実際問題、SNSでは
ウクライナ側がダムを破壊する方法を思いつかないと指摘する向きがあるなど、そもそもウクライナにはそうした能力がないとの声が出ている。これだけの巨大構造物を破壊しようとするには
「相当量の爆薬を使用する必要」があるためで、ダムを支配していないウクライナ側がそうした破壊をもたらすのは困難だろうとの理屈だ。だが一方でこのツイートが指摘している通り「ロシア側のダメージも相当なもの」なので、彼らがやる理由もわからないのは確かだ。
戦犯探しもさることながら、その影響をどう見るかも重要だ。
こちらのツイートでは今後考えられる事態をいろいろと並べているが、原発への影響、洪水がもたらす人的、経済的な被害、生態的なカタストロフ、クリミアだけでなくヘルソン州南部の住民も飲料水が不足する可能性など、その影響は広範に及びそうだ。
こちらの記事ではウクライナの反攻オプションを限定するという意味でロシアにとって軍事面で得ではないかとの見方を示している。さらにダム破壊の1週間前にロシア政府が
「危険な施設での事故を調査しない」ことを許可した点も、予防的措置を不問に付すことでこうした行為をロシア側が後押ししている可能性を示している。
だがたとえそうだとしても、やはりこのタイミングでの破壊にはメリットが乏しいのは確かだろう。むしろウクライナがドニプロ河を渡る姿勢を明確に見せるタイミングで破壊した方が、軍事的に考えるとメリットは大きいと思う。そうではなくダム破壊の最大の目的は、実は「ウクライナに経済的ダメージを与えること」かもしれない。現下のロシアの戦略目標はそこにある、という説がある。
ロシアの現政権にとって最大の懸念は、ウクライナが「経済的に繁栄した民主的」な国となり、現在のロシアの政治経済システム(権威主義的な“泥棒政治”)とは違うオプションをロシア国民に提示する事態だ。ウクライナでそういった西側的価値観に基づく政治が実現してしまえば、当然ロシア人もそうした政治を求めるようになり、
タタール化したモスクワ国家以来の統治体制が崩壊しかねない。それを防ぐために現在のロシアが追求しているのが経済的な消耗戦である、というのがこの文章の主張だ。
地図中で示されている地図にはウクライナの州ごとのGDPが表示されているが、これを見るとロシアが占領している東部や南部には比較的高いGDPを持つ場所がいくつかある。2014年に既に失っているクリミアやドンバス地域の分まで含めれば、ロシアの侵攻によりウクライナのGDPがそれだけ損なわれていることになる。特に重要なのはGDPの1割を占めるドニプロペトロウシク州で、ドンバス全域を占領すればこの州にも砲撃などを浴びせて経済力にダメージを与えることができる。
それ以外に農地や、黒海沿岸部を含む輸出へのダメージも含めれば、戦争によるウクライナの経済的損失もまた大きい。既にGDPは35%も落ち込み、インフレ率は20%に達している。ウクライナの予算の多くは軍事向けに費やされているが、それでも足りずに実際は西側諸国の支援によって戦争を継続しているのが現状だ。もともと国力で大きく劣るウクライナがロシアと真正面から消耗戦をすれば、先に力尽きるのが前者である可能性は高い。ロシアが貴重な長距離兵器をひたすらインフラ攻撃に差し向けているのも、最大の目標がウクライナの経済力をそぐことにあるからだと考えれば説明がつくように見える。
この文章では、そうした経済難を見て西側の支援が滞る可能性をできるだけ避けるよう、ウクライナは残された産業資産を守って輸出を増やすといった経済強化政策に力を入れるべきだと指摘している。そうやって長期的な消耗戦でも戦える体制を整えれば、ロシアの戦略を挫くことができるという考えだろう。逆にそれに失敗すれば米国や中国が仲介に出てきて現状維持の形での休戦を結ぶようになり、それがロシア政府の目的達成に役立つとの主張だ。
現在のロシアが経済的消耗戦を狙っているという説には一理あると思うが、ではそれをすれば彼らの目的が達成できるかどうかについてはちょっと疑問はある。いや確かに民主的な国家の成立を妨げるのは可能だろうが、一方で米国を弱体化させロシアを含む世界の多極化を進めるのはかなりハードルが高いだろう。消耗戦を戦えばウクライナは疲弊するだろうが、ロシアだってかなりの疲弊を覚悟しなければならない。両国がまとめて没落していった場合、結果は多極化ではなく単に旧ソ連地域全体が第三世界と化していくだけになる可能性の方が高いんじゃなかろうか。ロシア政府が何を考えているかの分析としては納得いくし、だからダムを破壊したと考えるなら辻褄が合いそうな話だが、その結果がどうなるかについてはちょっと納得しがたい。
それにしても改めて思ったのだが、引きこもって都合のいい情報にしか耳を貸さないなんて所業ができたのは、かつては帝王くらいだったはず。プーチンはまだ正統な「裸の王様」後継者と言えるが、でも最近は
エコーチェンバーのおかげで割と誰でも気軽に万暦帝化できるんだよなあ。
「これこそが人類の栄光と苦労の全てが最後に到達した運命」(by ウィンストン・チャーチル)だと考えると、なかなかの皮肉だ。
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