一帯一路

 最近、ちょっと話題になっていたのが中国の一帯一路に関する世銀などのレポート。それを報じた記事のうち、こちらでは最近になって救済支援が増えているという見出しを立てており、あまり評価を強く打ち出していないが、こちらでは「不良債権問題を浮き彫りにしている」という具合に、より否定的なニュアンスが大きく出ている。
 China as an International Lender of Last Resortがそのレポートだ。しかしながらアブストを読むと、報道の見出しとはちょっと印象が違うことが書かれている。そこで最も重要とされているのは「人民銀のスワップラインが財政支援メカニズムのために大量に使われており、1700億ドルが危機に陥った国の流動性支援に充当されている」点であり、融資についてはあくまでその次の言及だ。だが一連の国内報道を見てもスワップについて言及したものは、私が探した限り見つからなかった(英語だと記事中で言及されている)。
 レポートの内容を簡単に把握するうえでは、こちらのエントリーがよさそうだ。エントリー内で太字で強調している部分のうち、報道で取り上げているのは一部にとどまることが分かる。もちろん報道に際してはマスコミが何を重要視しているかによって取り上げる力点が変わるのは当然の話。レポート全部を取り上げなければならない理由はどこにもないし、読者にとっても要点をまとめてもらう方がありがたいだろう。むしろ各マスコミがどこに力点を置いているかを比較しながら読むのがいいんじゃないかと思う。
 逆にわざわざレポートを読む場合は、取り上げられなかった部分に注目するのが面白い。例えば北京が救済に踏み切っているのは一帯一路の貸し付けの8割を占めている中所得国であり、2割しかない低所得国に対しては返済期限の延期などは認めてもニューマネーは投じていないとある点。実際、中国のサブサハラ・アフリカ向け投資が縮小しているとの報道もある。一方、中所得国に対してはデフォルトを避けるため、国際収支支援を通じて新たな資金を投じ中国の銀行が債務者を救済しようとするインセンティブを保ち続けるよう取り組んでいるようだ。結局のところ、その目的は中国の銀行自体の救済にある、と筆者は述べている。
 自国の金融機関を救おうと取り組むこと自体は別におかしくないだろうし、金融危機の際には西側もそうした取り組みを色々とやっていた。問題は解決しようとしているのが短期的な流動性の問題か、それとも長期的な支払いの問題かだ。こちらは記事でも紹介されていたが、中国の一帯一路関連の貸し付けは当初のインフラ投資支援から最近は流動性支援へと比重が移っており、救済目的の貸し付けのうち8割近くは2016~2021年に投入されたものだという。採算の取れない事業に多額の投資をした結果、返済がままならなくなって救済資金の投入が増えざるを得なくなったのではないか、という不信が生まれるのも無理はない。
 スワップラインについてはこれが救済用の重要なツールと化しているが、その使い方が不透明だと指摘されている。一応スワップラインの提供は3~12ヶ月という短期の返済期間が取り決められているが、実際には多くのケースで繰り返しロールオーバーが行われており、事実上の返済期限は40ヶ月後になっているという。ただ建前上、1年以内の返済期限のものは国際的に報告しなくていいルールとなっており、結果としてどのくらいのスワップラインが供与されているかが不透明となっている。
 問題はこのスワップラインを使って借り入れ国が外貨準備高を人為的に嵩上げしている可能性があること。人民銀によるスワップによってドルやユーロの返済ができるのなら危機の際には役に立つが、単に人民元の流動性を使って外貨準備が高いと見せかけるためだけに使われる場合、ドルやユーロの返済能力は見せかけと異なって実際は変わらないままだ。筆者の1人は中国の救済策が不透明かつまとまりなく実施されており、かつ厳密に二国間関係で展開されているため、危機の際には懸念になるのではないかと指摘している。
 一方、論文中では中国によるこうした金融支援の拡大を、1930年代から第二次大戦後の米国と比較してもいる。覇権を握った当時の米国が果たしたような役割を中国が果たせるようになっているのだとしたら、これは中国の力が増している論拠になるだろう。他方で設備投資から救済へと投資目的がシフトし、なおかつ内容が不透明になっている点は、中国の一帯一路が危うくなっていることを示しているとも取れる。つまり、かつての朝貢貿易のように、実際は中国が金をばら撒いて世界を相手にポトラッチを演じているだけかもしれないのだ。
 かつてオイラトのエセンは明から大量の金品をせしめるために大量の朝貢使節を送り、それが土木の変の遠因になったという。人民銀による不透明な資金ばら撒きを見て、こりゃもっと金をたかれるなとエセンのような考えを抱く国が出てくれば、中国にとっては面倒な話になる。一歩間違えると、鈴木商店にしがみつかれて一緒に沈んでいった台湾銀行と同じように、一帯一路と一緒に中国自体が経済的苦境に陥るリスクもある。
 とはいえこうした問題は定性的ではなく定量的に考える必要がある。中国の支援はどのくらいのもので、そのうちいくらが焦げつきそうなのか。中国自体にはどのくらいの余力があるのか。さらに一帯一路関連のインフラはこれからどのくらい採算が取れるようになるのか、ならないのか。今回のレポートは中国を含めた「伝統的なパリクラブ以外の国」が国際的な金融システムにどのような影響を与えるかを調べる最初の取り組みだそうで、今後はもっと具体的な数字を巡る分析が求められるのだろう。

 中国の経済の先行きも気にかかるが、ウクライナで戦争中のロシアの経済力については厳しい見解が色々と出ている。プーチンは自国の軍事産業の生産能力を誇張し西側に対抗できるかのように言いつくろっているが、ISWは細かい数字を挙げて反論。米国だけでロシアのGDPの10倍、独英仏を合わせれば5倍近くあり、ウクライナ支援に際してロシアほど厳しい経済情勢には置かれないだろうと指摘している。また2023年中に1600両の新たな戦車を投入できるというロシアの主張に対しては、唯一の戦車工場で月に20両しか生産できないことを踏まえるなら、プーチンのいう数字を達成するには6年以上かかると指摘している。
 軍事装備の生産能力という点でロシアが追い詰められているのは、インドへの兵器供与が追い付かなくなっていることからも窺える。これも一種の債務不履行だろうか。たとえロシア国内の生産体制を強化しても、例えばT-90の部品はその多くが外国製や輸入品で構成されているわけで、西側による制裁が続く限りその能力は簡単には上向かない。おまけに足元では先立つもの(カネ)すら不足するようになっているらしい。状況が今すぐ好転する状態には見えない。
 加えてロシアがベラルーシに核兵器を配備すると発表した点が、中ロ首脳の共同声明にいきなり反しているという指摘もある。中国側の反応ははっきりしないがゼレンスキーは核兵器配備について「中ロ首脳会談で中国から軍事的支援が発表されなかったという事実から目をそらすための動き」と見ているようで、習近平の訪ロはロシアにとって良くないものだったと判断しているもよう。当事者の発言だけに割り引く必要はあるが、すぐにロシアにとって助けになる外交ではなかったと見ている。
 一方、戦場ではウクライナ側からバフムートについて「前線維持のための戦力は十分」とか「包囲の危機はなくなった」といった強気な発言が出てくるようになっている。ロシア軍の勢いは鈍化しており、ウクライナ側に言わせれば「パニックになっている」そうだ。英国防省は1月からゲラシモフが指揮を執って行った作戦は失敗に終わったと判断している。
 最近はバフムートで進めないためかアウディーウカ方面でのロシアの動きが目立つ場面もあったが、こちらでも結局は僅かしか前進できていないという。アウディーウカはバフムートよりさらに小さな町(戦前の人口が3万1000人強)であり、ロシアの目標がさらに小さくなっていることが分かる。ましてプーチンが命じていたとされる3月中のドネツクとルハンシク州の奪取は完全に失敗したと見てよさそう。
 ISWによればウクライナは天候次第で4月か5月にも反撃に出ると言っている。こちらのツイートでもウクライナ側がモメンタムを取り戻そうとすると予想し、西側がきちんと支援をすればその反撃が「戦争の終わりの始まりとなる可能性がある」としている。少なくとも、昨年夏に続いてロシアの攻勢はほとんど進展を見せないまま終わりを告げる可能性は高まったのだろう。

 最後に、また新しい台湾有事のシミュレーションが行われたもよう。といっても詳細な報道は見当たらない。一応「概要と評価」を読む限り、中国軍は台湾上陸には成功するものの、米地上軍派遣と補給路確保のために降伏せず、中国側の水上部隊は多大な損害を被るという、これまでの色々なシミュレーションと似た結果になったらしい。現状から判断する限り、このあたりが一番ありそうな結果なんだろう。
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