国旗の色

 何とも妙な論文を見たので紹介しよう。Color Symbolism: European National Flags and Social Emotionsというやつで、1900年から2020年までの欧州の国旗の「色」の推移を調べた結果をまとめたものだ。なぜそこに注目したのか、正直よく分からないところはあるのだが、面白い指摘もある。何とも評価に困る文章だ。
 色に関するシンボリズムの歴史について延々と語っている前半は、ほぼどうでもいい。そういったシンボリズムがバビロニアの時代から存在していたという指摘(p278)は面白かったが、それぞれの色がどのような惑星、金属、音程、キリスト教の美徳と悪徳、そして曜日に関連しているかという部分(Table 1)には、歴史的なトリビア以上の意味はない。赤は火星、青は木星で、それぞれ鉄と錫、音程で言えばソとファに相当すると思われていたという話を聞かされても返答のしようもないわけで、よくある「オタク特有の早口」で語られている印象ばかりが残る。
 一方、現代の世界の国旗が主にどのような色の組み合わせで成り立っているかという分析(Graph 1)などはもう少し興味深い。最多勢は赤と白(120ヶ国)及び赤・青・白のトリコロール(119ヶ国)だそうで、日本と同じ色の組み合わせは実は世界で最も多いことになる。でもまあこれも基本的にはトリビアの範囲。国旗で使われる色が赤、白、青、黄、緑、黒、オレンジの基本7色にとどまる(Graph 2)という話も、話のタネには使えそうだが、それ以上でも以下でもないだろう。
 この論文ならではの分析が始まるのは、既に半分を過ぎた後から。Graph 3では欧州における国旗に使われる色の数とその割合の推移が示されている。見ると国旗はまず第一次大戦後に急増し、それからしばらくはほぼ横ばいが続いたが、冷戦終結後にもう一度急増していることが分かる。一度出来上がった国旗のデザインが変わることはほぼないため、国旗の色の推移に変化をもたらすのはこうした「新規の追加」がもたらす影響だけ。20世紀の欧州にとって第一次大戦と冷戦の終結がそれぞれ大きな変化をもたらした様子がうかがえる。
 論文ではさらに7つの色について、4つのグループに分けて分析している。グループAは欧州全体、Bは19世紀以前に成立していた古い国々、Cはスラヴ諸国で、Dはその他(東欧や旧ソ連などの非スラヴ諸国)だ。具体的な色ごとの分析はp290-293に載っている……のだが、その中身についてはあまり期待しないでもらいたい。赤は革命、黒は伝統的保守主義、青は複雑さと社会的責任とを示す色として使われてきたといった話をしているのだが、当たり前すぎる指摘だったり(赤)、論拠が今一つ信用できなかったり(青)といった具合で、読んでいてもだからどうした感が拭えないのだ。
 面白い指摘はある。Graph 4に載っている、赤と青のそれぞれが占める割合について時系列で分析したグラフは、確かに興味深い。時代とともに欧州の国旗で赤の割合がじわじわと低下し、逆に青の割合が伸びているというデータを見せられると、そこにどんな背景があるのか考えたくなる。だがそうした分析に踏み込むことはないし、まして面白いつながりや背景をそこから導き出すわけでもない。1世紀ちょっとという時間をかけて赤の割合が低下し青が増えてきたことに、社会の大きな変化の流れが反映されているのかもしれないが、そのあたりについて明確な仮説が提示されることはない。
 個人的に赤の人気が低下し、青の方にシフトしている面は確かにあると思う。例えばスポーツ関連だと前にこちらでまとめたNFLのユニフォームでは青系統が最も多く、その後に続く赤系統や黒の倍くらいの数を誇る。一方、こちらのサイトで調べた1933年(NFLが最初に地区制を採用した年)の時点では半数が赤のみもしくは赤を含むユニフォームを使っており、明白に青系統で統一されていたところは2チーム(PackersとEagles)しかなかった。20世紀の前半に比べると足元で赤の人気が低下し、青が浮上している可能性はある。

 色に関してはもう少し短期間での人気の推移について調べた事例がある。例えば、「世界から"色"が消えている」衝撃事実の驚きの訳という記事では、200年前には様々なアイテムの15%しか占めていなかった黒・白・グレーの割合が今では約60%まで増えているという指摘がなされている。汎用性の高いニュートラルな色調を選ぶ消費者が増え、「最も幅広く受けるものを選ぶ傾向」が強まっているというのがその理由だそうだ。
 同様にシンプルでミニマムなデザインは企業ロゴの世界にも広まっているそうで、確かにどこもかしこもゴシックの読みやすいロゴが増えている。「情報過多の時代に、より多くの人の目に留まるように『装飾性』より『視認性』を重視する傾向」が背景にあるそうで、確かに少しでも読みやすくしようとする動きが強まっているのは確かだろう。色という点でも、できるだけシンプルな色合いにする方が視認性を高めるのに役立っているのかもしれない。
 こちらでは特にウェブデザインに関連してその理由を推測している。元は様々なデザインが存在したウェブだったが、検索エンジンの台頭などによって次第に種類が減り、さらに画面サイズの小さいスマホが普及した結果としてミニマルなデザインが普及した、という話だ。高齢者の多い日本ではなかなかそうなっていない面はあるようだが、その日本でもひと昔前と比べればかなりシンプルで抑制したデザインが増えているのは確かだろう。
 ただしシンプルなデザインの増加が原色の使用割合低下につながることは理解できるものの、赤から青へのシフトを説明できるかと言われると答えに詰まる。暖色系より落ち着いた寒色系へのシフトと見なすのであれば、まあシンプルなデザインと相性がいいと言えそうな気もするが、一方で国旗の調査だと白や黒は別に増えておらず(というか黒はむしろ減っている)、国旗における青へのシフトをミニマル化に結び付けるのは難しそうに思える。
 むしろ世界的に高齢化が進んでいることに論拠を求める方がもっともらしいかもしれない。高齢者になるほど落ち着いた色合いを好むようになる傾向が一般的なのだとしたら、特に先進国が多く高齢化が進んでいる欧州で派手な赤より落ち着いた青への好みのシフトが生じており、それがゆっくりと時間をかけて国旗に反映されつつある、という理屈も成り立ちそうだ。なぜ高齢者が地味な色合いを好むのかについて例えば生理的な理由とかがあるかどうか、私は知らないのだが、変なシンボリズムを持ち出すよりはそう説明された方が納得感がある。
 正直、色について分析するのなら国旗のみでは分かることは少ないと思う。上にも述べた通り国旗はほとんど変わらないのが通例であり、欧州という範囲で見た場合は新たに国が増える場面でもない限りその色の割合はほとんど変わらないだろう。この点は欧州ではなく世界に視野を広げても同じだ。一方、商業デザインの場合は、例えばウェブのようにデバイスの変化によって短期間に急激に変わることもあるため、人々の好みの長期的変化を追うにはノイズが混じりすぎる可能性もある。国旗の色に着目したこと自体はいいと思うが、他の分析も合わせて調べた方がより実のある仮説を生み出せるんじゃなかろうか。
 もちろん、そうやって掘り返してみたが大した結果は得られなかった、というオチもあり得るだろう。そもそも色の好みの推移にどれほどの意味があるのか、現状では分からない。社会の変化を調べるうえで、色の好みという要素に着目するのは遠回りすぎてはっきりした結論が出せないことになっても不思議はないと思う。その意味でもどう評価していいのか分からない論文だった。

 あとなぜかこの論文内にはTurchinのクリオダイナミクスへの言及がある(p287)。この研究はクリオダイナミクスなどにインスパイアされたものだ、という文脈で出てくるのだが、正直言って歴史上のあるデータを統計的に並べてみたという以上の関連性はない。Turchinのように歴史理論をモデル化し、そのモデルを検証する代理指数として国旗の色を持ち出した、というわけでもない。はっきり言うと、読んでいてなぜここにTurchinが出てくるのかが分からないレベル。興味深い点がないわけではないが、この論文自体に読むべき価値がどのくらいあるかと言われると返答に困る、というのが私の現時点での結論だ。
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