呪術と陰謀論と現代人

 フレイザーの金枝篇に出てくる類感呪術について前に少し触れたことがある。彼は人間が呪術から宗教、科学へと思考法を進化させていったという考えを示し、そのうち呪術的な発想として類感呪術感染呪術といったものがあると指摘している。そうした彼の主張の妥当性について調べたとも取れる論文を見つけたので紹介しよう。Magic, Religion, and Science: Secularization Trends and Continued Coexistenceがそれで、現代のアメリカ人を対象に調査を行い、呪術的思考をもたらす要因に関する3つの理論のうちどれが妥当性が高いかを調査したものだ。

 フレイザーの唱えた説はここでは「単線的進化/世俗化理論」とされている。人間社会が進化する過程で、人々の思考方法は最初は類似や感染という発想に基づく呪術的思考法から始まり、次により形而上学的な宗教へと移り、最後は科学にシフトしたという考え方である。フレイザーらはこれらの違いに道徳的な意味を持たせていたが、この論文ではそうした価値づけは行わず、あくまでそういう順番で思考法が変わったという理論として取り上げている。
 2つめの学説は「個別市場理論」。呪術、宗教、科学は相互に何の関係もない思考法であり、人々はそのどれも選ぶことができる。そのため彼らは自分に最大の利得をもたらす思考法をこの3種類の中から選ぶ、という理論だ。全然異なる市場で売られている商品みたいなものであり、消費者は自分にとって一番いいものを選択しているだけであって社会の進化などは全く影響していない、という考え。
 最後の理論は「進化した傾向理論」。呪術や宗教といった思考法はヒトが進化する過程で発生した認知機能の副産物のようなものであり、生まれながらにヒトに備わっているものだ。従って呪術や宗教のようなものは人間の文化の中で繰り返し幅を利かせるようになっており、それはたとえ科学のような思考法が生まれても変わらない、という主張である。
 この論文で面白いのは、より世俗的な呪術として「陰謀論」も分析対象にしていること。陰謀論もまた呪術と同様、類似や感染といった発想法で無関係のものを結びつける傾向を色濃く宿しており、現代社会においてよりカジュアルに表現された呪術と見なすことができる、というのが理由だ。呪術について真正面から質問をしても現代アメリカ人にとっては縁遠いものと思われる可能性も踏まえ、分析対象に陰謀論も加えたのだろう。
 そのうえで理論をテストするための2つの手法を用意した。1つは上に述べたアンケートであり、呪術や陰謀論について質問したうえで回答者の属性と比較した時にどのような傾向が出てくるかを調査。それと3つの理論から想定される傾向とを比較して、どの理論が最も調査結果と一致しているかを調べる。アンケートの内容はTable 2にある通りで、18歳以上のアメリカ人1626人を対象に実施し、1333人から回答を得た。
 ただしこの方法だと「世俗化理論」と「進化した傾向理論」との判別がつきづらいという問題がある。そこで2つ目の手法として採用したのが、歴史的な宗教の系統分岐を調査(Figure 1)。それぞれの宗教が公式に認めている呪術的特質(Table 1)が系統分岐の過程でどう変化したかを調べ、それが「進化した傾向理論」と合っているかどうかを確認した。2つのテストを使えば3つの理論のどれが最も蓋然性が高いか判明する、という理屈だ。

 このうちアンケートの結果はTable 3にまとめられている。見ての通り、個別の質問事項に対する回答ではなく、それらをまとめて主成分分析を行い、そのうちのPC1(の標準偏差)が回答者の属性とどのように関係しているかを調べている。見ると学歴や個別の宗教などは統計的に有意な結果は出ていない一方、年齢や性別、人種(特に黒人)、無神論者や科学的思考といったものは呪術と有意に関係している。
 無宗教と無神論者が呪術と負の相関を持っているあたりは「世俗化理論」と整合的だ。ただし宗教行事への参加と呪術の間に相関がない点は「世俗化理論」にとってはマイナス。フレイザーらの言い分通りなら、宗教へシフトすれば呪術からは離れるわけで、本来なら有意な負の相関があってもおかしくない。これを見る限り、形而上学的な宗教を信じるようになれば呪術的思考法とは縁が切れるという理論は必ずしも成立していないことになる。
 一方「個別市場理論」との整合性はかなり高い。特に年齢との負の相関、及び女性・黒人との正の相関は重要だ(なお後者のデータは教育や科学的思考といったデータで補正済みの数値)。若者や女性、黒人といったグループは、米国においては年齢の高い層、男性、白人といったグループに比べて構造的に差別されている側であり、つまり真っ当な方法では満足のいく利益を得られないと考えがちな面々である。現代米国における「真っ当な方法」が科学であれば、そのルートで利益を得られない人が他のルートである「呪術」を選ぶ可能性が高まる、というのが「個別市場理論」であり、そしてこの調査結果は理論の予測通りの結果を出している。
 もう一つ面白いのは陰謀論のPC1について調べた部分だ。ここでは年齢や黒人だけでなくヒスパニックまでが同じように「個別市場理論」と整合する結果を出している一方、女性についてはむしろ有意な負の相関、つまり女性であるほど陰謀論から遠ざかるという傾向が出ている。また無宗教や科学的思考との関係も有意でなくなっており、つまり呪術に比べるとより信仰や科学とは無関係さが強まっている。これまた「個別市場理論」に適合的だ。
 論文では1つ目の調査について、科学的思考の増大と呪術的思考の減少を結びつけるメカニズムが合理的思考過程の内面化によって生じるというより、科学的訓練を通じて個人が学ぶ文化的ルール、即ち「科学と超自然的信念は相反するものでなければならない」というルールの単純な形から生じているのではないかと記している。要するに人は合理的な思考の結果として呪術を否定するのではなく、科学が正しいんだから呪術は間違っているはずだといった思い込みに従って否定しているのだろう。だから呪術をより世俗的にして受け入れやすくした陰謀論を前にすると、宗教や科学とは無関係にそれを受け入れる人が結構出てくる。
 続く2つ目の調査結果はTable 4に出ている。要するに宗教が分岐する回数が多いほど呪術的な要素は減る傾向があるという結果で、これは「進化した傾向理論」にとってはマイナスだ。ヒトの認知機能に呪術や宗教が刻まれているのであれば、宗教が分裂する際にいわば本能に従って呪術的思考法が再び増えるのが道理だが、実際には分裂が多いほど呪術的思考は減っているわけで、つまり宗教の分裂は呪術を求める本能がもたらすムーブメントではないことになる。
 以上、この論文では結論として、呪術も宗教も科学も相互に関係は持たず、あくまで人が己の利益を最大化するように選ぶ対象物である可能性が高いとしている。もちろんフレイザーの言うように呪術から宗教、科学と進歩した蓋然性もゼロではないが、陰謀論絡みのデータなどを見ても説得力はちょっと低め。そしてヒトは呪術的思考を生得的に持っているという理論については成立し難いとしている。

 個人的にとても納得感のある結論だ。時とともに科学的思考法が強まってきたのは、ヒトが合理的に考えるようになったからではなく、その思考法を採用したら大きな利益が得られたから、という理屈には説得力がある。逆に制度的な理由で利益が得られにくい立場の人が呪術に頼るのも、科学的思考をいくら使っても不満を癒すことができないからと考えれば理解可能。さすがにそのものずばりの呪術については科学教育のせいもあって容易に信用できなくなってしまっているが、その代替物としての陰謀論に不満分子が集まるのも、彼らがスタンダードな思考法では利益が得られないためだと思えば頷ける。
 前に不和の時代になると陰謀論が隆盛を迎えると書いたことがあるが、陰謀論が「オルタナ思考法」として不満分子を引き付けるからこそ起きている事象なんだろう。そうなると呪術だと女性が、陰謀論だと男性が有意に正の相関を見せている理由も想像がつく。前者は制度的に不利な立場にいるからだろうが、後者はむしろエリート過剰生産の結果なんじゃなかろうか。女性の地位が高まりつつあるとはいえ、米国でもまだ男性の方がエリートに占める比率は高く、それだけ不満分子も男性の方が増えやすいのだろう。だがもし将来、女性の方がエリート比率が高まれば、女性の陰謀論者が増える一方で男性が呪術に親しむようになるかもしれない。
 そしてまた現代になってもヒトはそれほど合理的に思考しているわけではないことも、この研究からは推測できる。呪術をバカにするのは教育の結果として単にそう思い込まされているだけ、科学というものを新しい神のようなものと認識しているだけ、なのではなかろうか。フレイザーは未開人に比べて現代人はかなり思考法を進化させたと見ていたようだが、もしかしたら両者の違いは思ったほど大きくないのかもしれない。
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