泥と外交の季節

 ウクライナでは泥濘の到来によって戦場での動きが止まり、しばらくは戦場以外に注目が集まるのではないかと前に書いたが、その直後にさっそく岸田首相がウクライナを電撃訪問した。当然、日本でのウクライナ関連ニュースはしばらくこちらが中心となったが、世界的にはむしろ中国首脳がロシアを訪ねていたのと似たタイミングだったことが話題になっていた。
 日中首脳の対照的な行動についてはエマニュエル駐日米大使がコメントを発表。日本の対応を「普遍的な価値を促進するため」と評価する一方で習近平の行動をnefarious(非道な)行動と批判。「明るい未来のためには、どちらの太平洋地域のリーダーがふさわしいパートナーだろうか」と述べ、さっそくアジア地域での中国牽制にこの事実を活用している。もちろん米国の立場だとこういう話になるのは当然だが、文中でわざわざプーチンが戦犯容疑者となっていることも取り上げ、とにかく西側と中ロの正当性を巡る争いに位置付けているのが特徴といえる。
 日中首脳の対比は、日本のメディアでも、欧米メディアでも取り上げられている。前者では今日のウクライナは明日の東アジアと述べ、東アジアの深い溝を浮き彫りにした出来事としているし、後者ではどちらも「戦略的な外訪」だとしたうえで、モスクワでの出来事を踏まえると岸田首相の訪問は実に注目に値するとの評価を示している。そうした対照的な姿をもっと端的に示したのはこちらのツイート。「ロシアの犯罪者たちによる犠牲者」を弔った日本と、「ロシアの犯罪者」と会合を持った中国、という対比が分かりやすく国際社会に示されたと解釈できる状況だ。
 正直なところ、岸田首相のウクライナ訪問はG7で最も遅くなってしまったし、タイミングも予算案が衆院を通過して動きやすくなったからという国内事情の方が大きいんだと思う。ところがそれがたまたま習近平の訪ロとタイミングが合ってしまい、結果としてこんな形になった、というのが実情なんだろう。もっともそんな裏事情よりも表面的に与える印象の方が国際政治上は重要であると考えるなら、結果オーライにすぎないとしてもその評価を下げる必要もない。幸運も実力のうちといったところか。
 まあ、その余波みたいにしゃもじが話題になっているあたりは、ちょっとどう評価すべきか悩むところ。ロシア側の報道で日本兵がイェニチェリと化しているのみならず、日本国内でも大喜利始まっているところを見ると単なるギャグと見て処理するのが一番健全なのかもしれない。アイエエエ、しゃもじ、しゃもじなんで。
 一応、真面目に今回のウクライナ訪問の意味を考えるなら、上に述べた政治的効果以外に改めてウクライナへの支援を約束した点などにあるのだろう。一方、習近平はロシア訪問に際してロシアとの関係を優先すると述べたそうで、こちらも中国の姿勢を明確化するという狙いはあったようだ。この記事ではロシアというよりプーチン支持を明確化することで彼をより中国に依存させようとする狙いがあったとの見方を示している。一方、ISWはこの会談について「彼(プーチン)が望んでいたであろう無制限の二国間パートナーシップを手に入れることはできなかった」と見ているようで、ロシアにとってはあまりメリットのない訪問だった可能性がある。
 また22日の報告でISWはショイグが千島列島の防備に触れたことについて、日本に対する牽制であると同時に、中国に対して自分たちが価値あるパートナーであることをアピールする狙いがあったと解説している。何しろ現状、中国はまだロシアに兵器を提供していないようで、だとするとロシア側の期待は首脳会談後も十分にかなえられているとは言い難いことは確かだろう。プーチンが何とかして中国のより積極的な支援を勝ち取ろうと考えているのだとしたら、まだそうした努力が続く可能性はある。
 何しろ冬季攻勢が終結を迎えつつある現状、ロシアの状況はいいとは言えない。分かりやすいのが最近になって再びミサイル攻撃が減っているというISWの指摘。在庫不足のため、生産されたものをそのまますぐ使用する状況になっているのだとしたら、それでは足りない分をどこかから持ってくるしかない。イランや北朝鮮頼りでは十分な補給は望み薄だろう。最も頼れる相手が中国だと思うのも不思議はない。
 ロシアのザポリージャ州占領地政府が州都をメリトポリにすると布告したのも、彼らにザポリージャを占領する力がないための苦肉の策だという話がある。ロシア軍の攻撃はほぼ頂点に達してここから衰えそうだし、ロシア軍のトップにおいては分断が深まっているという見方もISWは示している。中には戦争開始から1年でロシアが学徒出陣に追い込まれているという話まで出てきている。
 もっと象徴的なのは、ついに20世紀中ごろの戦車であるT-54/55まで持ち出し始めた件だろう。なにしろワルシャワ条約機構華やかりし時代の戦車である。早速これまた大喜利なっているわけだが、そりゃまあ「被弾経始の丸い砲塔」が使われていた時代の戦車だし、無理もない。
 とはいえ別に戦車としてでなく、後方からの支援に使う「砲塔の回る自走砲」としてならまだ使えるのではないかとの説はある。もちろん「仰角も14.5度しかつかないので自走榴弾砲として使うのもキツイ」という反論も出てきているし、実際にどう使うつもりかは現状未知数だ。本当にうまく使えるような賢さを持っているなら「T-55出してくるまで負ける前にやめる」という、至極ごもっともな指摘もある。もしかしたらソ連時代から営々とため込んできた旧式戦車の在庫一掃セールでもやろうとしているのだろうか。
 そもそもロシアの冬季攻勢自体も「早い段階で頓挫」していまい、目標を変えて「複数の戦術の試行」とウクライナに損害を強いて彼らの「春季攻勢を阻止」する方向に転じた、という指摘がある。北部では教範に則った攻撃を行ったがウクライナ側の強固な陣地に阻まれ、中部では低練度の部隊に自殺攻撃をさせる「ハイローミックス」戦術を採用したが損害の大きさに驚愕したプーチンが止めに入ったらしい。南部では両者の中間とも言うべき「動員兵を主体とする部隊による正面攻撃を精鋭部隊が掩護する」戦術を採用したが、動員兵が全く使い物にならなかったようだ。要するに攻勢に出たメリットはほとんどなかったようだ。結局、彼らは春攻勢を中止したとの報道もある。
 そもそもロシア軍に複数の攻勢軸で攻撃に出る能力はない、というか互いに関連しない複数軸での攻勢という発想自体が露軍の失敗の原因であることはISWが指摘していた通り。かつて「作戦術を生み出した国」が今やこの有様というのは無残だが、この戦争が始まる時点から兵站を無視してあちこちで攻撃に出ていたことを考えるなら今更だろう。さらに最近になってもバフムートから他の地域で攻勢に出ようとしている可能性も指摘されている(22日のISW)ようで、むしろ問題は一向に敗北から学んでいる様子がないところではなかろうか。
 その中で辛うじて学んでいる様子が出てきていると言われているのが、ミサイルの目標。こちらの記事によると、民間のインフラに対して高価なミサイルを景気よくぶっ放していたロシア軍が、ようやく軍事施設や防衛企業、兵站といったものに目標を切り替えつつあるそうだ。ただ、既に在庫が底をついている状況で方針を変えてもいささか遅すぎる気はするが。
 一方で西側は最近になって急速に防衛支出を増やしている。「目を疑うような額」がこれから投入されるわけで、防衛産業的にはまさに戦争景気到来となる一方、ロシアにとっては時間が経てば事態が改善する望みがさらに薄れる話になっている。同時に世界的にいえば平和の配当が終わりを告げたとも解釈できるわけで、最近の金融危機懸念もあって特に超富裕層にはダメージが入っているもよう。なおその影響が最も大きいのは中国の富裕層で、西側の金持ちが経済だけ心配していればいいのに対し共産党の顔色も窺わなければならない彼らの苦境が浮き彫りになっている。結果として権威主義国家がなかなか現代の産業社会において豊かになれない理由の一端がほの見える格好だ。

 それにしても改めてユーラシア中核の「修羅の国」っぷりがよく分かるのが最近の状況。実のところロシアのやっていることは、前にも述べた通りかつてアッシリアがやっていた「バビロン捕囚」以来のユーラシアの伝統であり、つまり彼らが未だに騎兵時代の遺物のような発想法で行動していることが分かる。
 この件で面白かったのがこちらのエントリー。19世紀にマルクスが中国やロシアの正体について「まごうことなき東洋的専制主義」であると主張したという話で、今になってそういう古い本が復活してきたのは「歴史は繰り返しているから」という話だ。個人的に中ロの正体については「東洋的」ではなく「ユーラシア中核的」という方が合っているのではないかとか、「専制の基底に大規模灌漑を要する」という指摘については黄河流域やイスラム圏には当てはまるとしてもロシアはちょっと違うんじゃないかなとか、必ずしも同意しない部分もあるが、こうなってくると中ロの権威主義について歴史を遡ってみたくなる人が増えるのは理解できる。
 もう一つ、これも前に記しているが、ウクライナでの戦争で塹壕が大きな意味を持っている点もまた歴史を振り返る材料となっている。歴史においては経路依存性の重要性が思っているより高いんじゃないかと最近は考えているのだが、中ロがまるで先祖返りしたような発想で行動しているのを見ても、このあたりはもう少しきちんと評価し直した方がよさそうな気がする。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント