受されたという。この場合、ダムのあれほど大掛かりな破壊は意図的ではなかったことになる。
 どちらが正確なのかはこれまたすぐにはわからない(もしかしたら戦後までわからないかもしれない)。ただロシア側も無傷でないというツイートを見る限り、意図的だとしたらかなり邪悪な行為(自軍の被害を顧みない対応)と言えるだろう。ヘルソンでは農作物が流されて灌漑もできなくなっているそうで、狙いがどうあれ損害が酷いのは間違いない。
 そんな中、プーチンがめずらしく本音ととれる発言をしたと言われているのが、「現代的な兵器が足りない」というもの。彼は国内生産を急ぐよう指示しているらしいが、指示を出せばすぐ実行できるような内容ではないだろう。一方、もう少し下の方ではロシア軍の中佐がワグナーに装備をパクられたと証言しているそうで、これまた兵器の生産が追い付いていない(だから部隊間で奪い合いが生じている)証左かもしれない。
 ロシアのエリート内では重苦しい空気が広がっている、というのがBloombergの報道にあった。エリート層の多くは戦争を止めたいと考えているがプーチンは聞く耳を持たないようで、彼らは「袋小路にはまっている」状態。ウクライナ侵攻を支持していたエリートたちの間でも期待はしぼんでいるそうで、かといってプーチンの考えを変えられるような見通しもなく、大半は「目立たないようおとなしく仕事に専念している」そうだ。ある意味、これほど無力感を感じている人々もあまりいないだろう。

 エリート問題は西側の方も深刻だ。特に西側の盟主である米国の動向は今後の戦争の行方に与える影響も大きいのだが、そんな中でトランプが退任後に機密文書を保持し、さらにそれが見つからないよう妨害していた容疑などで起訴された件がいろいろと波紋を広げている。大統領経験者が連邦レベルの捜査に基づいて起訴されたのは初めてであるが、そもそも州単位の捜査で起訴されたのも前回のトランプが初めてだったわけで、異常事態が常態化している。
 さらに異常なのはそうやって起訴された人物が目下次の大統領選の候補者として活動している点であり、しかも足元の時点では共和党の最有力候補となっている。FiveThirtyEightのTrump's First Indictment Didn't Hurt Him Politically. The Second Could Be Different.に載っている過去の支持率の推移グラフを見ると、最初の起訴後から共和党支持者内でのトランプ支持は上昇を続けており、2位のデサンティスとの差は当時の19パーセントポイントから足元では33パーセントポイントにまで拡大しているという。この状態で新しい起訴がトランプの岩盤支持層を大きく掘り崩せるとは思えない。
 ただ共和党内はともかく、全国的に見れば今回の起訴は前回の「不倫相手の女性に口止め料を支払った」という内容よりもずっと深刻な影響を及ぼす可能性がある。機密文書を保持した件についてこれが深刻な犯罪であると見ている米国民は63%に及び、そしてもし深刻な犯罪に関与しているのならトランプは大統領を務めてはならないと見ている比率も62%ある。今のところ、共和党内でトランプを脅かすような候補者は全く見当たらない状態だが、でも本選ではトランプ寄り候補者が民主党相手に苦戦した中間選挙の時と同様の結果をもたらしかねない、というわけだ。
 もう一つ、起訴を受けた共和党の他の候補者の反応を集めた記事が、How Other Candidates Are Reacting To Trump’s Federal Indictmentだ。読んでみるとわかるが、この起訴を批判する発言は広く見られるものの、割と右寄りの候補でもトランプ自身を擁護するような言い回しは慎重に避けているそうだ。中にはトランプが罪を犯しているのなら予備選から降りるべきだと主張する者もいるわけで、全体として1回目の起訴よりもトランプに対して冷淡な反応が目立つという。トランプはさらに新たな起訴の対象になる可能性もあり、そうしたものがボディーブローのように効いてくる可能性はある。
 トランプの動向がウクライナでの戦争に影響しそうなのは、彼がウクライナ支援を明言していないためだ。もし彼が大統領になれば「アメリカのウクライナ政策は決定的に転換するだろう」と見られているわけで、欧州で警戒感が強まっているとの報道もある。大統領在任中にプーチンと親しかったことが知られているだけでも警戒されるのは当然だが、機密文書の中に軍事攻撃への脆弱性や攻撃を受けた際の報復計画などが含まれているとなると、戦時下であることも含めてよりヤバみが増す格好。そして実際、共和党支持者だったウクライナ系米国人がトランプの行動に怒りを覚えているとの報道もある。
 しかしそれよりもヤバいのは、共和党支持者がそういった危険性に対して目を閉じ耳を塞いでいるかのように見える部分かもしれない。既存エリートをつぶすためならアメリカ合衆国の国益がそれだけ損なわれてもかまわないと思う人々がそれだけいるわけで、いかに社会の分断が酷いかがうかがえる。果たしてこれでまとまった国としてやっていけるのか、という不安すら感じる状態だ。それにしてもいったいいつまでこの「不和の時代」は続くんだろうか。
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