帝国末期?

 ウクライナ戦争はロシア側の攻勢が続いているようだが、相変わらず戦線に大した動きは見られない。彼らが力を入れて攻撃しているとされるバフムート方面でも、衛星画像を見るとこの2週間ほどの間にロシア側が進展した様子はない模様。ロシアとワグナーが東の市街地から一掃されたのではとの意見もある。ISWによれば相変わらず西側はバフムートでウクライナが抵抗を続けることに批判的なようだが、ISW自体はこの判断を評価している。本当かどうかわからないがロシア軍は5万人をバフムート付近に集めているとの話が出ており、それが事実なら大軍を引き付けることで他の地域でのロシアの行動を抑制している効果はかなり大だろう。
 敵が防衛陣地を固めて待ち構えているところにまるで長篠の武田軍のように(あるいはソンムの英軍のように)むやみと兵を突っ込ませているためか、ロシア側の損害が再び急増しているという話も出ている。当然ながらトータルの損害もかなり増えているそうで、英国防省はこの1年でロシアの死傷者は最大20万人と推計しているそうだし、ウクライナ軍の推定だと死者数だけで13万人を超えたと報じられたミリタリーバランスによれば戦車は半分近くが損失したそうだし、ワグナーだけに絞っても3万人を超える死傷者が出ているそうで、うち死者は約9000人(そのうち半数は囚人)に達したという。
 ウクライナ側の数値だろうが、こちらのダッシュボードでは現状のロシアの損失数と割合が確認できる。恐るべきことにこちらの推計だと死傷者は57万人というとんでもない数字に達しており、ウクライナで戦っている部隊だけでなくロシアの全戦力(90万人)のうち3分の2近くが早くも損耗した計算。戦車は既に現役3300両を超える数が失われており、保管車両もガンガン投入されていると考えなければ辻褄が合わなくなる数字になっている。ACVも半数近く、砲兵も4割が失われており、どちらも最初に投入した数はとうの昔に超過していまった。投入ヘリコプターの損耗率も100%超で、まだ初期投入数に達していないのは航空機(90%)と船舶(24%)くらいだそうだ。
 もちろん一方の当事者の言い分なのでこのデータを全面的に受け入れるのは拙いが、それにしてもかなり酷いのはおそらく確かだろう。こちらのツイートでは攻撃側が被った損害について歴史的な事例と比べているが、1日当たり380人、動員後に限れば同650人という数字は、2つの世界大戦におけるドイツ軍と、冬戦争中のソ連軍に次ぐ極めて高い数字となっている。なお日露戦争当時のロシア軍の損害は1日当たり115人だったそうだ。さらに全体の兵力に占めるこの数字は0.144%となり、冬戦争(0.38%)よりは低いがチェチェン戦争(0.113%)よりは高い。このレベルの損失を続けられるのは過去の事例との比較で言うならせいぜい500日だそうで、今年の夏頃まで今の水準の損耗を続けるとそれ以上は戦いの継続が困難になる可能性がある。
 損耗増加は、前回ロシア軍が敗走したと伝えたヴフレダールについての報道からも窺える。この方面でロシア軍は1月末に1個旅団5000人を失っていたそうだが、実はこの部隊は壊滅したのが3回目。そのたびに兵を補充して再建したのだろうが、おそらく戦闘部隊としての機能は相当失われているのだと見られる。この方面の戦闘についてはロシアの軍事ブロガーが「まるで射撃場の七面鳥」と言っていたそうで、バフムート以外でもロシア側の攻撃能力が引き続き問題山積状態らしいことが分かる。
 そういった状況もあって、ロシア軍の攻撃は迫力不足であり、さらに戦力を投入していも今以上のことができるかどうかは疑問という指摘も見られるようになった。何しろ一部では既にロシア軍が陸軍の97%をウクライナに投入しているとも報じられており、そのうえでこのような一向に進まない戦況が生じているのだとしたら、そもそもロシア軍に大規模攻勢を行なう能力などないと考えたくなる。少なくともウクライナ側はそう主張しており、ドネツクにおけるロシア側のモメンタムは失われつつあるとしている。
 ルハンスクでの戦闘でも予備がほとんどいないそうで、冬の間に攻撃の勢いを増すことは難しそうだとISWは指摘している。いくつかのエリート部隊についてもISWはその存在を確認できないとしており、特に戦車部隊の再建には相当な困難が伴っているのではないかと推測している。彼らによればロシア軍が開戦以来失った戦車の数は16個連隊分に相当するらしく、戦車戦力の欠乏は本格的な突破を行なうだけの力をロシアから奪っているそうだ。
 昨年秋に動員した30万人も、数が多すぎて「充分な数の指揮官が足りず、訓練体制も貧弱」だと指摘されている。加えて装備の不足もあり、最前線の能力は一向に上昇する様子はないようだ。装備についてはトップが号令をかけているが、要求されるほどの生産能力を国内で確保するのはほぼ不可能と見られており、あまりに装備が足りないためかキーウ上空にロシアが飛ばした風船爆弾が襲来したという話まで伝わるようになった。感心するレベルの「末期症状」感で、とうとうロシアを中東の独裁政権どころかただのテロ集団に例える人まで現れる始末。
 そんな中、今後の見通しについてこちらの報道話題を集めていた。今後の可能性として、ウクライナが押し戻すケース、ロシアが攻めてキーウを占領するケース、そして膠着状態という3つのシナリオを示しているが、どれに至るとしても3年はかかるのではないかと見ている。またウクライナが勝った場合でもクリミア半島にまで到達するには難しいとの見立てだ。
 同じようなシナリオはこちらの記事でも示されている。1つ目のロシアが敗北を被るシナリオでは、そのための条件としてウクライナが示した300両の戦車、600~700両の歩兵戦闘車、500門の榴弾砲が必要になるそうだ。次にロシアが勝利するシナリオのためには、彼らがこれまでしでかしてきた失敗を修正し、一方でウクライナ側の戦力が擦り切れる必要がある。この場合、米国は次の侵攻先として台湾に注意を引き寄せられることになる。最後が長期化で、西側の支援が伸び悩み、ロシア側が教訓を学んだ場合にはこうなる可能性もある。ただしどちらにとっても和平はリスクの方が大きく、ウクライナは旧ソ連領にいくつも存在する紛争地域の1つとして残り続けることになる。
 もちろんこうした予想は正直現時点では「当たるも八卦」である。こちらのツイートでも指摘されているが、戦況の予想はプロでも難しい。一連の見解については、素人のものよりははるかにマシではあっても盲目的に信じるようなものではなく、様々な参考情報の1つと位置付けるべきだろう。
 いずれにせよ開戦から1年を経過してもなお、終わりが見えてきている様子がないのが現状なんだろう。ロシア側が勝利する要素は今のところ見当たらないが、ウクライナが短期でロシア軍を領土から放り出す可能性も正直ありそうには思えない。ウクライナの言い分が極端だとしても、既にロシア側だけで死者数が10万人近くに来ている確率は高そうであり、その数字がさらに積みあがる可能性が現状では最も高いわけだ。人口減に見舞われている国がさらに無駄に死者を増やし、またそれよりはるかに多くの人が国外に逃げ出している状態を今後も続けられるかは正直疑問。どこまで人口が減れば複雑な社会の維持が難しくなってくるかを見定める必要が、どこかで出てくるかもしれない。

 なお個人的にロシアの惨状は古いユーラシア中核の帝国が産業革命以降の新しい環境に適応できずにもがいているためだと思っているが、それ以外によく聞くのは帝国解体の一過程という指摘だ。確かにソ連崩壊からの流れを汲むとそう解釈できるのだろうが、では過去に没落過程の帝国が弱いと思っていた国に戦争を仕掛けてまったくうまく行かなかった例というのはあるのだろうか。
 すぐ思いついたのは日清戦争だが、日本がそこまで弱いと思われていたかどうかは不明。オスマン帝国がやらかした第一次バルカン戦争は、正直もうオスマン帝国が大国でも何でもなくなっていた段階なのであまり参考にはならなさそう。ロシアを古い植民地帝国と見なすなら、同じく植民地帝国の崩壊過程で起きたスエズ動乱あたりが参考になるかもしれないが、英仏側は戦場で苦戦していたわけではなく米国の圧力で停戦に追い込まれたので、これもあまり現状に合う事例には思えない。
 もっと古い時代ならマラータに戦争をしかけたムガール帝国の例だとか、オランダ相手に延々と戦いを続けていたスペインなども思い浮かぶが、正直言って時代を遡るほど今とは状況が違うために単純比較は一層難しくなる。帝国の崩壊過程というともっともらしく聞こえるのだが、ではどのように帝国が崩壊していくのか、具体的な道筋はどう考えるべきなのかというと、そんなに分かりやすい答えがあるわけではなさそうだ。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント