フィクション2題

 今回はフィクションをネタにする、ので肩に力を入れず適当に読んでもらいたい。フィクションとは嘘八百であり、面白い暇つぶしに使えればそれで十分なものだ、ということを大前提にしたうえでの話となる。

 1つはSNSで人気の最新ガンダム「水星の魔女」。前に銀河英雄伝説でも書いたことがあるが、こちらの作品についても見ていると構造的人口動態理論(SDT)が適用できそうな気がする。例えばエリート過剰生産。舞台となっている学園を運営している企業グループ内で平気で暗殺計画が立案されているあたり、それだけでエリート内紛争のにおいがプンプンするし、その背景にエリート過剰生産が存在すると考えられそうだ。
 実際、アカデミーなるところで育成された戦争孤児(シャディク)がいろいろと陰謀を巡らせる場面などは「対抗エリートはこうやって育つ」ということを示すわかりやすい事例と言ってもいいかもしれない。いやそもそも企業グループのトップ(デリング)自身、プロローグ時点では単なる雇われ軍人的なポジションだったわけで、短期間にあっという間にのし上がったところはこれまた対抗エリートっぽい。
 それ以外にも背景的に名前が出てくる場面がほとんどだが、企業グループに介入する気満々らしい宇宙議会連合なるものもそれっぽい。この組織の内部もまた強硬派と穏健派に分かれているそうで、やはりエリート内紛争に明け暮れている可能性が高そうだ。また作中に出てくる地球のテロ組織には、元宇宙側のエリート軍人が参加しており、テロ組織の実態がエリート内紛争のツールであることをうかがわせる。そういえばウサマ・ビン・ラディンも、元はサウジの富豪の一族に生まれたんだっけか。
 登場するエリートのタイプも様々だ。ロボットアニメだから物理的強制力を使う者(デリング)もいるが、一方で各企業トップなど経済力を使うエリートも出てくるし、シャディクなどはむしろ説得力を生かして立ち回っている場面が多い(逆に戦闘に出張ってきた時には負けてしまったりしている)。不和の時代をもたらす要件のうち、エリート過剰生産とエリート内紛争については満たしているようだ。
 次は大衆の困窮化と、その背景にある格差だが、こちらはちょっと難しい。いや、格差は間違いなくある(スペーシアンとアーシアン)し、差別も存在する。地球は荒廃しているし学園内では地球寮だけが異様にみすぼらしい。だがこうした格差が昔から変わらず存在している場合、それは不和の時代をもたらす構造的要因としては弱い。重要なのは最近になって格差が広がり、特に中間層が没落していること。だが作中ではあまり過去との比較などがなされていないため、格差が広がり、大衆がより追い詰められているかどうかがよくわからない。
 それでもヒントはある。1つは地球の街並みだ。明らかに人が手入れしなくなって一定の時間が経過している様子はわかるが、一方で躯体が使えなくなるほど朽ち果てているわけでもない。100年前から廃墟と化していたとは考えにくいだろう。1世代前(25~30年前)までは人(特に中間層)が普通に暮らしていたとした場合、その1世代の間に急速に荒廃が進んだと考えられる。つまり最近になって困窮化が進んだアーシアンが多く、それが不満を抱く大衆層を生み出した可能性はありそうだ。
 もう1つはオックス・アースだ。21年前の時点では普通の企業として存在していたが、現時点では宇宙議会連合の工作組織としてテロ組織に兵器を提供するところまで落ちぶれているという。アーシアン系の企業がそこまで力を失ったあたり、宇宙と地球の格差が拡大している一つの証左と見なせるかもしれない。エリート内紛争での負け組と考えると、もしかしたらその残党がテロ組織に身をやつしている可能性もある。
 不和の時代をもたらす最後の要件は政府への信頼喪失、なのだが、困ったことにこの作品内にはどのような政府が存在してどんな機能を果たしているかがほとんど描かれていない。仕方ないので企業を政府の代わりと考えた場合、少なくともアーシアン側からの信頼はほぼ皆無だろう。それでも企業側が治安を維持できる程度に機能していれば、権威主義的体制ではあってもそう簡単には内戦や反乱には至らないと考えらえる。問題はむしろ政府、じゃなくて企業が機能しなくなるほど彼らが使えるリソースが減っている場合だ。
 その可能性をうかがわせるのが15話で出てきた「戦争シェアリング」についての劇中のやり取り。曰く「地球は代理戦争で疲弊、企業は限られたパイの奪い合い、利益も先細りの一途」だそうで、つまりTainterの言う「限界利益」がゼロに近づきつつある。これは政府機能の低下という不和の時代をもたらす要因がそろっている可能性を示していると解釈できそうだ。
 問題は「戦争シェアリング」なる概念の内容がほとんど説明されていないこと。代理戦争という言葉が出てきているので、誰かに戦争をさせ、彼らに武器なり物資なりを供給する格好で利益を上げていると思われるのだが、作中で実際に地球で行われた戦闘を見ると宇宙側が直接地球のテロ組織とドンパチやっており、全然「代理」ではない。しかし戦争行為そのものは何の利益も付加価値も生まない(どころか損耗をもたらす)わけで、一体どこに「利権構造」があるのかさっぱりわからない。
 考えられるとしたら三十年戦争中の傭兵隊長たちが「占領地からの徴発」で財を作り上げた方法くらいだが、これはおよそ持続可能ではない。実際、大規模な兵力を使ったヴァレンシュタインなどは結局は破綻に見舞われたし、他にも多くの傭兵隊長やそのパトロンたちが破産している(ド=ヴィッテなど)。あるいは英国がインドを支配した時のように徴税権を手に入れる方法も考えられる。問題は、いずれの方法も戦争を続けるほど支配地が荒廃し実入りが減ってしまう点だ。事実上の支配権を確立した後はできるだけ戦争はせず、経済発展に努める方が利益は大きいはずである。
 ここから先は完全に妄想だが、戦争を続け地球を搾取しながら焼き畑農業的に利益を上げる方法を導入したのがデリングだった、のかもしれない。他の企業グループ関係者は、もっと時間をかけ戦争ではなく経済発展によって利益を上げる方法を考えていたかもしれないが、その方法だと権力を手に入れられないデリングが、目先の短期的利益を餌に企業を「戦争シェアリング」方向に誘導し、それに企業側も乗っかってしまった、という展開ではなかろうか。結果、デリングはその実績を足掛かりに企業グループのトップに上り詰めたのだが、しょせんは焼き畑農業であるために足元では利益が「先細り」になってしまっている、という展開だ。
 そうだとすればやはりデリングは「対抗エリート」であった、と考えるべきなんだろう。彼が果たす歴史的な役割は、古くなってあちこちガタの来ている制度をいったん打ち壊すことにある。その後で再び限界利益を高める方法があるのかどうかはわからないが。

 もう1つは実写版のリトルマーメイドについて。といっても私はアニメ版の方も見たことがないし、実写版も見る気はないが、黒人女優を主役に据えているくせに「配役がカリブ海のステレオタイプ植民地構成」だという批判がnoteに出ていた。確かに、せっかく多様性に配慮したつもりだが歴史的に見ると大穴がある、というのはなかなか面白い指摘。最近になって英語圏でも「18世紀のカリブ海を舞台にしているくせに奴隷制についてまったく存在しないかのように描いているのは問題だ」との声が出ているように、この映画が取り上げている話がいろいろと厄介なのは間違いない。
 一応、映画ではそのあたりに配慮したアレンジがなされているとの声もあるので、こうした指摘を理由に映画そのものを批判するつもりはない。というか映画は結局フィクション(つまり嘘八百)なのだから、史実と引き比べること自体はいいとしても、それを理由に批判するのは焦点がずれていると思う。もちろん黒人女優を登用してwokeに気を使っているかのような姿勢を見せてしまっている以上、こうした皮肉を言われるのは避けて通れないだろうけど。
 それはそれとして、実はnoteの批判で1点気になったところがある。筆者は割とのんきに「歴史的に多様性が担保されているアフリカ東岸部を舞台にしたらクッソおもろいやろな〜」と言っているのだが、別にアフリカ東海岸は奴隷と無縁だったわけではない。確かに大西洋奴隷貿易(累計1250万人)よりは少ないものの、インド洋や紅海を経由してアフリカから送り出された奴隷の数だってそれぞれ累計400万人もいた
 しかもその歴史は大西洋よりもっと古く、紀元1世紀に書かれたとされるエリュトラー海案内記の中に商品としてしっかり「奴隷」の名が記されている。noteではカリブ海で「黒人女性が家政婦をやらされ、西洋人の家長の妾にされ」ていたことを映画批判の論拠としていたが、エリュトラー海案内記ではもっと露骨にインドの王侯に対する献納品として「後宮のための美しい少女」が必要だと書かれていたりする。
 欧州列強による植民地支配が酷い蛮行だったのは間違いないが、だからといって彼ら以前に蛮行がなかったわけではない。酷い蛮行はそもそも人間社会にありふれていた。西洋列強が進出する前のインド洋は確かに多様だったかもしれないが、それは世俗的啓蒙に基づく現代的人権のような価値観が存在していたことを意味してはいないのだ。
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