双頭の鷲は確かに健在だった

 ナポレオン漫画が来月号で久しぶりに雑誌の表紙を飾るらしい。いやーよかった。作者には好きなだけむさくるしいオッサンの絵を描いてほしいものだ。いや、今月号の表紙を飾っているようなエロい絵も悪くないんだけど、最近はそういうのばっかりだったので少々飽きてきたところ。それにしても今月号の薄さといい、ずっと表紙とは無縁だったナポレオン漫画の表紙登用といい、いつもは起きてないことが雑誌の周辺で生じている模様。もしかしたら廃(以下略)。

 さて漫画の中身だが、最初に出てきたヴルムゼルはこちら"http://aeiou.iicm.tugraz.at/aeiou.encyclop.data.image.w/w985465a.jpg"とこちら"http://www.napoleon-online.de/AU_Generale/assets/images/Wurmser_gross.jpg"を組み合わせて何割か格好良くしたような姿だった。同一人物なのに全然違う肖像画があると漫画家も苦労する、という一例だろう。ちなみに某少女マンガで有名なフェルゼンもこれ"http://www.histoire-en-ligne.com/IMG/jpg/doc-184.jpg"とかこれ"http://www.marie--antoinette.de/Bilder/freunde_fersen.jpg"とかこれ"http://cache.eb.com/eb/image?id=11895&rendTypeId=4"のように肖像画ごとにやたらと顔つきが異なることで有名。その某少女マンガはどの肖像画も完全に無視しているようだが、まあ髪の毛フサフサの某ロシア皇帝を描いた漫画家だから仕方ないか。
 ボーリューが飛び降りるシーンがあるが、これはよくある作者の創作だろう。ブクスヘヴデンと違って殺されずに済んだのは幸甚である。実際のボーリューはこちら"http://www.napoleon-online.de/AU_Generale/html/beaulieu.html"によるとリンツに隠居し、そこで晩年を趣味にあかせて過ごした模様。それにしても1819年、94歳まで長生きしたのにはびっくり。
 マントヴァを包囲していたセリュリエが咳き込んでいたが、彼はこの後のカスティリオーネの戦い時点(8月5日)で体調を崩し、師団の指揮をフィオレラに譲っている。今回描かれたのが8月3日の戦闘だとしたら、次回にはこの伏線が発動してセリュリエが病気になるのだろう。一方、今回でカスティリオーネの描写は全部終わりという可能性もある。ただ、そうだとするとオージュローにとって最大の見せ場があっさりパスされたことになってしまい、物語を展開するうえではちともったいない。
 14歳の双子が誰なのかは不明。ナポレオン戦争関連で双子というと私が思い出すのは大デュマの「リシャール大尉」"http://www.cadytech.com/dumas/stories/the_twin_lieutenants.php"だが、ここに出てくる双子の名はルイとポールであり、漫画に出てくるようなテオという名ではない。従って漫画の双子はとりあえず正体不明である。単なるオリジナルキャラの可能性ももちろんある。
 カスティリオーネの戦いについてはVoykowitschのCastiglione 1796"http://www.napoleon-series.org/reviews/military/c_castiglione.html"が私の読んだ中ではベストの本だ。両軍の行動がここまで詳細に記されているものは他に見かけたことがない。で、これを読むとよく分かるのだが、ナポレオン自身の意図は漫画に書かれた通りだったものの、実際の軍隊の動きはもっと錯綜していた。何しろ両軍の兵が夜の間に、互いに気づかないまますれ違ってしまうことまで起きたほど。現実の戦場が机上の作戦図と比べてどれほど混乱しているのか、クラウゼヴィッツが記した「摩擦」の実態がどんなものであったかを知るために、非常にいい事例だろう。
 ちなみにこのカスティリオーネ戦役の初期、7月30日にオーストリア軍はブレシアの奇襲に成功。Martin Boycott-Brownによればこの時にミュラ、ランヌ、そしてケレルマン息子(マレンゴで突撃した方)がオーストリア軍の捕虜になったという。Phippsはミュラの名のみを上げている。ミュラもランヌも今月号の漫画では姿を見せないが、もしかしたらマセナとオージュローがどつきあいをしている間にオーストリア軍に捕まっていたのかもしれない。
 最後に、漫画でははっきり描かれていないので分からないかもしれないが、ヴルムゼルは「マントヴァの包囲を解」くという目的は達成している。セリュリエがマントヴァ包囲を諦めた直後の8月1日にはオーストリア軍の前衛部隊がマントヴァに到達し、ヴルムゼルは包囲されていた要塞の再建を図るため砲兵や工兵を送り込んでいるのだ。彼の作戦は、最終的には失敗に終わったものの、途中段階では一定の成果を収めていたのである。

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