プロパガンダ

 ウクライナではプーチンが一方的な停戦命令を出したがウクライナ側は一蹴し、そして案の定、ロシア軍は停戦の時間になっても攻撃を続けたもよう。まあロシアの停戦なんて信じている人間は地球上に誰もいなかった(陰謀論者除く)のだろう。そもそも一方的に侵略している側が停戦を口にしてもそれは視点ずらしにすぎないわけで、むしろロシアの言うことは信用できないという国際的な認識がより強まるだけ。前にも書いたがロシアは信頼という希少資源をとにかく粗略に扱うのが大好きなようで、それで複雑な社会を維持できると考えているあたりが理解不能だ。
 もちろん彼らは相変わらず自軍の兵士も粗略に扱っている。年初にウクライナ東部で弾薬保管庫の隣に駐屯していたロシア軍に大量の死傷者(ウクライナによると死者400人、負傷者300人)が出たほか、南部でも500人が死傷したと言われている。こちらのツイートで紹介されている画像を見ると建物がほぼ消え去っているようで、HIMARsの攻撃で弾薬庫と一緒に吹っ飛んだのだろう。原因は兵士による携帯電話の使用とロシアは発表したようだが、実際は弾薬庫の隣に多くの動員兵を集めている時点で単純な指揮統制の失敗というのが適切だろう。
 そもそも兵士の携帯使用を原因としていることについては、ロシアの軍事ブロガーにすら批判を浴びている。ロシア国防省が自分たちのミスを兵士に押し付けようとしていることに対して怒り狂っているブロガーがいるそうで、軍指導部が前線での現実を理解しておらず、指揮の失敗を他人に転嫁している、という批判だ。ロシア国内でのこの非難合戦は西側でも報じられている。ナショナリスティックなロシア軍事ブロガーの戦争支持姿勢に同意するつもりはないが、この件に関してはご説ごもっともという他ない。ロシア軍はこの批判に対し、反撃によってウクライナ兵600人を殺したと主張しているが、現地を訪れたジャーナリストは何の被害も見当たらないと報告している。要するに嘘だ。
 こちらのツイートで紹介されている話がもし事実なら、今回の戦争で最もまともに軍隊らしい動きをしているのはロシア軍ではなく、ワグナーグループでもなく、外様のPMCということになる。PMCの中にはそういう明確に傭兵として戦っている連中もいるようだが、それを除くとそもそも「普通の軍隊」のレベルにも到達していない軍隊でロシアは戦争しているわけで、開戦当初から繰り返している通り本当に銀英伝並みのフィクションとしか思えない出来事がいまだに続ているようだ。
 ロシア軍の中で最も真面目に仕事をしているのは、外様PMCを除くとおそらくミサイルやその代替品として使われている自爆ドローンといった機械だけだろうが、インフラ破壊にもたらすそれらの効果も下がっているようだ。ISWによれば年末年始に2晩連続で行われた攻撃は完全に迎撃されたそうで、既に在庫が尽きつつあるということはこちらの方でも戦果は減る一方かもしれない。そもそも都市への攻撃は、ウクライナの歴史学者の話について紹介したこちらの一連のツイートの最後にもある通り、「成功例がない」嫌がらせ攻撃にしかならない。
 イラン製ドローンも底を尽きつつあるという話も出てきている。いやまあそもそもイランや北朝鮮に弾薬やドローンを頼っている時点で、戦争の進め方としてはかなりダメな部類に突入しているのだが。ロシアは年30万発の砲弾を生産・改修していたが、今回の戦争では2~3日で10万発を撃ち出すことも多いそうで、戦争を続けるには年間数百万発の生産力が必要だという。もちろんそれが現実的に可能かどうかはまた別問題。戦時中の日本のように「勤労動員」でもかけるのだろうか。不良品率が上がるだけだと思うが。
 そんな状態で一番の激戦地であるバフムートでは、ロシア軍が進めなくなっていることをワグナーのプリゴジンですら言及するようになっている。そちらでは二進も三進も行かなくなったせいか、今度はバフムートの北のソルダールで前進を図っているようだが、ここを奪ったとしても面積的には千代田区くらいだそうで、問題なのはむしろそれからどうするかのはず。それに、そもそもまだソルダールを落としたわけでもなく、結果こんな大喜利も出てきている。
 こうした手段を目的と取り違えたまま延々と被害を積み上げているようにしか見えないロシア軍の行状は真面目に考えても理屈がつけられず、頭を抱えるしかない状態。ウクライナ側の推計でも1日にロシア兵800人もの死者を数えることがあったようで、10ヶ月も経つというのにまったく学んでいる様子がないあたりは、もはや異常という他にないだろう。そりゃロシア軍事ブロガーでなくてもブチ切れるのが当然。情報の流れが速まりPDCAサイクルを高速で回すことが可能な現代社会において、この鈍さは天然記念物並みではなかろうか。
 ロシア軍の支離滅裂ぶりを簡単にまとめているのがこちらのツイート。インフラ破壊にミサイルを回したせいで前線では歩兵が使い捨てにされ、部隊はまともに編成を組めず、戦車や装甲車、大砲などの消耗が続けばそのうち歩兵しか残らなくなるリスクもある。しかもその歩兵用の装備も足りない。戦車は保管車両を動員するという話もあるが、現役トラックのタイヤすらろくにメンテできない軍隊に、何種類もの戦車をきちんと整備して動かす能力があるだろうか
 結局ロシアがやっているのは景気づけのプロパガンダだけであり、それもやりすぎてもはやほとんど信用されていないのは冒頭に記した通り。OSINTの中にはそのプロパガンダについて細かくおかしなところを指摘している例もあり、今やロシア政府は「嘘しかつかない」と思っておいた方が安全なくらいだ。ウクライナ側が、その効果については諸説あるとはいえ、新しい間接照準射撃を使いこなしているのと比べ、あまりにやっていることが低レベルすぎる。
 指導部が信じられないほど無能としか思えないようなこの行動について、ISWは「苦情と報復がもたらす負のフィードバック」が原因の一端だと指摘している。クリミア大橋が破壊された時と同じだが、ロシア軍の失態→軍事ブロガーが報復を要求→ロシア軍が報復と称した攻撃を行う、という流れが加速しているそうだ。非合理的なネット世論に媚びを売るために軍事的には無駄にしかならない行為をしているわけで、しかも足元では上にも述べたように嘘の報復をしたと主張するところまで落ちぶれている。
 それにしても改めてロシアがここまで酷く、ウクライナがここまで踏ん張るとは、事前段階では誰も予想できていなかったもよう。こちらのツイートでは開戦前に書かれた「大国間競争時代のロシア」に書かれた内容が簡単に紹介されているが、そこで紹介されている開戦前の想定は全部外れてしまったそうだ。基本的にはNATOの支援があってもウクライナ軍はロシアとの正面からの交戦は放棄し、ゲリラ戦へ移行するというのがコンセンサスだったようで、こんな展開は誰も思ってもみなかったんだろう。まあプーチンが参謀本部を無視して侵攻計画を決めた点についても予想できた人間はいないと思うが。
 で、本来なら泥濘を利用して部隊を休息させ、軍の立て直しをしなければならないはずのロシアが勝手に損害を積み上げている一方、ウクライナが春に大規模反攻を計画しているという話が出てきた。今のロシア軍を見ていると、ウクライナがストレートに反攻に出ても食い止められないような気すらしてくる。もちろんそこまで相手を舐めてかかるのは拙いだろうし、そもそもこれまで敵の裏をうまくかいてきたウクライナが宣言通りの反攻をするかどうかも明確ではない。まだ戦争が続くのは間違いないとして、その過程で何が起きるかについては引き続き注意深く見守る必要があるのはおそらく確かだ。
 そしてより長期的な問題、具体的には旧ソ連の民族紛争が長い目て見てどうなるかだが、こちらのツイートが述べている通り、紛争抑制にはどこかが『帝国』盟主にならねばならないのだろう。だがこの戦争が終わった後にロシアにその能力が残っているかどうかは不明だし、ウクライナにそんな力があるとも思えない。今回の戦争はその最初の炎かもしれないが、これで終わる保証はないだろう。ユーラシア中核はこれから長く紛争の絶えない地域になっていくのかもしれない。

 そう考えると旧ソ連諸国の動静は中国による台湾侵攻の確率にも影響を及ぼすかもしれない。こちらのシンクタンクがまとめている2023年10大リスクの中で台湾危機が「リスクもどき」とされている点が報じられていたが、2023年はその通りでも懸念されているのは数年先との指摘もある。ただその「数年先」の時点で旧ソ連内部の民族紛争が各地で火を噴くようになってきた場合、国境の向こうが大火事になっている中国に台湾へ手を出している余裕が残されているかどうかは気にしてもよさそうだ。いずれにせよ現時点では先行きは読めない。
 目先で懸念が乏しいからといって安心もできない。西側にも不安定要因はある。ブラジルでは前大統領支持者が政府施設を襲撃するという、米議事堂襲撃の二番煎じのような事件が起きた。こちらも典型的ポピュリストの前大統領が選挙結果を認めず、その支持者が暴力に訴えるという意味で米国と似た展開。西側陣営に占めるブラジルの地位は大したことはないが、それでも油断できる状況ではないんだろう。にしてもかつて経済成長をもてはやされたBRICsの凋落ぶりもまた見事なものだ。
 もちろん、米共和党も今や西側陣営にとっては不安定要因と化している。下院では超保守派の抵抗で議長投票が15回も行われたそうで、その過程で共和党主流派は保守派にかなり譲歩を強いられたという。しかもその過程でトランプの存在感が増したとの指摘もあり、2年前の議事堂襲撃の際に現場にいた警官も「この国は相変わらず政治的な暴力の大きなリスクに直面している」と警告を発している。
 Noah Smithは最近になって米国の情勢はかなり安定してきたと述べ、その理由として中間選挙とその後の情勢を掲げている。確かに思ったほどトランプの勢いが伸びていないのは確認できたが、だからと言って彼の存在に象徴されるような「不和の時代」が完全に消えてなくなったとも言い難い。そして米国が揺らぐようなことがあれば不安定化が進むユーラシア中核のトラブルがその周辺地域(含む日本)まで波及するリスクがそれだけ高まると考えられる。まだまだ厄介な時代が続くリスクは心にとどめておいた方がいいんだろう。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント