ロ軍の能力

 前にも紹介した通り、ロシア側はこの2~3月にも本格的な反撃に出ると見られている。一方、ISWはその反撃能力に対する疑念を繰り返し提示している。たとえば1月28日のレポートでは、ドネツクとザポロジエのウクライナ軍を足止めしつつ本格的な攻勢を維持することができるのは1ヶ所のみだろうと指摘。ロシアの軍指導者は自身の軍事的能力について誤った仮定に基づいて攻撃作戦を立案していると記している。
 そもそも2~3月から攻勢に出たとしても、ウクライナの春の雨季が到来すればその動きは止まってしまい、その後夏にかけて西側の戦車を受け取ったウクライナがむしろ反撃に出るうえで有利な条件が生まれることになる。ロシア軍が戦術的に有益な結果を得る可能性は高いが、作戦的に決定的な成功を得るのはあまりなさそう、というのがISWの見方だ。もちろんウクライナが反攻によってロシア側の攻勢を邪魔しなければ、という条件付きだそうだが。
 続いて同月31日のレポートでは、近く見込まれる攻勢ではなく、バフムートでの戦闘についてもロシア軍が「短期間に侵攻できる自分たちの能力」を過大評価していると記している。この方面でのロシア側の主張は過去の実績と必ずしも一致していないという指摘だ。まあバフムートを落としてもそれで戦況が一気にロシア側に傾くようには見えないのは確かだ。
 さらに2月2日にはプーチン自身がロシア軍の能力を過大評価しているとの見方を示している。プーチンは3月までにドネツク州の残る地域(州全体の42%)を占領するよう命じたと報じられているが、ISWはそれだけの戦力をロシア側が揃えられたとの主張に疑問を投げかけている。プーチンが3月にドネツクとルハンスクの奪取を命じたとウクライナ当局者が指摘しているが、その実現は困難だろうというのがISWの見方だ。
 一方でISWは西側によるウクライナ支援の判断が遅いことについても批判している。1月29日のレポートでは、長距離砲撃、最新式の防空システム、そして戦車の提供が遅れたことが、ロシア軍の失敗によって与えられた反攻作戦の機会を利用するウクライナ側の能力を制限してしまった、と記している。もちろん反攻がうまく行かなかった理由の中にはウクライナ側の問題があったのも確かだが、ウクライナをソビエトシステムから西側のシステムへ移行させるという要件について西側が十分に考慮できなかったことも要因としてあるという。
 中には戦車だけでなく航空機も投入しろという意見もあるが、そうした議論にまで至る様子は現時点では存在しない。正直、西側の支援はあくまで慎重極まりないところから少しずつエスカレートする手順になっているし、ロシアが血迷って核ミサイルをぶっ放しでもしない限り、それがすぐに変わる可能性はほとんどないだろう。たとえその結果として積みあがる死体が増える(ロシア軍だけで死傷者数は20万人に近づいている)としても、あくまで自分たちの国内を納得させられる範囲での支援しかできないしやらない、というのが西側政治家のスタンスなのだと思う。

 西側が慎重になるのは、これまでも書いている通り彼らの側でも内部に色々な分断を抱えているから。直接支援にあたっている欧米勢の話ではないが、例えばオーストラリアでもエリート過剰生産に関する話が出ている。Elite revoltという記事では、社会が豊かになれば、大学は知識の中心地から大きな期待を背負ってはいるが実績のないエリートの生産工場と化す、と指摘。しかもその過剰生産は政府の補助金によって加速されている。その結果としてエリートを吸収するために政府の仕事が社会の必要とする以上に膨れ上がり、腐敗が続くと記している。
 4世紀のローマや18世紀のフランスでもエリート過剰生産が起きたという話はTurchinの説をなぞったものだろうし、中世なら司祭の大量生産が、ソビエトなら官僚が大量生産された。オーストリアでは1380万人の労働力のうち、保守的に数えても220万人が公的セクターで雇われているそうで、その比率は6分の1を占める。加えて公的セクターの計算には入っていない各大学の管理者数もかなりのものになっているという。オーストリアで有力な8大学の総賃金のうち、半数近くはアカデミックな仕事(教育や研究)に従事していない者に支払われているそうだ。
 結果、大学の仕事は真実の発見からドグマの強制へと代わり、過剰なエリートが次々と公的リソースを自分たちに寄こせと要求した結果として、増える一方のエリートを支える成果が不十分になった時の社会的混乱が目に見えてくるようになった、とこの記事は主張している。すでに金融危機やCovid-19の際に金融セクターと「情報官僚」laptopocracyのみが一般市民を犠牲に繁栄するという動きも始まっている。膨れ上がり、不満を抱いて対抗エリートになった者たちは、真の犯人(つまり増えすぎたエリート自身)よりも「資本主義の悪」に怒りを集中させるだろう、というのがこの記事の結論だ。
 こちらで指摘したような懸念がオセアニアでも見られることが、この記事から窺える。また政府が考えなしにエリートを増やそうとした結果としてエリートが過剰生産された事例といえば、日本の弁護士もそうかもしれない。オーストラリアや日本はウクライナ戦争支援国としては限定的な役割しか果たしていないが、欧米でも似たような問題があることを踏まえるなら、内部の不満を炎上させるような行動に対して政府が慎重になるのも分からなくはない。
 とはいえ西側に比べてロシアがマシなどというつもりはない。権威主義体制なら表面的な戦争支持の世論を作り上げるのは容易かもしれないが、それは戦争に反対する勢力を非合法化するなどの抑圧的手法に頼ったものであり、本当の支持がどのくらいかは不明だ。それに戦争そのものは支持している軍事ブロガーもその進め方に対しては結構批判的で、その点がよく西側でも報じられている。
 一方で彼らはまともに戦争を推し進める能力に欠如している様子がある。例えば西側に売ろうとしていた物資を東に向けるだけで彼らは相当な混乱に陥っているという。兵站関連でも見られることだが、彼らは組織をきちんと動かす力を持ち合わせていない、もしくは物理的にできないことを組織に押し付けているように見える。もちろんウクライナも西側の戦車供与に合わせて兵站上の問題に直面するのは確かだが、少なくともこれまでのところ彼らはロシアほど酷い兵站破綻に見舞われてはいない。
 どちらにも弱点があり、それゆえに半分腰の引けた戦争がほぼ1年にわたって続いている状態だ。今後の予想されているロシアの攻勢(これだけ事前に誰もが予想している状態だとそうそう成功しそうには思えない)が一段落したところで、この姿勢がどう変わるかには注目しておくべきなんだろうが、おそらくそう簡単には変わらない気がする。2年目に突入しても無駄に死者だけが増える戦争がしばらく続くのを覚悟しておいた方がよさそうだ。

 最後にウクライナ戦争とは直接関係しないが、格差に関する歴史の話で面白いのがあったので簡単に紹介を。Here’s what being filthy rich in Europe looked like in 1000 BC, 1 AD, and 1000 ADという記事で、題名の通り今からおよそ1000年、2000年、3000年前それぞれの大金持ちがどんな存在だったのかについて説明している。
 紀元前1000年の大金持ちの生活を再現するのは難しいが、彼らの墓地に埋められた副葬品には青銅器や陶磁器、東方から輸入された絹、銀などの貴金属があり、男性の場合や剣や槍の穂先といったものがある。家のサイズにも社会のサイズが大きくなるにつれて格差が現れており、鉄器時代に入ろうとしていた時期の富がどのようなものであったかが窺える。
 紀元1年のローマにおける金持ちを調べる際に使われたのはポンペイの遺跡。この時期の豊かなローマ人が住んだドムスは3000平方メートルのサイズを持ち、アトリウムや多数の寝室、召使たちのエリア、さらにはフレスコ画や彫像で飾られた庭などがあった。彼らの富の分かりやすい象徴は邸内に引かれた水で、時にはプールもあったという。この時期のローマでは人口の急増に伴ってエリートの影響力が増えたというTurchinの話も紹介されている。
 続いて紀元1000年の封建時代における金持ちたちは、いい食事や贅沢な城などを持ち、封建諸侯として軍事力を君主に提供する一方、農奴たちから労働力を手に入れていたという。このあたりの記述はいささか単純な気もするが、1000年単位で見ると金持ちといってもそこそこ違いが出てきている点はそれなりに興味深い。またこの記事では欧州に焦点を当てているが、場所が変わればまた富も違っていただろう。
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