没落する中間層

 Noah SmithがInequality might be going down nowというエントリーをアップしていた(邦訳はこちら)。最近はピケティがあまり話題にならなくなっているというのを話の枕に、彼の主張に対する学術的な議論がいろいろと進んでいることを紹介したうえで、中盤からはメインテーマである米国での格差縮小について触れている。規模は微々たるものだし、期間も割と足元に限られているが、拡大してきた格差が最近になって足踏みから縮小へと転じているのではないか、という指摘だ。
 株価が下がる時に格差が縮小するのは別に珍しくない。Smithも書いている通り、株を持っているのは金持ちが多いので、株価下落は金持ちの富を減らす。足元で起きているインフレと株価の不調を踏まえるなら、富の格差が縮小するのは当然とも言える。Smithの主張で面白いのはそこではなく、まだ株価が上昇を続けていた2010年代の半ばから実は格差拡大が止まっており、さらにここ最近縮小に転じているように見える点。Smithはこちらのサイトのデータを使っているが、ピケティらが運営しているWorld Inequality Databaseの米国のデータでも、確かに上位1%が富に占める割合のピークは2015年で、それ以降は伸びが止まっている。
 所得についても同じ傾向があるとSmithは述べている。ただしこの部分についてはちょっと注意が必要だ。まずSmithが紹介しているグラフはあくまで労働収入だけであり、資産収入も含めたトータルの所得ではない。トータルで見るとトップ1%の所得は足元でピークをさらに更新しているし、トップ10%もピークの水準を続けている。一方ミドル40%は1976年以降の最低水準にあり、ボトム50%はCovid-19によるどん底からは回復したもののやっと2010年の初頭水準に戻った程度だ。むしろ中間層の没落によって上位と下位の二極化が引き続き進んでいると解釈することもできる。
 Smithが取り上げている労働収入で見るとどうか。トップ4分の1で見れば確かに2010年代前半のピークから2%ポイントほど低下しているが、トップ10%はピークが1年ほど前で足元でも0.5%ポイントほどしか下がっていないし、トップ1%になると足元がほぼピークだ。Smithは他のデータも参照しながら自説の補強を図っているが、例えば彼が別途紹介したこちらのツイートには、リツイートとして長期的に見れば圧倒的に格差は大きい水準にあるし、単にミドルクラスが上位から引き離されているだけという反論がなされている。

 とはいえSmithの言い分を全面否定するつもりはない。個人的に所得ボトムの層が賃金を伸ばしている面はあるんじゃなかろうかと思っているし、その背景にSmithが指摘する「高い教育を受けた労働者の育成に関心を集中させた経済は,そのうち,肉体労働者の方をもっと必要とするようになって,そうした肉体労働者たちの賃金が上がる」というメカニズムに対しても異論はない。グローバル経済が逆回転を始めれば金融資産を通じた投資のリターンが減ることもあり得るだろうし、そうでなくても科学の停滞で経済成長の余力は先進国ではなくなりつつあるというのが個人的な意見。大して成長しない分野に人々が殺到すれば、そりゃリターンは減る。逆に人々が逃げ出している肉体労働分野で労働需給がタイトになるのも当然だろう。
 むしろTurchinらのSecular Cyclesが正しいのなら、こうなることは想定の範囲とすら言える。スタグフレーション局面では増加が続いていた大衆人口は危機局面に入ると減り始め、その分野での労働需給は締まる。一方でエリートの数は多く、エリート内での格差拡大やエリートの窮乏化が進むというのがTurchinの見方だ(Table 1.1)。もっとわかりやすく示しているのがこちらで紹介した論文。彼のモデルを見ると分かるが、労働者の相対賃金が上がっても(格差が縮小しても)目先のエリート過剰や政治ストレス指数の上昇を止めることはできない。格差縮小はあくまで長期的にそうしたトラブルを減らす効果を持っているだけだ。
 それを裏付けるデータが、A Revealing New Look Into the January 6 Insurrectionistsという記事に載っている。米国会議事堂襲撃に参加した者たちの所得を郵便番号から推計したという分析で、住所から所得が読み取れてしまうあたりはまさにパットナムの指摘する通り米国の分断を示すものと言えるんだろう。
 記事の筆者は逮捕された933人のデータを調べ、彼らが貧しくも金持ちでもないと指摘している。個人所得は全米平均が3万8929ドルに対し逮捕された者たちの推計は3万5625ドルと僅かに低いが、例えば2万ドル以下と推定された者は36人しかおらず、ランダムに全米から選ばれた場合の期待値(230人)よりは明らかに少ない。ただしこちらの数字については、貧しい人はワシントンまで足を運ぶだけの余裕がなかったのではないかとも書かれている。一方金持ちの方でもその割合は低く、15万ドル以上と推計される逮捕者が18人しかいなかったのに対し、その期待値は165人に達している。
 逮捕者の比率が全米平均に比べて圧倒的に多かったのは3万5000ドルから10万ドルまでの中間層。期待値に比べて逮捕者の方が41%も多かったそうだ。逆に貧しい方は20%、金持ちの方は21%も期待値より少なく、逮捕者たちが全米の中でも特定の階層に多く存在していたことが分かる。記事では工業化経済が知識経済にシフトする過程で生じる不安が右派ポピュリスト運動を動かしていると指摘。ハイテク・デジタル革命で中産階級が空洞化したことが要因であり、40年にわたる中産階級への打撃を覆せる経済政策こそが必要だと最後に記している。問題は上位と下位のシェアではなく、その中間にいる者たちが下へと押しやられている点にある、という話だろう。
 そしてこの問題は肉体労働の復活や下位50%のシェア拡大によっては解決しない。不満を抱いているのは中間層40%だからだ。彼らの所得は2010年代に入っても右肩下がりを続けており、結果としてこの層がポピュリスト運動を推進するための人材供給源になっている可能性がある。いやそれどころか彼らの所得は下位50%に迫られている状況とも言えるわけで、そうした切迫感が例えば移民に対する敵意を生み出しているのではなかろうか。Smithは「民主主義的な資本主義体制の根底に自己修正式の安定性が備わっている」との期待感を述べているが、正直そこまで楽観できるようなデータには見えない。

 というわけで個人的には現時点での格差縮小が事実だとしても、それがトラブルを減らす要因になるとは考えていない。というかむしろ2010年代半ば以降の格差拡大が止まった時期は、同時に米国ではトランプの当選に代表される「不和の時代」の始まりを告げる号砲だったとすら思っている。エリート志望者が増え続けている一方でこれ以上エリートの取り分を増やせなくなったことが米国内でのトラブルを引き起こした要因だとするなら、格差縮小はむしろ一段とエリートを絶望的にさせ、彼らが対抗エリートとして暴れ回る可能性を高めるだけではなかろうか。さらにワシントンまでの飛行機代くらいは払える「没落する中間層」の怒りも社会的政治的不安定性の要因に加わっているのだから、事態は決して楽観視できない。
 私はSmithよりもScheidelの見解、つまり本気で格差を減らせるのは経済に内在する安定化機構ではなく暴力だ、という見方の方に説得力を感じる。その見方を覆す条件があるとしたら、暴力なしでも人口圧力を減らせるケースくらいではなかろうか。Goldstoneが述べているように政治ストレス指数が増える根底に経済成長を上回る人口成長があるのだとしたら、自然に人口圧力が減る社会であれば暴力に訴えなくても「不和の時代」は訪れない、という理屈も成立するだろう。
 だが足元ではこの理屈を私は信用できない。人口が減っている国がどうみても採算の取れない戦争に邁進しているからだ。エリート内紛争で視野が狭くなった権力者に、人口減による政治ストレスの低下をのんびりと待つような忍耐力を期待するのが間違いなんだろう。そもそも世界的な人口減は国連の中位推計だと80年近く先、早めの予想でもやっと今世紀半ばにならないと訪れないわけで、現役世代にとっては自分の人生がほとんど決着した後になる。自分たちは我慢して後の世代が恵まれるのを心穏やかに待つことができるような聖人君子は、そもそもダーウィン的アルゴリズムの中で生き延びてはいるまい。Smithの「そうだったらいいな」という言葉には同意するが、期待と予想は別物と思っておいた方がいい。
 それでも今後は人口が減る社会で暴力と格差の関係がどう変わっていくかについては考えてもいいのかもしれない。そもそも飢饉や疫病などの外的要因があるわけでもないのに人口が減る社会というもの自体が過去にほとんどなかったわけで、そういう社会で格差や政治社会的不安定性がどういうメカニズムで動くのかは正直想像つかない。それも含めて未来を予想するのはやはり難しいのだろう。
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