End Times書評

 今度Turchinが出版するEnd Timesについて、Milanovicが書評を書いていた。The chronicle of the revolutions foretold?というタイトルで、結構高い評価をしている。この本自体はまだ出版前(Amazonによると発売日は6月13日となっている)だが、おそらく最終のゲラなどは既に出来上がっているのだろう。Milanovicはそれを読んでこの文章を仕上げたのだと思う。有名出版社が手掛けただけに、こうやって著名人に書評を頼む作業もきっちりやっているのだろうな。
 Milanovicによると、彼はTurchinの本のうちSecular Cyclesは読んだがWar and Peace and Warは読んだことがないそうだ。個人的に現時点でTurchinの本のうち最も面白かったのはSecular Cyclesだったので、それをピックアップしているMilanovicはなかなかクジ運の強い人間に見える。逆にTurchinが書いた一般向けの書物を読むのはこれが初めてだったようで、そのためかこの本のhaute vulgarisation(専門的事柄を平易に説明している点)については「時に平易すぎる」書き方をしていると見ている。
 そのうえでMilanovicならではの格差やエリート過剰生産についての説明が出てくるのだが、これが興味深い。彼はまず所得の格差について中間値と平均値の差が大きいことだと説明。さらには中間値の人間がトップ10%あるいは1%からどんどん引き離されていくことだと記している。中間値の人間とは、この本の主な分析対象となっている米国であれば十分な資格を持たない製造業あるいはサービスセクターの労働者であり、19世紀の英国なら半熟練労働者かもしれないし、1830年代のフランスあるいは1850年代のロシアなら小規模地主かもしれない。
 Milanovic自身や彼の読者であれば、こういう形での格差拡大は問題につながると考えるのだが、彼らもMilanovic自身もどうしてそうなるかについて上手く説明できていない。そこを埋め合わせるのがTurchinだ。格差が広がるとトップがその他に比べてより豊かになり、より有利な立場になる。結果としてその有利な立場に対する需要が高まり、自らもそうなろうとする人が増える。現代米国なら彼らは企業の経営陣だったり、投資銀行家だったり、企業弁護士だったりするわけで、そのための勉強や行動原理を身に付けたがるエリート志望者が増大する。そしてエリートの席に対して志望者の数が大きくなりすぎると椅子取り合戦が始まり、それがエリート内の分断を、ひいては争いをもたらす。
 また中間値とトップの格差拡大によって大衆の困窮化(Milanovicはあくまで相対的な困窮化であると指摘している)が進み、それにエリートの過剰生産が加われば、革命前的な情勢が生まれる。実際にこうした現象は過去の革命でも起きていた。フランス革命では貴族と聖職者の一部が成り上がりつつある都市の商人階級と対立し、ロシア革命では農奴解放で富を失いながら政府の仕事で十分に埋め合わせられなかった貴族たちが、うまく立ち回った別の貴族たちと争った。革命家の中に占める自身や家族が落ちぶれた貴族の割合は非常に高いという。さらに1979年のイラン革命でも、脇に追いやられていた聖職者がブルジョワたちと対立した。
 そのうえで、このモデルが今の米国にも「あまりにもうまく当てはまる」とMilanovicは指摘する。今や米国の中間値は、ヒラリー・クリントンの言う「嘆かわしい者たち」、主流メディアの言う「ポピュリスト」、ヴァンスのいう「ヒルビリー」、そしてケースとディートンの言う「絶望死の候補者」たちである。一方でエリートを構成しているのはCEOと役員たち、大物投資家たち、企業弁護士たち、政策決定ネットワークに属する者、そして選挙で選ばれる上位公務員たちで、彼らはみな金と権力を持っている。
 だが彼らは一枚岩ではない。エリート志望者ではあるがトップにたどり着けなかった者たちは、主流が推進する移民やグローバル化、「お目覚め」系イデオロギーへの反対者となり、共和党を乗っ取ってエリート内紛争の道具にしている、のだそうだ。これはネオリベラルな資本主義、学歴偏重主義、アイデンティティポリティクスといった世界観の下で1980年から2008年まで大成功を収めてきた既存のエリートたちを苛立たせ、今や彼らは不満を持つ中間値の層に支援されたエリート志望者たち(対抗エリートたちと言った方がいいかもしれない)から自らのイデオロギーと経済的地位を守ろうと必死になっている。
 それ以外にも政治システムの機能不全が現れている例として、Turchinは労働者や中間層を代表する機能が喪失していることを指摘している。Pikettyらが唱えている「バラモン左翼」のことだ。もちろんだからといって米国が政治的危機に見舞われると決まったわけではなく、その政治制度は柔軟性を持っているが、それでも米国で生じているのが革命前夜的な性格なのは確かだ、とMilanovicは記している。
 またMilanovicは、Turchinが取り上げていない他国の事例も紹介している。具体的にはFrom workers to capitalists in less than two generations: A study of Chinese urban top group transformation between 1988 and 2013という論文で指摘している、中国での急速なエリートの変貌だ。これまで政治・行政エリートが支配していた中国で、経済成長の恩恵を受けた資本家・商人層が力を増しているという話で、こちらで指摘したようなエリート内競争の激化が実際に起きているとMilanovicは考えているようだ。
 そのうえで彼は、米中双方でこの政治的な分断にどこまで耐えて世界の覇権を握れるかという我慢比べが生じている、と記している。もし先に中国で破綻が起きれば彼らは野心を修正しなければならず、アジアにおいても米国の風下に立たされることになる。逆に米国が先に崩れるなら、彼らは孤立主義へとシフトし世界で最もダイナミックに動いているアジア地域のコントロールを失うだろう、というのがMilanovicの予想だ。これに対し、Turchinは「米国が先に破綻する」と予想している。
 とはいえMilanovicは、Turchinを予言者として祭り上げるつもりはなさそうで、一部の人が2020年夏に彼を持ち上げたように社会的な動向をまるで天体の動きのように予想できると考えるのはお勧めしていない。あくまでTurchinの提示したメカニズムに焦点を当て、続く20年ほどは困難の時期が続くと考える程度にとどめるのがいい、という判断だろう。研究者としては当然のスタンスだと思う。また最後に追伸としてTurchinが説明している内容が元はGoldstoneの考えた構造的人口動態理論(SDT)に基づいているとも言及している。

 というわけで実物より前に書評が出てきたが、読んだ限り、こちらで予想した「Ages of Discordを一般向けに書き直したような内容」の本だと考えてほとんど間違いなさそうだ。特に米国に焦点を当てていることもMilanovicは指摘している。もちろん「バラモン左翼」のようにAges of Discordの出版時にはまだ出ていなかった研究内容を後から付け加えたらしい点は新しい部分だが、基本的な主張内容に大きな違いはないと思われる。
 むしろ重要なのはそれが一般向きに書かれている部分。Milanovicの言い分を信じるなら、「読者はほとんど事前知識を持っていない」と想定しているかと思えるくらい徹底的に分かりやすく書かれているようで、この点は日本の読者にとってはありがたい面かもしれない。いやもちろんAges of Discordのようなデータ的裏付けを求めて読むと期待外れに終わる可能性はあるが、そういった部分は他の本を読んでくれということだろうし、出版社もあくまで一般読者がくじけずについてこれる本を求めてTurchinに原稿を書いてもらったのはおそらく確かだ。
 問題は、個人的に私がTurchinの一般向き書籍に関する熱心なファンではない点にある。こちらが期待しているのは新しい知見や面白いデータであって、一般向けに薄めて書かれた本の場合そうした楽しみは限定的になる。それにTurchinは一般向けになると「マルチレベル選択」推しが強くなりすぎ、読んでいて違和感が強いのも問題。War and Peace and WarでもUltra Societyでもその傾向ははっきりと表れていた。今回のEnd Timesでもそうした文章が長々と書かれるのではないか、という懸念がつきまとう。
 できればTurchinにはそうしたところを抑制し、あくまでSDTの分かりやすい解説とそれを現代米国に当てはめた場合の「ヤバさ」を説明するにとどめてほしいところだ。といっても文章はほぼ出来上がっているだろうし、今更修正されることはない。さて、どんな内容になっているのか。いささかの不安も抱えつつ、発売を待つとしよう。
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