続・台湾War Game

 ウクライナ戦争ではロシアがソレダルを制圧したと発表した。この町はずっと戦闘が続いているバフムートの北東数キロのところにあり、有名な塩鉱山があるそうだが、ウクライナ側はまだ戦闘が続いていると主張している。ISWによると町の北西部のいくらかをいまだウクライナ軍が占領している可能性もあるようだ。前にも書いたが、安易に嘘をつきまくった結果としてロシアの言うことがあまり信用されていないのかもしれない。あるいは孫子曰く「兵者詭道也」か。
 面白いのはロシアとウクライナの間だけでなく、ロシア内で意見が酷く食い違っている点だ。ソレダルを巡る争いについてはワグナーが自分たちだけで行っていると主張しているのに対し、ロシア国防省はロシア軍が加わっていると明言している。ISWも、国防省の発言に対してロシアの情報空間で批判の声が出ていたと指摘しており、両者の対立が激化しているのではとの推測も出てきている。
 さらにISWは、プーチンが自分に忠実な軍事ブロガーを掘り起こしている可能性についても指摘している。13日にもクレムリン関係者が何人かの軍事ブロガーと接触していたそうで、プーチンはこうした面々を使ってワグナーのプリゴジンが行っている情報空間での宣伝に対抗しようとしているとの見立てだ。前々から指摘しているロシアのエリート内紛争は収まるどころか一段と激化しているかもしれないわけで、大きな進展のないまま戦争が長引けばこうした対立はさらに激しくなるだろう。
 なおソレダルに関してロシア側が使っている言い回しの中に大釜cauldronというものがある。国内だとロシアのプロパガンダを盲信している陰謀論者くらいしか使っていないので、ウクライナ戦争絡みでこの文言を見かけたらその言い分は信用しない方がいいと思われるが、おそらく元ネタはドイツ語のHexenkessel、所謂「魔女の大釜」だろう。大混乱とかそういった意味の言葉だそうだが、軍事用語としては有名なのがコーネリアス・ライアンの「遠すぎた橋」で使われた事例だ。
 マーケット・ガーデン作戦を描いたこの本の中で、ドイツ軍によってライン北岸のオーステルベーク周辺に閉じ込められた連合軍の苦境を描いた章の題名が、この「魔女の大釜」Der Hexenkesselだった。そこからの類推でロシアは敵を包囲していることを示す用語としてこの大釜という言葉をやたらと使いたがるのかもしれない。もちろんISWが指摘するようにソレダルを落としたからといってそれが包囲の成功につながるかどうかは不明だし、もっとはっきり言うならバフムートの狭いエリアを包囲したところで戦況全体が大きく傾くとは思い難い。開戦以降、ロシアの包囲作戦がどんどん規模と縮小しているのは前にも指摘した通りで、大釜どころか小さじ1杯レベルと化しているのが現状だろう。
 一方で暖冬に出鼻をくじかれたためか、冬場に戦闘が激化するという予想は現時点では外れている。今やウクライナの関係者ですら両軍の戦闘は春以降に激化すると見ており、昨年秋にハルキウとヘルソンで勢いがついたかに見られるウクライナの攻勢がいったん止まったように見えるのは間違いない。もちろんロシア軍がその後も無駄に死者を積み上げているらしいことも踏まえれば、足元の停滞が一方的にウクライナにとってマイナスとは言い切れないが、最終的な戦争結果がどうなるかはまだ見えてきていないのが実情だろう。正直、ロシアの経済が完全な破綻に至るまでは戦争が続くことも考えられる。

 そんな中、最近国内で注目を集めていたのは、ウクライナよりもむしろ台湾。米のシンクタンクCSISがまとめたシミュレーション結果が発表され、その内容が色々と報じられていた。中でも日本で関心が持たれていたのは、こちらの記事の見出しにもあるように中国が台湾制圧に失敗する一方、日米もかなりの損失を受けるという部分。CNNの記事だと日本は見出しには出てこないが、やはり中国の失敗と西側の損害が大きく取り上げられている。
 中身に踏み込んだ記事としてはこちらが割と詳しい。それによると、設定の異なる24のウォーゲームを3350万回以上繰り返した結果、以下の条件を満たせば台湾制圧を阻止できるという。まず台湾軍が戦線を維持すること、ウクライナとは違って西側が直接介入すること、日本が協力すること、そして米軍が遠距離から中国艦隊を「迅速かつ大量に」攻撃できること。逆に言うならこれらの条件が満たされなければシミュレーション結果とは異なり中国が台湾を制圧する可能性もあるのだろう。
 記事の最後には基本となる設定と、悲観的及び楽観的な設定において、両軍がそれぞれどのくらいの損失を被るかが表にまとめられている。航空機については日米両国と中国もほぼ3桁の航空機を失う一方、艦船については中国が3桁の損耗と見られている。航空機の損失は日米については中国のミサイル攻撃で地上破壊されると見られており、一方中国の艦船については日米台が兵員輸送にあたるこれらの艦船を集中的に攻撃する結果としてこうなると見られている。
 この予想通りになると、西側は勝利はするが損害が大きい「ピュロスの勝利」になるリスクがある。それを避けるための条件も書かれており、その中には大きな死傷者が出ても作戦を継続すべきこと、台湾は破壊されやすい高価な艦船や航空機以外を揃えること、地上で破壊される航空機の数を減らすこと、リスクの高い前方配備をやめること、海上戦力は生存性の高いものに切り替え、潜水艦を増やすこと、極超音速兵器はニッチにすぎないので他の兵器も揃えること、戦闘機より爆撃機を優先すべきこと、戦闘機でも非ステルスの安価なものも準備することなど、などがあるそうだ。一見して優秀だが数の少ない兵器より量を揃える必要性が説かれているわけで、要するに「戦いは数だよ兄貴」ってことなんだろう。こちらでも書いた通り、未来の戦争に備えた軍隊は予算には優しいが、現実の戦争では決して使い物になる保証はないってことか。
 SNSの反応は色々。たとえば日和らなければ負けないという人がいるが、それは裏返せば日米台が多くの犠牲を払って抵抗する場合にのみ、台湾侵攻を失敗させることができるという意味でもある。こちらの記事では特に艦船攻撃に使われる亜音速長距離対艦ミサイルLRASMに焦点を当ててこのシミュレーションについて紹介しており、これもまた参考になるだろう。中には「飽和攻撃」という言葉もあり、やはり数が重要だと見られているようだ。
 もちろんシミュレーション自体を盲信するのもそれはそれで問題。こちらでは中国が長期にわたって軍事活動を続ける場合のリスクがあまり考えられていないのではとしているし、核抑止についてきちんと米国が提供しなければ日本が台湾を支援できなくなる可能性があるとの指摘も存在する。こちらのまとめで真っ先に紹介されているツイートでも、軍事面だけしか見ていないので他の条件についてはさらに考える必要があると指摘している。
 それにしても興味深いのは、台湾を巡るウォーゲームはこれが初めてではないのに、国内でここまで注目を集めたのはかつてなかったこと。実はCSISのシミュレーション自体、昨年8月に一度報道されているし、当時もこの件に言及していた人はいた。もちろん結果自体が色々とインパクトのあるものだったことも理由なんだろうが、それよりもむしろタイミングが重要だったんじゃないかと思う。
 何よりも日本国内で軍備拡大に向けた動きが進んでいるのが、この件が注目を集めた要因だろう。こちらで記事が紹介されている「防衛3文書」が発表されたのは昨年12月だし、日英間の連携強化や、日米首脳会談における反撃能力を巡る協力強化など、年明け以降にも新たな動きが出てきている。戦争に備えなければならないという政府の危機感を窺わせる事態が相次いだ結果として、以前はそれほど切迫感を持って見られていなかったウォーゲームへの関心が高まったのだろう。日本は必要に迫られた結果として、もはや平和主義的国家ではなくなりつつあるのかもしれない。
 なお今回のシミュレーションで一番注意すべきなのは、それが外れる可能性があること。前に紹介したがCSISはウクライナがゲリラ戦へ移行すると予想していたわけで、台湾についても同様に予想と異なる結果が出てきても不思議はない。

 最後にシュールな大喜利を。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント