昨年末のことだが、
2021年の米国の平均余命が2年連続で低下し、過去25年で最も低い水準に達した ことが報じられていた。2019年には78.8歳だったのが76.4歳にまで下がった格好。下落の要因の多くはCovid-19の感染拡大に占められており、2020年には74%、2021年には50%分の下落がCovid-19によってもたらされたという。だが問題はそれ以外の要因にもある。例えば記事中ではドラッグの過剰摂取が原因の死亡は16%も増え、特にフェンタニルは22%と大きく増加したと指摘している。
こうした米国の状況については
Turchinもツイートで言及している 。そこで紹介されているのは
Health System Tracker というサイトで、米国のデータと、他の先進10ヶ国(英、独、オーストリア、オランダ、ベルギー、仏、スウェーデン、オーストラリア、スイス、日)とのデータを比較している。例えばこの10ヶ国の2021年の平均余命の平均を見ると82.4歳。問題はこの平均値は2020年に比べて上昇している(82.0→82.4歳)のに対し、米国は大幅下落が続いている点だろう。
日本は実はCovid-19が拡大した直後の2020年にはむしろ平均余命を延ばしており(84.4→84.7歳)、他国と比べてもかなり特殊な位置にあるのだが、それにしても他の先進諸国と比べて米国の位置がおかしすぎるのは確かだ。米国内を見るとさらに異様で、ヒスパニックと黒人は2020年に比べて2021年には平均余命の低下幅が縮小しているのに対し、非ヒスパニックの白人はほとんど低下ペースが変わっていない。男女別に見るともっとすごく、米国の女性の平均余命(79.1歳)は他の先進10ヶ国の男性平均(80.0歳)より短くなっている。どこの国でも先進国なら女性の方が長生きなのに、米国に住む女性は他の先進国に住む男性より早く死んでしまうわけだ。
より詳しく書かれているのは、FTのコラムニストがつぶやいている
一連のツイート の方だろう。まず最初に示されているのは所得の百分位における平均年齢の米国とイングランドの比較だ。一番所得の高いところではかろうじて両者とも似た水準にあるが、それ以外はどこを見てもイングランドに比べて米国の低さが目立つし、全体として所得が下がるほど両国の差が広まっている。最も低いところでは5歳以上の差がついている格好だ。
その次のツイートでは百分位ではなく所得の絶対値で比較しているのだが、これはさらに印象的。同じ所得水準だと米国はイングランドに比べて5歳は早く死ぬ計算になっており、イングランドと並ぶほどの平均余命を達成している米国人はイングランド人よりもはるかに多い所得を得ている連中だけとなる。米国ではスーパーリッチになってようやくイングランド並みの寿命が達成できるわけだが、英国の平均余命は上に紹介した先進10ヶ国の中では実は最も短い。
FTのコラムニストは、さらにイングランド内でぶっちぎりで平均余命の低い地区(リバプール北方にある
ブラックプール という自治体)の数値と米国の平均が並んだことも指摘している。ただこの
グラフ でもっと印象的なのは、下のほうにあるウエストヴァージニアの平均余命推移だろう。米国の平均余命が頭打ちから低下を始めたのは2010年代に入って以降だが、ウエストヴァージニアでは1990年代の半ばからずっと平均余命が下がり続けている。問題はかなり前から生じていたわけだ。
原因は何か。高齢者が長生きできないことが問題ではなく、米国の問題はむしろ若者にある。
こちら で紹介されているグラフを見ると、75歳以上の人が死ぬ確率の推移は比較対象となっている国々(オーストラリア、オーストリア、カナダ、イングランド&ウエールズ、フランス、ドイツ、日本、オランダ、スウェーデン、スイス)と比べてもそれほどの差はないが、5歳の子が40歳までに死ぬ確率は異様に高い。他国がせいぜい1%前後の死亡率にとどまっているのに、米国だけが4%、つまり25人に1人が死ぬ計算となっている。人生全体を通した死亡率は
こちらのグラフ の通りで、要するに米国の平均余命の短さは高齢者の問題ではなく若者から中年にかけての問題なのである。
なぜそうなるのか。コラムニストは米国が「究極の自己責任国家」であると指摘。誰もが自身のために行動するためセーフティネットが弱く、結果として肥満や暴力、ドラッグといった陥穽に落ち込む人が発生しやすい。また個人の自由を重視しすぎるために銃やより危険な運転、致死的な乗り物が多い。結局、拙い状況に陥る人が多く、かつ拙い状況が死につながりやすい社会であるために、平均余命が縮む事態が発生している、と分析している。
Turchinはこうしたデータについて、「2010年から米国での大衆の困窮化について話してきたが、まさが平均余命が絶対値で、それもこれほど大幅に低下するなどとは想像もできなかった」と述べている。
こちら でも指摘したが、米国の平均余命は大衆の困窮化を示す代理変数の中でも数少ない「トレンドが逆転していない変数」だったのだが、足元で見られる現象はさすがにかなりはっきりとした逆転と言わざるを得ない。Turchinの言う通り、まさか現代医療が普及している先進国において、ここまで明らかな平均余命の逆転現象が起きるなどとは予想もできなかった。
同時にこうした指標の悪化は、いまだに
政治ストレス指数 が上昇している可能性を窺わせるものとも言える。以前、Noah Smithの「格差は縮小している」説に対してそ
こまで楽観的になれない と書いたことがあったが、少なくとも平均余命という点で見る限り、事態が改善していることを裏付けるデータはまだ揃っていないと見るべきだろう。もちろん平均余命はおそらく遅行指標であり、こちらが変わる時は構造の変化がかなり進んだ後だと考えた方がいいのだろうが、それでも望ましいデータでないことは間違いない。
ただ足元で米国の分断を煽るような流れが続いていることは確かだし、この起訴も火に油を注ぐ要因になる可能性はある。平均余命から改めて構造的問題が解決されていないことが見えてきた以上、やはりまだ楽観視するのは難しそうに思える。
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