小ネタたくさん

 こまかいネタがたまってきたので紹介しておこう。まずTurchinがAn Intermediate Retrospective on Ages of Discordという新しいエントリーをアップしていた。日本語版の「不和の時代」の序文を求められたのでそこで書いたものを少し修正したという内容。もちろんさして目新しいことが書かれているわけではなく、これまでを振り返った内容が中心だ。
 むしろコメント欄の方が興味深いかもしれない。例えばSDTが農業社会に当てはまるのは、その社会に暮らしている人々の方が飢餓に見舞われ命のリスクに晒される可能性が高かっただけに理解しやすいのに対し、産業社会ではそう簡単に死の恐怖に晒されることはない。そういう時代にも不和の時代は当てはまるのか、といった疑問が提示されている。それに対しTurchinは次に出版するEnd Timesではそれが大きな部分を占めていると述べている。この本はAges of Discordの簡単バージョンだと思っていたが、もしかしたらプラスアルファの情報も入っているのかもしれない。
 同じTurchinはアセモグルの書いているWhat’s Wrong with ChatGPT?という文章について、アセモグルの最も悲観的なシナリオが最もありそうだとツイートしている。最近の生成型AIは文章を作り上げるのは上手いようで、それが多くのホワイトカラーの仕事を奪うのではないか、という危機感は分からなくもない。その際に困窮化に見舞われるのは大衆というよりは中間層ではないかと思うが、それが社会政治的な不安定性をもたらすリスクは確かにありそうだ。
 もっと狭い範囲の競争だが、これまた興味深い指摘をしているのがThe rise of Archaeologists Anonymous。考古学の世界で匿名での議論をする人が増えているという指摘で、なぜそうなるかというと一部の分野で自由な議論がタブー化しているからだそうだ。例えば最近のゲノム分析によってブリテン島にアングロ・サクソン人が実際にやって来たことが確認されたそうだが、実はこうした説は最近の学会における流れとは逆だったという。やって来たのは文化だけであって人が大量に来たわけではないという主張が政治的に正しいと見なされていたのに、それがゲノムによってひっくり返された、のではなかろうか。
 もちろん新しい証拠が出てきたならそれに合わせて仮説を作り直せばいいだけなのだが、それができないような雰囲気が考古学の世界にあるのかもしれない。実際、考古学の分野でこれまで研究内容と報道の見出しがあまり一致していない例や、なぜか「お目覚め系」的な切り口で古人類のゲノム分析がなされていた例を紹介してきたが、もしかしたらそういう政治的に正しい視点を強制するような無言の圧力が学界内に存在するのかもしれない。
 そうしたアカデミズム内での競争に関連して、Beware the promise of ‘peak woke’という文章も出てきている。ピークオイル論に引っ掛けた言い回しだろうが、要するにまだ「お目覚め系」の動きは頂点を越えて衰退してきているとは言えない、という主張だ。Turchinのエリート過剰生産議論を踏まえ、大学における過剰な学位の生産をやめなければならないと書かれているのだが、個人的には前にも書いた通り学位はエリート過剰生産の原因ではなく結果であると考えているので、奨学金を減らすくらいでは問題は解決しないんじゃないかと思う。何しろいまだにアイビーリーグの学費はロケットのように上昇しているくらいだし。
 そうやって知識社会におけるベルカーブの右側へ進もうとする競争が激化している一方、IQの高い若者の方がそうでない若者よりも異性との性交渉が少なくなっているという話が、米国で出てきている。IQ130の少年よりもIQ60の少年の方がセックスを経験している確率は高いそうで、これが事実ならもう知識社会の勝者は生物として勝者と言えるのかどうかすら怪しい。もちろんこの話がどこまで事実かは分からないし断言もできないが、それにしてもシュールな話ではある。
 さらに興味深いのは、過去に起きたセックスというか出生率の低下事例について記したFrance’s baby bustという記事。欧州の他の国に比べて100年以上早く、18世紀には既にフランスで出生率の低下が始まっていたという研究を紹介したものだ。記事中に出てくる地図を見ると分かるが、フランスのほとんどは1830年より前から出生率の低下が始まっていたのに対し、ドイツや英国はそのタイミングが19世紀後半まで後ずれしているし、フランスから遠ざかるほどタイミングはさらに遅れている。筆者が分析した出生率は1760年頃から下がり始めていたのに対し、イングランドとウエールズでは1860年以降に急激な低下に見舞われた。
 理由はカソリックの影響力低下だという。フランスでは旧体制下の18世紀において既に教会の力が弱まり、世俗化が始まっていた。産めよ増やせよというキリスト教の呪縛から離れることでフランスは人類史上初めてマルサスの罠を脱した、というのがこの文章の指摘だ。実際1人当たりのGDPで見ると産業革命で先行したイングランドとフランスは似たようなペースで数値を高めており、個人の豊かさという点では欧州でもフランスが先行していたと見られる。
 個人的には同じ18世紀に日本でも人口増が頭打ちになっていたという事例があり、本当にフランスが特殊な例なのかどうかは判断しかねる。記事では経済的な理由よりも文化的な理由の方が重要だと見ているが、江戸時代の日本と同様に成長が頭打ちになったことが人口増にブレーキをかけた可能性はないのだろうか、といった点も気になるところだ。いずれにせよ面白い話なのは確かではある。
 同じく歴史の話ではサイエンス誌に載っていた米国での馬の伝播についてのツイートも面白かった。これまで17世紀後半と考えられていた北米西部への馬の伝播が、実際はもっと早い17世紀前半だったと見られる考古学的な証拠が見つかったという話で、アメリンディアンの伝承にある通り欧州人よりも先に馬がやって来たことが窺えるという話だ。
 これについてTurchinはあまり驚いていないもよう。効果的な技術はどんな社会であってもすぐに採用されるからという理屈で、個人的には同感だ。かつては1680年のプエブロの反乱まで北米の内陸部では馬について知られていなかったと思われていたそうだが、例えば火器などが欧州人たちより先行して広まったのを踏まえても、同じように便利な乗馬技術が先に広まったのは不思議ではない。むしろ技術の伝播史においては、軍事技術のように生き残りに必要なものはかなり短期間に広がるのが当たり前と考えた方がいいのかもしれない。
 続いて過去からまた現在に話を戻す。足元で産油国が大幅な減産をしたことがニュースになっていたが、それ以前に世界的なエネルギーの不足がもたらす懸念について記したThe Global Energy Squeeze Is Riskier Than We Thoughtという記事が出ていた。エネルギーが減ると複雑さを維持するのが難しくなり、紛争が増え、経済成長が鈍って金融システムへの負荷が増す、という主張だ。
 Figure 2を見ると実は金融危機以降の1人当たり化石エネルギー消費は横ばいとなっており、それと歩調を合わせるように世界のGDPに占める貿易の割合もまた頭打ちとなっている(Figure 3)。また米国では2010年代に入ってから大学への入学人数が減ってきている(Figure 4)そうで、これらが複雑さの縮小を示している、と記事では指摘している。最後の部分についてはむしろエリート過剰生産が落ち着きを取り戻している証拠にも見えそうな気がするが、この記事ではそういう切り口では論じていない。
 エネルギー価格が高いままだと消費者が大きな損害を被り、逆に安くなると生産者は採算が取れないためエネルギー供給が減る、というのがこの記事の主張。エネルギー不足は経済全体の供給不足につながり、それはインフレと高金利をもたらす。経済の悪化は紛争の激化をもたらすが、足元で西側の経済力はかつてほど強くなく、米軍は世界中に薄く散らばっている状態で、中ロとの対立において西側が必ずしも有利とは限らない、というのがこの記事の見立てである。個人的には西側の経済力をいささか過小評価しているように思うが、エネルギー価格次第で環境が変わる可能性は否定しない。
 そして最後に紹介しておきたいのが、メディアの見出しを分析したこちらのツイート。2000年以降の見出しについてどのような感情が優勢だったかをグラフ化したものだが、怒り、嫌悪、恐れ、悲しみといったものが増加傾向にあるのに対し、喜び、中立が低下しているという内容だ。またネガティブな言葉が入っている方がクリックされる確率が高いそうで、ネット時代に入って否定的な見出しが増えている理由の一端はそういうところにあるのかもしれない。
 これらのグラフについてTurchinは「ブレークポイントは2005年から2010年の間にあったのでは」と見ている。喜びだけは2010~2015の間に反転して下がり始めているが、それ以外は確かにその辺りが転換点に見える。米国ではブッシュ政権からオバマ政権へシフトしたあたりで、経済的には金融危機の前後となる。構造的な変化が背景にあるかどうかは不明だが、興味深いグラフではある。
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