古き良きRB時代

 Jim Brownが死去した平均余命が低下している米国で享年87歳というから、随分と長生きしたものだ。ご存じの通り、彼は100年を超えるNFLの歴史上でも最高のRBとされている。問題は足元においてRBというポジション自体、NFLの歴史でも最低レベルの評価に落ち込んでいる点か。
 彼のすばらしさとしてよく語られていたのは1試合当たりの獲得ヤードとか1プレイ当たりの獲得ヤードである。キャリアトータルのY/Cは5.2で現時点だと6位タイ、1ゲーム当たりだと104.3ヤードでこちらはいまだに歴代トップを維持している。キャリアのトータルヤードは11位と多くの選手に抜かれてしまっているが、それでも素晴らしい数字なのは間違いない。
 以前書いたことがあるが、Jim Brownは「馬車馬RB」のはしりだった。彼より以前には1試合に20キャリーもするようなRBはほとんど存在しなかったが、Brownは毎年のように平均20キャリー以上を記録し続け、ヤード数を積み上げていった。そして彼が切り開いた道を数多くのRBが追っていった。1970年代以降になるとそうしたRBは普通に登場するようになり、21世紀に入ったあたりになると馬車馬RBの存在はごく当たり前になっていった。2005シーズンには11人ものRBが1試合平均20キャリー以上を記録している。
 こうしたRBが増えたのは、その前年に引退したEmmitt Smithの影響が大きかったのだろう。歴代最多獲得ヤードを記録している彼はキャリア最初の10年のうち7回も1試合平均20キャリー以上を記録した。彼のいた時代にCowboysがDynastyになったこともあり、いろいろなチームがRBについてSmithと似たような使い方をするようになったわけだ。Brownの時代には道すらなかったが、Smithの後には舗装された大街道が出来上がっていたという感じか。
 しかし2022シーズンに1試合平均20キャリー以上を記録したのはHenry(21.8)とJacobs(20.0)の2人くらいしかいない。それでも1年前よりはましで、2021シーズンにはHenry1人しかいなかったうえに、そのHenryも8試合しかプレイできなかった。現代のランは多くのチームで複数のRB(およびモバイルQB)が分担するようになっており、馬車馬のように働かされるBrownのようなRBはほとんど見かけなくなっている。大半のチームはそうしたRBを必要としなくなっているわけだ。
 理由の1つはもちろんパスに比べたランの効率の悪さだろう。2023シーズンにランオフェンスでプラスのEPA/Pを記録したチームは5つしかいない。パスのEPA/Pで過半数の19チームがプラスになっているのと比べても両者の差は明白である。もう1つはランオフェンスにおけるRBの重要性の低さだ。これまでも何度も指摘しているが、ランオフェンスの効率はRBではなくOLやプレイコールによって決まる度合いが高い。RBが結果に及ぼす影響は限定的なのだ。
 こうした事態はRBに対する投資額(サラリーキャップ)を減らすインセンティブになる。実際、2022シーズンにRBとして最多のEPAを記録したのはJetsのBreece Hallなのだが、ルーキーの彼のキャップヒットはチームのサラリーキャップ全体の0.8%に過ぎない。一方でキャップの5.7%を占めていたVikingsのDalvin CookのEPA/Pは-0.188、4.4%を占めていたDerrick Henryは-0.085、3.0%のAlvin Kamaraは-0.178となっており、サラリーと成績とが全く釣り合いが取れていない。
 結果、RBに支払うサラリーは歴史的に見ても低迷し続けている。こちらにはサラリーキャップに占める年平均サラリーの割合について過去の記録が載っているが、10%を超える8例のうち6例は2004年以前の契約であり、2010年代以降の契約は2例しかない。2020年代以降になるとMcCaffreyの8.1%とKamaraの7.6%がトップと2番手であり、それに次ぐのはChubbの6.7%になる。現役で年平均10ミリオン以上(4.5%以上)の選手はたったの10人。RBの地位がかなり低下してきたことがはっきりとわかる。
 実際、以前にも書いたが2000年代の終盤あたりからRBの凋落傾向は明白になっていた。その大きな要因はそこでも指摘している通り、サラリーキャップの存在だろう。1人のエースRBを馬車馬のように使う場合、それに見合うサラリーを払わなければならなくなる。そのくらいなら複数の安いRBを使いまわした方がコストは抑えられ、結果はあまり変わらない。最近ではこうした事実が広く知られるようになり、前にも書いた通りドラフト上位でのRB指名にまでケチがつけられるようになっている。
 もちろんHenryのようにいまだこき使われる選手もいないわけではないが、そういったRBが大量に登場する時代は既に過ぎ去ったと考えるべきだろう。Brownが切り開き、Smithのころまでに完全に舗装された「馬車馬RB」という道筋だが、今では雑草に覆われるさびれた道と化している。そのうち草に埋もれ、かつて道があったことすら忘れ去られてしまうかもしれない。Brownの立場からは、自分が作り上げた世界がその長い人生の晩年に崩壊するところまで見てしまったともいえるわけで、まさに諸行無常の響きありだ。

 だがそもそもBrownが作り上げた「馬車馬RB」というものは、きちんと勝利に貢献していたのだろうか。彼のキャリアは確かに華々しかったが、彼が過ごした9年の間にBrownsが優勝までたどり着いたのは1回だけ。彼の前にBrownsを代表する選手だったQBのGrahamが10年間に7回優勝したのと比べると、いかにも地味な数字なのは否定できない。実際にランがどのくらいチーム成績に対して影響を及ぼすかについて、彼がいた9年間、BrownsのパスANY/A、ラン獲得ヤード、チームOSRSがそれぞれリーグ全体でどんな順位にあったかを並べてみよう。

1957 2 2 3
1958 3 1 3
1959 4 1 7
1960 1 3 1
1961 2 2 7
1962 6 7 14
1963 6 1 6
1964 4 3 2
1965 8 1 7

 この9年間を見ると、ANY/AとOSRSとの差の絶対値の平均は2.2に対し、ラン獲得ヤードとOSRSとを比較した数値は3.9となっており、ANY/Aの順位の方がラン獲得ヤードの順位よりも得点力の数字と近い水準にあったことが分かる。Brownがキャリアで最も不調だった1962シーズンを除き、Brownsのランオフェンスは常にリーグトップ3以内に入るだけの距離を稼いでいたにもかかわらず、相対的な得点力を示すOSRSがトップ3に入ったのは半分未満の4シーズンだけ。そしてパス能力を示すANY/Aもトップ3以内は4シーズンだけであり、ランよりパスの方が得点につながっている様子が窺える。
 つまりBrownが馬車馬RBへの道を切り開いていたその当時から、ランよりパスの方がチームのオフェンス力との相関が高かったことは既に明白だったわけだ。そう考えると、むしろBrown以降に彼の後を追うチームや選手があれだけ多く、かつ長く生まれ続けたことの方が驚きかもしれない。もちろんサラリーキャップがなかった時代にはRBに大枚をはたいたとしてもチーム力に対するマイナスの影響は限定的であったのも理由の一つだろうが、そもそもランはパスに比べて圧倒的に効率が悪いという認識がほとんどなかったのが最大の原因だと考えられる。
 そう考えると改めてJim Brownは時代に恵まれていた選手だったと思う。たとえ彼のように突出した才能を持っていても、現代のNFLでは毎年あれだけのプレイ機会を与えられ、3回もMVPに選出される可能性はほぼない。ルーキー契約後に1回くらいは高額(といってもQBに比べれば3分の1とか4分の1の水準)の契約延長を勝ち取ることができるかもしれないが、そのあたりが限界だろう。まして彼の後に40年にわたって続く馬車馬RBの時代を開くことなど夢のまた夢だ。
 今後、ランで彼のように時代を変える選手は生まれてくるだろうか。パスに思いきり制限をかけるような新ルールの導入でもない限り難しいだろう。RPOが極端に進化し、QBが普通に1試合100ヤード走るくらいになれば話は別だが、そういう時代のリーディングラッシャーはBrownの時代とは全く異なる存在になってしまう。万が一そういう時代が来たとしても、その時のファンはBrownについて、現代の我々がSingle-Wing時代の選手について語るようにしか語れないだろう。そう、彼は歴史になったのだ。
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