中国と冷戦

 Niall Fergusonの書いたWhen You're in a Cold War, Play for TimeについてTurchinがツイートしていた。文中でEnd Timesに言及していたのが理由だそうだが、実際にFergusonの文章に目を通すと実はTurchinの見解に反対した文章であった。
 冷戦の時には時間を稼げ、という題名の通り、Fergusonはこの文中で中国を相手にする際には、かつてソ連を相手にした時と同様、相手の自滅を待つべきだと述べている。彼はまず最近の米中間の政府高官同士のやりとりを紹介し、米国の対中姿勢がデカップリングからデリスキングへとトーンダウンしていると解釈。1970年代のデタントは冷戦を終わらせはしなかったが第3次世界大戦のリスクは減らしたし、現状もそうなっていると指摘している。続いて中国外務省が出した米国批判の文章を引用し、「中国政府はチョムスキーを雇ったのか?」と皮肉を述べたうえで、彼らがマルクス・レーニン主義を信じているのならなぜそんなに米国の覇権を心配するのかと記している。確かにマルクスの言い分を信じるのならいずれ資本主義は社会主義に取って代わられることになる、のだが、現時点でその予想が当たると思っている者はさすがにいないだろう。
 FergusonがEnd Timesを取り上げるのはその後だ。Turchinの仕事がオリジナルでイノベーティブだと述べた後で、しかしその結末にはマルクス的痕跡があるとしている。Turchinが米国の分断をエリート過剰生産から説明している点について、「タッカー・カールソンの暴言に最も魅了されているのは大卒未満の米国人だ」と反論。さらに、現在の中国が米国ほど適当な分断の例ではないとTurchinが見ている点についても、「直感に反している」と批判している。彼は中国の成長が鈍化し、将来的にドルベースで米国のGDPを抜くことはないという主張に同意しているそうだ。
 確かに足元では国内旅行がパンデミック前の数値を超えるなど、ゼロコロナ政策の終了で経済活動は復活しつつある。だが今年の後半にはそうした伸びは止まり、GDP比の政府負債は2026年には100%を超える(地方政府を含めれば既に110%に達している)。不動産関連の不良債権はどんどん積み上がっている。EVは好調でその輸出も増えているが、輸出全体は4月に減少し、製造業を巡る指標も悪化傾向にある。そのため賃金関連の指数は低迷しており、格差は拡大を続けている。そして何より24歳以下の失業率が20%を超えているのが重要だ。大卒の内定率はやっと5割しかなく、そして中国は不満を抱く高学歴の若者が集団で抗議する歴史を持っている(太平天国の乱、五・四運動、天安門事件など)、といったあたりがFergusonが挙げている論拠だ。
 要するにTurchinが考える「不和の時代」をもたらす要因は中国にもそろっているというわけだ。かつてソ連が経済的に破綻していったように、自由のない国では不和の種は素早く芽吹く。だから米国は慌てることなく時間を稼げばいい。時間は米国の味方だ、というのがFergusonの結論となっている。これに対しTurchinは確かに若者の失業率の高さは問題だとツイート。ただし結論を出すにはもっと全体的な分析が必要だとしたうえで、現在「2人の同僚が現代中国についての構造的人口動態に取り組んでいる」と紹介している。
 Turchinはこれまで中国の解体トレンドは1970年代まで続いていたと解釈しており、従って次の危機局面も米国よりは遅れて到来すると述べていた。実際、中国の政治ストレス指数(PSI)を計算した人が米国は中国より30年先行しているとの結論を出した話は、以前にも紹介した。だがTurchinは今回のFergusonの主張に対してはそういう反論をしていない。ということは、実際に同僚たちが調べた代理変数を見ると、思ったより中国のPSIが高まっていることが分かったのかもしれない。これに加えて父―息子サイクルがどのように働いているかも重要。前にも書いたが第2次国共内戦(1946-49年)と天安門事件(1989年)を重視するなら2040年頃がヤバいが、太平天国(1851-64年)、辛亥革命から五・四運動(1911-19年)、そして文化大革命(1966-76年)を重視するなら足元の時期(および2060-70年頃)に危機が訪れる可能性がある。
 以上がFergusonの主張する「中国の永年サイクル」に関する話だが、彼の主張の中で1つ筋違いでないかと思われるものがある。それは米国の不満分子が大卒未満と決めつけている部分。そもそもTurchinのエリート過剰生産は、困窮化した大衆を対抗エリートが扇動することで不和の時代がもたらされるという議論であり、つまりカールソン(学士号を取得している)に扇動された大卒未満の者たちが「支配エリート」に不満を抱くのはむしろTurchinの想定通り。またFergusonは大卒以上の人間について「進歩的イデオロギー」に疑問を持たないと指摘しているが、進歩的になりすぎた結果として「お目覚め」系が暴れ回っている点については何も言及していない。ドーキンスという権威を攻撃しているあたり、右側だけでなく左側でも不満を抱いたエリート志望者が対抗エリート化しているのは同じだと思う。
 なおEnd TimesについてはウィーンCSHのサイトにも紹介が載っていた。基本的にはCliodynamics、特に構造的人口動態理論について簡単に説明した内容であり、実質賃金の停滞、貧富の格差拡大、高学歴の若者の過剰生産、公的信用の低下、そして公的負債の爆発的増加といった事態が永年サイクルの危機局面をもたらすという話をしている。むしろそれより興味深いのはトップ画像の黒板に書かれている表かもしれない。多分、様々な危機局面のパターン分析について説明していると思うのだが、End Timesでこういった理論的な話がたくさん出てくるのは期待しない方がいいんだろう。

 Turchinについては以前こちらでちょっと紹介したWar and Peace and Warの書評もあった。現時点でその8(第4章)までたどり着いているようなので、ここいらで一度その内容を見ておこう。まず1回目で触れている全体的な感想の中で「進化について理解不足なところがあり,かつ代替理論に目配りがなく強引で牽強付会的」と書かれているのは、正直ご指摘の通りだと思う。あと後半アシモフのファウンデーションシリーズ紹介になっているのはご愛嬌。
 2回目ではイェルマークを「劇的に取り上げすぎ」としているが、これは一般向けの書物としては許容範囲だと思う。ダイアモンドが銃・病原菌・鉄でコルテスの「ぐだぐだアステカ征服」ではなくピサロのカハマルカの戦いを取り上げたのも、その方が読者にわかりやすいと思ったからだろう。続く3回目(ロシアとタタールとの関係について触れた部分を紹介している)では特に厳しい指摘はしていない。
 4回目は米国のアサビーヤを育てた原住民との対立についてだが、こちらに対して評者は疑いの目で見ているようだ。対インディアン戦争があったのは事実であっても米国が帝国となった要因は経済力や制度の方が原因として大きい、というのがその理由。制度重視という点はアセモグル以来の流行であり、その意味ではこの指摘は正しい。一方「19世紀にフロンティアが消滅した後はアメリカは衰退に向かうはず」という部分はTurchinの議論を十分に把握していないように見える。Turchinによればアサビーヤ(特に大衆のアサビーヤ)は比較的長期にわたって続くそうだが、それが書かれているのはHistorical Dynamicsであり、War and Peace and Warではそこまで説明していないのかもしれない。
 5回目ではトイトブルクの戦いの記述について「歴史物としてとても面白い」としている。6回目も同じく記述の面白さに言及しており、要するに歴史物として読む分には楽しく読めたということなんだろう。個人的に私はメタエトニー(辺境に強国が生まれる)論に今一つ納得していないため、Turchinの議論のうちこのあたりはあまり首肯できない部分。実は評者も7回目で「ライン辺境ではローマの外側に団結心が生まれ,ドナウ川ではローマの内側に団結心が生まれたというのはなぜなのか」と、Turchinのチェリーピッキングな点に疑義を呈している。
 8回目はイスラム帝国について言及している部分だが、さわりの紹介にとどまっている。第4章だけでもまだ数回はかかるだろうし、加えてこの本は全部で14章まであるわけで、まだまだ先は長そうだ。とりあえず第5章に入るとマルチレベル選択というヤバい話に入るので、そのあたりでどんな評価が下されることになるか、怖いもの見たさで待つとしよう。
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