というわけで社会の複雑さを示す指標を使ってそういう変化が生じているかどうかを調べてみた。ただ騎兵革命を対象とした分析はTurchinらが
こちらの論文などで事細かに実施しいるので、今回は対象としない。代わりに取り上げたのは火薬革命の前後。
こちらのまとめでは火薬技術が社会に及ぼした影響についてエピソードを交えながら紹介したが、それをもう少し統計的にやってみる格好である。
使ったのは
こちらで紹介した
Turchinらの論文。社会の複雑さについて(1)政治体の人口(2)政治体の領土(3)首都人口(4)階層的な複雑さ(5)政府(6)インフラ(7)情報システム(8)テキスト(9)マネーという9分野を組み合わせて主成分分析したヤツだが、今回は難しそうな主成分分析はパス。Dataset_S01というCSVファイルに入っているこの9分野それぞれのデータを個別に使った。
Seshatのデータはある程度の曖昧さを含んでいるため、同じ地域と時代についてトータル20のデータセットが用意されている。この全セットについてグラフ化をしてもいいのだが、それではグラフがうるさすぎるので、各セットごとの数値を出したうえでその平均をグラフに入れることにした。まずは上記9種類の数値について全てZ-score(標準偏差)に変える。続いて
Seshatが分析対象としている30の地域について、それぞれいつ火薬兵器が導入されたか(Gunpowder Siege ArtilleryあるいはHandheld Firearmsのいずれかがpresentになっている状態)を調べた。オルホン峡谷のように途中でいったん火薬兵器が姿を消したものの場合は、それが再登場し定着したタイミングを採用した。
Turchinらの論文で取り上げている各地域の時代の途中で火薬が不在から実在に変わった地域を対象に、変わったタイミングとその前後それぞれ300年のデータを取り出す。そして火薬革命前後のデータが存在する全地域のZ-scoreの平均値を算出し、火薬革命前後それぞれ300年ずつについて数値を出す。例えば政治体の人口(PolPop)について20種類のデータセット全てのZ-scoreと、その平均をグラフにすると以下のようになる。
この手順を他の分野全てについても行ったうえで、9分野それぞれの平均値を出してグラフにまとめると以下のようになる。
正直ここまではっきりとした傾向が出てくるとは思っていなかったので、このグラフを最初に見た時は驚いた。基本的に9つの指標すべてが火薬兵器登場のあたりをきっかけに大きく右肩上がりになっており、特にマネー(money)以外の8分野については全てが足並み揃えて火薬革命開始時からその200年後までの期間に大幅な上昇を達成している。社会の幅広い分野において、火薬革命の後に急激にその複雑さが増している、と解釈できる数字だ。
例えばインフラ(infrastr)のZ-scoreは火薬革命開始時のゼロに近い状態が200年後には0.7を超えるところまで伸びている。火薬革命前は高くても0.3に届かない程度の数値だったから、これは単なる通常の変動の範囲内とは言い難いだろう。他の分野もすべてZ-scoreは革命前(0.2~0.5)より後(0.9~1.3)の方が高い水準に到達しており、Seshatでデータを取っている社会のあらゆる分野において火薬革命後に複雑さが大幅に増していることが分かる。
例外的な動きを示しているのはマネーだが、こちらは跳ね上がったタイミングが100年後ではなくゼロ年目であるところに違いがある。ただ忘れないでほしいのは、ここで言うゼロ年目とは火薬兵器が登場した後に訪れた最初の世紀の境目(例えばパリ盆地なら1400年、カンボジアなら1600年)であり、実際に火薬兵器の利用が始まったのはそれ以前からであった点。マネーの複雑さが一足早く跳ね上がっていることから「火薬使用が始まった際に真っ先に複雑さが増していくのはマネーである」という結論を出すことも可能なのだ。
マネーほどではないが政治体人口、政治体領土(PolTerr)、政府(government)、情報システム(writing)といった分野もゼロ年目から既に右肩上がりの変化が生じている。マネーや情報システム、政府といった分野は、火薬兵器の利用に伴う経費増や政府の役割拡大が最も早く必要になる分野とも考えられるわけで、一方でインフラや階層性(levels)、そして歴史や哲学、フィクションなどの文献の増加を示すテキスト(texts)といった分野は軍事革命との関係が間接的であるために影響が出てくるのに時間がかかっているのかもしれない。もちろん単に誤差の範囲とも解釈できる。
この分析についてはどんなツッコミが入れられるだろうか。例えば
征服された地域のデータをどう処理するかという問題がその一つ。対象となったデータの中には一部ではあるが植民地化された地域もあり、植民地化と火薬兵器の採用のタイミングが一致していれば火薬革命とともに複雑さが上昇するのは当然だ、と批判することもできるだろう。ただし、植民地化という手段を通じてであっても地球上で複雑な社会が増えていることは事実であり、それを排除するのも逆におかしいという反論はあり得る。
そもそも母数は十分にあるのかとの指摘も存在するだろう。Seshatのデータ対象地域は30プラスアルファあるが、そのうち火薬兵器採用前後のタイミングでデータが取れる地域は全てではなく、また火薬兵器を採用した200年後や300年後は、時代が現代に近づくせいもあって母数が少なくなっている。そもそもSeshatは産業革命以前を主な対象としたデータバンクであり、現代に近い時代を分析するにはあまり適しておらず、その意味で信頼度は決して十分でないとも言える。
それでも9つの分野でこれだけ似通った結果が出ている点はやはり無視できないだろうと思う。Z-scoreが最初からプラスにある点から、騎兵革命後に既に複雑さが多くの社会で増加していた点は窺えるが、火薬革命後にそれがZ-scoreで1前後、つまり歴史的な平均値から1標準偏差ほど上回るところまで短期間に跳ね上がった傾向がここまではっきり分かるのは重要。
複雑さの進化についてTurchinは断続平衡説を唱えているが、そうした大きなジャンプの1つに火薬革命を加えても異論はなさそうだ。
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