スーパーMBT大戦

 先週はウクライナに対し相次いで西側からの主力戦車(MBT)提供が決定した。大きな話題になったのはドイツによるレオパルト2の供与(及び同戦車を保有する国によるウクライナへの供与承認)だが、それ以外に米国はエイブラムスの供与を表明したし、英国はそれ以前にチャレンジャー2を供与すると発表していた。「NATOの3大戦車」がウクライナ側に揃うことで、西側はさらに一歩踏み込んだ支援を進める格好だ。
 主に報じられていたのは、これまでひたすら腰が引けていたドイツがついにレオパルトの提供という本格支援に踏み切った点。こちらの報道ではSPDが伝統的にロシアとの外交を重視していた点が政権の足を引っ張ったとの見方を示し、加えて第二次大戦という負の歴史があるがゆえに「追い込まれた末の決断」という印象を持たれる方が好都合だとドイツが思っていた節があると指摘している。もちろん保身優先のこうした対応は欧州でのドイツの印象を悪化させるものであり、いつまでもそうした対応が許されるかどうかは不明だが、このあたりは日本も含めて難しい面もあるんだろう。
 逆にこの方向へと欧州の世論を引っ張っていったポーランドの反ロシア姿勢は、ある意味凄い。そりゃまあ歴史的に見れば第二次大戦時の独ソによるポーランド分割を含め、ポーランドから見たロシアは不倶戴天の敵とも言えそうな相手ではあるし、ソ連崩壊まではほとんど属国的立場にあったことを考えるなら恨み骨髄という感覚も分からなくはないが。それともかつてのポーランド=リトアニア時代以来のウクライナとの関係も影響しているのだろうか。
 西側主力戦車の提供については、ISWも1月24日の記事で言及している。彼らは以前、西側諸国の不十分な支援のせいでウクライナがロシア軍をバフムートに釘付けにしたメリットが生かせていないと指摘しており、またウクライナ側は反攻するうえで他の兵器の他に300両の主力戦車が必要だと述べていたという。主力戦車の供与が決まるまでに1年近く経過したあたり、西側諸国もロシアの実力を見定めながらじわじわ支援を増やしているのは間違いないが、逆に言えば戦車を投入してもそれが無駄にはならないと思う西側諸国が増えてきたという意味なんだろう。
 もちろん戦車を供与すればそれで勝負あった、というわけではない。Modern War InstituteではさっそくLeopards into the Fray: How will German Tanks Affect the Battlefield Balance in Ukraine?という記事をアップし、レオパルトをはじめとした西側主力戦車の供与がどういう意味を持つかについて言及している。
 最初にこれまでの経緯を記したうえでこの記事が触れているのはレオパルトとロシア戦車の比較。ロシア側は軍が保有する実働主力戦車(2400両弱)と1万両を超える保管戦車を持っているが、このうちOSINTで破壊が確認された車両を見るとウクライナでの損耗率はT-72が39%、T-80が64%、T-90が11%に達している。さらに保管戦車の数も含めて考えると、今後のロシアは今まで以上にT-72と、数は限られているが今のところ生存率が高いT-90に頼ることになるだろうと推測している。
 続いて記事中で書かれているのがレオパルトとこの2種類のロシア戦車との比較。重量はレオパルトが重く、有効射程距離はレオパルトが8000メートルに達するのに対し、ロシア側は3000~5000メートルだと見ている。搭乗人員はレオパルトが4人で、ロシア戦車は3人。また装甲について言うなら、レオパルトには爆発反応装甲を搭載したものもあるそうだが、それが供与される戦車に含まれているかどうかは分からないそうだ。
 以上のような比較を示したうえで、西側主力戦車が戦争に与える影響について4つの視点が重要だとこの記事は指摘している。まずは総数。「戦いは数」だと考えれば、当然ながらこれは重要な意味を持つ。ウクライナはロシアの戦車を多数鹵獲することで、今では戦争前の時点で持っていた戦車総数を超えていると見られるが、元々持っていたのがT-64中心だったために性能的にはそれほど高くはないだろう。
 これに対しドイツが他の同盟国の分も含めて送ると約束したのはレオパルト2個大隊分(80~112両)。これにエイブラムス31両、チャレンジャー14両が約束されているが、合わせてもこれだけだと100両を超えるのは確実とまでしか言えない。重要なのはこの後にどのくらいの増援が続くかであり、また同時にロシアが保管車両のうちどのくらいを増援として投入できるかも戦局に及ぼす影響を測るうえでは無視できない。現状既にウクライナに有利になっている損耗度が、双方の増援によってどう変わるかについては、それらを見ないと判断は難しいのだろう。
 西側戦車がいつ到着するかも重要だ。英国は3月末に、ドイツは第1弾として14両を送るといった話は出ているが、早ければ2月か3月にも想定されるロシア側の攻勢との見合いで、到着するタイミングによっては戦況に及ぼす影響が変わってくるだろう。加えて、到着タイミングもさることながらそれが実戦で使えるようになるのは訓練やメンテナンス、そして兵站の確立が必要であり、そうした準備を含めて主力戦車がその実力をきちんと発揮できる状態に持っていくのにどのくらいかかるかも大切。そこをおざなりにしたロシア戦車の惨状を見ても、いきなり最前線で西側戦車が活躍すると考えるのは難しいだろう。
 最後に問題となるのが使い方。西側戦車が優秀だとしても、それを最大限効果的に使うには兵士たちに叩きこまれたドクトリンや、部隊を統括する指揮官の能力などがモノを言う。湾岸戦争で米軍戦車が一方的にイラク軍を壊滅させたのも、そういった能力の差に大きな要因があった。ウクライナ軍はロシアと比べてかなり効果的な戦い方に通暁しているように見えるが、彼らが西側主力戦車の持つ効果を戦場で最大限発揮できるような使い方をするかどうかはまだ分からない。
 これまでのウクライナ戦争でロシア軍が一方的に損耗を積み上げていた理由には、そうした兵力の使い方やロシア側の兵站の問題、そしてその裏返しとしてのウクライナ軍の優秀さがあった。このパターンが続くなら西側戦車の投入は戦場のバランスを大きく変えるポテンシャルがある。だがそのためには予想される春の攻勢に間に合うように戦車が届き、またウクライナ支援国が戦車だけでなくその効果を最大限にするための訓練なり兵站なりメンテなりといった支援を続ける必要がある、というのがこの記事の結論だ。
 さらに日本語ではこちらの記事で「最強戦車トップ3」がどう使われるかという予想が語られている。主力戦車を中心とした重機甲部隊と、より高速で移動可能な軽機甲部隊を編成し、後者が偵察や即応に当たり、前者が突破や反攻といった役割を担うのではないか、という指摘だ。そしてこちらでも重要なのは数であり、また西側主力戦車を含む兵器をウクライナがどう使いこなすかが重要だとしている。ハード面でいえば量が、そしてソフト面でいえばカタログ性能もさることながらむしろ戦術や運用が、それぞれ大切だということなんだろう。
 それにしても西側主力戦車がずらりと並ぶ光景はなかなかの壮観になりそう。同時にこの「スーパーMBT大戦状態」整備士泣かせの悪夢でもあるわけで、現場の創意工夫もさることながらそれを支える銃後、というか経済力を含めたトータルの力が問われる。やはり現代戦は総力戦になりがちなようだ。

 一方で西側は装備だけでなく口も出している。こちらの記事によると、西側諸国は戦闘の焦点をバフムートから移し、南部での攻勢を優先させるよう求めているそうだ。戦略的重要性が低いバフムートで損失を積み上げるのはやめ、「機甲化した機動作戦による戦闘形態」に照準を合わせるべきだと主張。だがゼレンスキーがバフムートを放棄するという方針を固めるかどうかは不明だという。
 バフムートがウクライナにとってどんな意味を持っているかは、ISWのこちらの記事に記されている。ロシア側との消耗戦に付き合っているように見えるバフムート戦線だが、そこに力を入れることでロシア軍が他の場所に戦力を振り向けるのを妨げ、ウクライナが新たな防御施設を構築しなければならなくなる事態を避けた。また政治的に言えば、ロシア兵がウクライナ人を虐殺している現状、戦略的重要性が少ないという理由だけで特定の人口密集地を譲り渡すか否かは決められないとも指摘している。
 昨年初夏にウクライナがセベロドネツクとリシチャンシクでロシア側の消耗戦に付き合い、この町を奪うためにロシア側に多くの兵力を投入させた結果、それ以外の戦線でロシア軍の動きが止まったこともISWは記している。これらの町の奪い合いに力を取られた結果、ロシア軍は夏から秋にかけて他の戦線で攻勢が止まり、それどころか後にはウクライナの反撃に対してろくに抵抗できない場面すら出てきてしまった。現状も同じで、ウクライナの抵抗のおかげでロシアの兵力、装備、作戦全般がバフムートに効果的に集中させられ、他の地域での彼らの行動を阻害している、というのがISWの評価だ。
 もちろんバフムートのMeat Grinderにつき合った結果としてウクライナ側の損害も青天井で増えるような事態になれば、それは本末転倒だろう。あるいはロシア側がバフムートにウクライナ軍を引き付けたうえで他戦線で攻勢に出るような事態になれば、やはりバフムートへのこだわりは敗因となる。要するに評価はあくまで相対的なもの。これまでのところバフムートのバランスシートはウクライナ側に傾いているように見えるが、今後どうなるかは分からない。
 一方、ロシア内では戦況がヤバくなるにつれて情報空間の統制が厳しくなっているもよう。その中でこれまで悪目立ちしまくっていたプリゴジンの立場もヤバくなっているようで、こちらでは彼がガーキンとの間で好戦派の支持を巡って争っていると報じられているし、こちらではプーチンがワグナーを見捨ててゲラシモフやショイグといった正規軍に再び頼り始めたという話が紹介されている。プーチンは元々ロシア軍の戦力が尽きたところで暫定的にプリゴジンを使っただけにすぎず、戦力の再建が成し遂げられれば彼は用なし、ということだろうか。となると重要なのは、本当にロシア軍がそこまで再建されているかどうかだろう。
 とはいえくり返しになるが、中長期的にはロシアに明るい未来は見えない。FTも書いている通り、春からの攻勢でたとえウクライナを倒しても、その後で地獄のようなゲリラ戦が長く続く可能性があり、西側の制裁も終わりそうにない。勝ち筋が見えないせいで「同国エリートの一部はニヒリズムに走り、テレビ評論家は核戦争とアルマゲドンについて夢想している」。一方でロシア社会にはプーチンの戦争を止める力はないという指摘もあり、となるとまだ死体が積みあがる流れは収まらないのだろう。
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