大統領経験者が起訴されるのは米国史上初であり、それがどう影響するかは当然ながら多くの関心を集めている。とはいえトランプに絡んだ法的問題についてまとめたFiveThirtyEightの記事、
What We Know About Trump’s Legal Troubles では、今回の起訴は彼が抱える法的トラブルの中でも最も抑制的であまり重要ではない案件だ、と指摘している。少なくともこの問題(ポルノ女優であるストーミー・ダニエルズへの口止め料)に対するトランプの反撃が可能な程度の、大したことがないインパクトしかもたらさない可能性がある。
より深刻なのは残る3つのトラブル。1つはジョージア州で2020年の大統領選の時に行なわれた「選挙結果を操作しようとしたトランプからの圧力」に関する捜査だ。といってもこちらの件で本当にトランプが起訴されるかどうかはまだ不明。トランプはこちらでの起訴を避けるべく色々と動いているし、トランプではなくジュリアーニのような別の関係者が起訴される形で終わる可能性も残っているが、一方で起訴されるリスクが本当にあるとの見解も存在する。こちらで起訴されるようなことになれば、コトは単なるビジネス詐欺にとどまらないだろう。
3つ目の問題はさらに深刻な件、つまり
国会議事堂襲撃 だ。下院は昨年12月の襲撃事件に関する最終報告でトランプへの刑事照会を4件行っている。検察は別にこの件について起訴の義務は負っていないが、担当者がペンスやトランプの娘などを召喚している点からも、彼らが何らかの動きをしている可能性はある。下院による照会は陰謀や暴動といった件に絡むもので、うち暴動で起訴されると公職に就けなくなるかもしれないそうだ。もし動き出せばかなり大きな影響が出そうなトラブルではある。
そして最後の案件はFBIが家宅捜索をして機密文書を回収した件だ。トランプの法的アドバイザーはこの文書を捜査当局から隠そうとしていたそうで、こちらの案件もまだ継続中であることは間違いなさそう。家宅捜索時点ではトランプの政治的影響力に変化は生じず、共和党は引き続きトランプを支援したが、こちらも何が出てくるか現時点ではわからないためその影響は測りにくい。もちろん何の影響もなく終わってしまうこともあり得る。
要するに今回の起訴はこの後に待っているかもしれないいくつかの起訴の第一弾にすぎない、かもしれない。そしてこの後に待っている一連の起訴内容は、トランプの岩盤支持層に対してはともかく、中立派も含めたその他の層にはより大きな影響を及ぼすかもしれない。となるとそうした影響を確定させるためにも捜査は来年の大統領選に向けた動きが本格化する前に一定のめどをつける可能性が高い。おそらく今年の夏頃までには方向性が見えてくるのではなかろうか。
まずマイナス説だが、一般的にスキャンダルは政治家に不利をもたらす。一般的には9%ほどの得票率低下につながるようで、一例としてジョージア州上院選で敗れたWalkerの例(中絶反対派なのに過去に妊娠したガールフレンドに中絶費用を支払っていた)が挙げられている。ただし、今後の世論調査でトランプに投票しないという回答を重視しすぎるのはよくない、というのがこの文章の指摘。そう答える人たちは、元からトランプに投票する気のない者たちだろうからだ。
代わりに注目すべきなのは、起訴される前に行なわれた世論調査。そこでは53%が口止め料について「非常に深刻」「やや深刻」な問題と回答したそうで、さらに刑事告訴された場合にトランプの出馬資格を失わせるべきだとの見解は56%に達したという。また大統領選本番だけでなく、予備選段階においてもトランプが敗れる可能性はあるという。トランプを好意的に見ている共和党員は75%だが、デサンティスに対するこの数字は84%とさらに高い。さらに、上に紹介した他の案件でも起訴されるようになれば、共和党ですらトランプを候補に立てるのはやめたほうがいいと判断する、かもしれない。
次のシナリオはむしろプラスになるというものだ。トランプが危機に晒された結果として、彼の支持者が彼の周りに集結するようになる可能性がある。共和党員の75%はトランプが不当に迫害されていると考えているそうだし、彼が殉教者と見なされれば支持者はより頑固になる可能性は十分にある。それにトランプが攻撃対象になった結果として共和党のライバルたちが彼を攻撃しなくなり、それが予備選における彼の優位を強める可能性はある。現状、彼は共和党候補を巡る世論調査の大半で首位に立っており、他の候補者がその優位を揺るがせられないまま時間が過ぎていく可能性もある。
そして最後のシナリオは「影響しない」だ。3月下旬の世論調査だと共和党員の45%がトランプは悪いことをしていないと考え、別の調査では95%の共和党員がマンハッタンの事件を政治的な動機によるものと考えている。加えてトランプの不正疑惑はあまりに長く言及されているため、今更感もあるようだ。何しろ65%の米国人がトランプが犯罪を犯した可能性について「間違いなく」あるいは「おそらく」そうだと答えているくらい。口止め料を払ったことが分かっても、「知ってた」で終わってしまうかもしれないのだ。
このシナリオを裏付けとなるのが、彼が大統領を務めていた期間中に全く動こうとしなかった支持率に現れている。ウクライナ疑惑に関して彼が弾劾された時も、支持率はまるで何もなかったかのように横ばいを続けていた様子がグラフから窺える。上に紹介した機密文書に絡む家宅捜索時も、やはりこの数字はほとんど変動しなかった。要するにトランプ自身が何をしているかではなく、彼を支持するかしないかという部族主義に基づいて行動する米国人があまりに多すぎるのだ。
これらのシナリオのうち、Nate Silverが
ツイート しているように、ベッティング市場では少なくとも「起訴がトランプにとってむしろ助けになる」という傾向は出ていないようだ。だが一方で起訴を機に下がっている様子もなく、こちらもまた「影響しない」説と整合的に見える。
加えて最大の問題は、これから2024年の予備選が始まるまで8ヶ月以上、大統領選本番までには18ヶ月もの時間があることが大きい。現時点で何かが起きたとしても、これからの1年半の間に別の事象が起きればそれがまた事態を変えることは十分に考えられるわけで、現時点での有利不利は、あるとしてもごく限られたものであると見ておいた方が安全だろう。もちろん大統領経験者が起訴されるのは米国史上初の出来事であり、その影響を見通すのは現状では難しいが、今のところは先走らず様子を見た方がいい。
なお日本ではトランプ容疑者誕生に合わせ、
「プーチン容疑者」 と並べて大喜利が行われている。いやまあトランプは容疑者というよりは
被告 と呼ぶのが正確なのかもしれんが。
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