以前
こちら で国連食糧農業機関のデータを使った食糧事情について調べたことがある。結論として新興国ではイモ類をはじめ1人当たりの供給カロリーが増え、先進国ではむしろ肉食へのシフトが進んでいるのではないか、との推測を述べた。要するに食糧について言えばカロリー面での改善が続いており、また一部では高たんぱく化という食の質向上も生じているのだ。人類の歴史上、食という面でここまで恵まれた時代はなかなか存在しなかっただろう。
Our World in Dataの
こちらのページ にはそれを示すグラフがいくつもある。1961年に1人当たり1日2181キロカロリーだった世界の食糧事情は、2019年には2920キロカロリーまで改善。タンパク質は約61グラムから約82グラムまで、脂質は約47グラムから約87グラムへと、いずれも栄養が上向いている。地域によってはそこまで改善していないと思うかもしれないが、最も改善ペースの鈍いアフリカでもカロリーが2035から2547へ、タンパク質が53グラムから64グラムへ、脂質が40グラムから53グラムへと、少なくとも昔よりは増えている。
特に日本の場合は既に人口が減少に転じており、なおかつ高齢化によって1人あたりのエネルギー消費量も増えなくなっている。例えばカロリーを見るとピークは1996年の2941キロカロリーであり、2019年にこの数字は2714キロカロリーまで低下している。タンパク質も同様で1989年の97グラムが足元では89グラムまで減っており、要するにこれ以上、高い栄養を必要としないレベルの水準に到達してしまっている可能性がある。
普通の人が
コオロギに忌避感を持つ のは分かる。この手のものは理屈ではないし、食の好き嫌いは昆虫にとどまらず色々な食材に及んでいるからだ。エビやカニと同じ節足動物ではないかと言えばその通りなんだが、それでも苦手という人がいるのは謎でも何でもない。逆に昆虫食が文化として定着している地域もある。
陰謀論者が騒ぐ のも、これまた想定内と言える。何しろ彼ら彼女らは
ピザゲート のように、おどろおどろしい割に穴だらけのお話が大好きだ。要するにB級ホラー映画でギャーギャー騒ぐのが好きなタイプなんだろう。昆虫食と聞いて喜んで飛びつくのも当然だと思う。もちろん、彼らの行動が想定通りだからと言ってその言い分が正しいことにはならない。
謎なのは、なぜ現時点で昆虫食がビジネスになると思っている人が存在するのかだ。一応、理屈はある。一番分かりやすくまとめているのは
こちらのツイート だろう。まず「プロテインクライシス」というキャッチコピーを掲げ、それから耕作地面積が飽和しつつあること、牛や豚などの動物性タンパク質は耕作地で見ると効率が悪いことなどを示し、効率的に育成できる昆虫食がタンパク質の摂取源としてこれから注目される、というストーリーに落とし込んでいる。スタートアップがベンチャーキャピタル相手にやるプレゼンみたいなもんだ。
でもこれ、一見してもっともらしいけど理屈が穴だらけなのは陰謀論者とあまり変わらない。まず耕作地面積が増えないと拙いという話だが、そもそも緑の革命は耕作地面積の増加よりも単位面積当たりの収量増によって達成されてきたという事実を無視している。
こちら に載っている各種グラフを見ても、サブサハラ・アフリカという例外を除きほとんどの国で面積を増やさずに収量を増やしてきたことは明白だ。
牛や豚が植物より栄養摂取効率が低いことは昔から指摘されていた点であり、それ自体に目新しさはない。それを前提としたうえで主に先進国でタンパク質へのシフトができるくらいの食糧供給があったのだから、現時点でそこに問題があるとは思えないだろう。鶏の飼育に使われる魚粉についての懸念はもっともだが、足元で既に水産資源が枯渇し鶏の育成が問題なっているほど切迫しているわけではない。というか
鶏の飼育は過去にないレベルで増加を続けている 。
にもかかわらず昆虫食に関心が集まる理由は、長期的な需要よりも目先のブームにあるのではなかろうか。
こちらのツイート では「意識高い系金持ちと新進気鋭のZ世代」が「コスパの良さと初期投資の低さに関してはズバ抜けている」コオロギ養殖に目をつけた、と説明している。参入しやすく儲けやすいビジネスとして食いついたわけで、失敗しても損が限定されているとなれば一発勝負してみるか、と思う人も増えるのだろう。
さらに政府もこれを後押ししているという見解もあるが、この点は微妙。一応、
こちら で紹介されている資料などによれば2022年度から昆虫食に関連するプレイヤーの育成が掲げられたそうだが、推進しているのは別に昆虫だけでなく植物性タンパク質やゲノム編集など色々とある。
こちら によれば政府は何であれ「農業には補助金を出す」ようになっており、コオロギもその一環にすぎないという。あくまで多様な政策の1つなんだろう。
全体として昆虫食に関する感想は
こちらのnote と同じだ。プロテインクライシスと騒いだところで、その危機へ対応する手段としてコオロギが一番いい方法には見えない、ということ。この文章に書かれているように、生産を増やすのではなく既存のタンパク質の適切な配分を進める方がよほど効果的だろう。コオロギをどうしても育てたいのなら、スキマ産業的に育成し魚粉の代わりに家畜用の飼料として使うという方法くらいにとどめるのがいいんじゃなかろうか。
何より世界的に人口が頭打ちになると分かっている時点で、食糧分野での新しい産業を立ち上げようという発想に無理がある。まして日本のように既に人が減り高齢化が進んでいる社会で、新しい食を追い求める必要がどこまであるんだろうか。個人的には食糧安全保障という考え方も疑問で、世界的に栄養分が増えている時代に食糧危機に陥るようなケースがあるとしたら、それは政府がよほどひどい政策の失敗をするくらいしか考えられない。最も効果的な食糧安保は自国内の農業育成ではなく、ダメな政府をすぐ取り換えられるような仕組みを作ることだと思う。
というわけで結論。なぜ今になって昆虫食が話題になっているのか。その分野が将来有望だから、ではない。目先の金集めに使えそうなバズワードだからだ。そして最近の日本では、こういった「将来性は怪しいがバズワードなので飛びつく」動きが色々と増えている、と指摘しているのが
こちら 。そこで取り上げられている8つの、30年くらい前の環境科学系の授業ではダメなアイデアとみなされていたもののうち、既に4つ(再エネ、プラごみのリサイクル、レジ袋、エコバッグ)がなぜか実際に実施され、そして現在、6番目に挙げられている昆虫食が注目を集めている。
これらのテーマは、別に解決策が見つかるほど科学が発展したわけでもないのに、時には政府が推進し、時にはビジネスとして取り組む者たちが出てきた。その背景にあるのは毎度の話だが
科学の低迷 なんだろう。真っ当な成長のネタがあれば企業はむしろそちらに向かうし、政府もそちらに金やマンパワーを注ぐ。でもそんなものはもうほとんど見当たらないから、やむを得ず怪しげな分野にも飛びつくようになる。加えて、こうした取り組みが
過剰エリートのための仕事づくり になっている面も否定できない。
結局のところ昆虫食がスポットライトを浴びているのは、
収穫逓減が極端に進んだ社会 ならではの悪戦苦闘ぶりを示す分かりやすい事例、というのが私の感想。もちろんコオロギ飼育にこの後で画期的なブレークスルーが生じる可能性はあるし、それを手に入れるにはやってみる必要があることも分かる。だが一方で初期投資が少なく失敗しても傷が浅いという理由で投資がなされているのだとしたら、その分だけより重要な投資が減らされている可能性もあるわけで、一概に歓迎していいわけでもない。とりあえず今の日本を支配する「苦し紛れ感」が浮き彫りになっているのは確かだろう。
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