候補は3つ。1つは気候で、要するに気候条件に恵まれ食糧が容易に手に入りやすい地域ほど、言語の多様化が進むという考えだ。
Fig. 1に載っている世界地図を見ても、言語の多様性は赤道付近で高く、緯度が上がるほど低下する傾向があるのが分かるだろう。緯度が低いほど食糧が恒常的に手に入りやすくなり、少し離れた地域と関係を作って食糧を広範囲から調達する必要性がなくなる。狭い範囲で食糧調達が済むため、狭い範囲のみで通用する言語が発生しやすい、といった理屈だろう。
2つ目の論拠は地理的な孤立だ。
種の分化に際しても地理的な分断が大きな要因になっているが、同じ理屈が言語の分化にも通用するという理論である。そして3つ目が生物多様性と言語多様性との関係だ。その地域独自の生物相についての知識を蓄えた人々が、独自の言語体系を発達させる可能性があるといった考えが成り立つなら、生物多様性が言語の多様性をもたらすことになる。
この論文ではそれぞれの仮説について、データを活用し実際の言語多様性との相関を調べている。まずは気候との関係を記している
Table 1だが、年平均気温、年平均降水量、気温の季節性、降水量の季節性など6つの指標との関係を見ている。特に関係が高かったのは気温や降水量の季節性で、理論から想定される平均生育シーズンよりも言語の多様性と強い相関を示したそうだ。ただ平均生育シーズンも多様性との相関は大きく(
Table 2)、狭い範囲で食糧を調達しやすい地域では言語が多様化するという理論を裏付ける結果にはなっている。
それに対し、2つ目の理論である地理的な孤立に関するデータとの相関は、あまり芳しい結果はもたらさなかったようだ。調べたのは平均標高、地勢の険しさ、河川密度など4つの指標(
Table 3)。このうち最も関係がありそうなのは河川の密度だが、実は河川密度と話者の平均的な人口との間にはあまり関係がなく、河川によって人口が小さな単位に分断されたために言語の多様化が進んだようには見えなかったという。実際には河川は障害物としてよりも環境的な資源の一種として機能したのではないか、つまり気候と似たような経路で言語多様性をもたらしているのではないか、というのが論文の考察だ。
最後に3つ目の理論である生物多様性。ここでは植物、両生類、哺乳類、鳥類という4つの多様性指標と言語とが比較されており(
Table 4)、植物と両生類はあまり相関が高くないのに対し、哺乳類と鳥類では相関が高く出たそうだ。気候の違いに加えて哺乳類や鳥類の生物多様性(
Fig. 2)も言語多様性を説明する要因になりそうにも見えるが、実は多様性の低い地域を除くとそうした相関は薄れるそうで、データとしては気候がもたらすものほどの説得力はなさそうだ。
さらに、これらのデータを組み合わせて回帰分析を行ったところ、一部地域ではこれらの要因で説明できないほど言語多様性が高く、逆に一部では低くなったそうだ(
Fig. 3)。後者の代表例はアマゾンだが、これはアマゾン地域の言語についてのデータが不十分なため、実際に比べてこの地域の言語多様性が低く評価されている可能性があるという。
それに比べて説明が難しいのは多様性が高いニューギニア、東ヒマラヤ、西アフリカ、メソアメリカ地域。アマゾンと異なり、言語多様性が過剰にデータ化されている可能性は低い。考えられる理屈としては、これらの地域で言語の多様化が始まった時期が古かった(時間をかけた分だけ多様化が進んだ)か、あるいは多様化の速度が速かった場合が考えられる。これらを調べるうえでは世界各地の言語がどのように分岐してきたかをデータとして投入する方法があるが、残念ながらこの分野は百家争鳴で答えが出ていない状態であり、そこまで踏み込んでの調査は難しいそうだ。
とはいえ、気候が人間の行動範囲を変え、それが言語にまで影響を及ぼすという考えはなかなか興味深い。地方で仕事をしていた時によく言われたのが、天候に恵まれた地域の人は割と自己中心的なのに対し、そうでない地域では非常に細かい気遣いをする人が多いという話だ。前に記した
穀物と社会的な階層との関係、あるいは稲作はコムギより集団的な社会を作るといった説など、環境とそれに対する人間の反応については色々な影響を想定する声がある。
こういった話がどこまで本当かは分からないが、気候条件がヒトの行動を変え、それが人々の性格や言語にまで変化を及ぼすのだとしたら、歴史に対する環境の影響はかなり多様で複雑だと考えておく必要があるだろう。もちろん環境だけですべてが説明できるわけではないだろうけど、かといって環境を完全に無視するのも適当だとは思えない。そんなことを考えたくなる論文だった。
とはいえ上記のような研究をするためにはデータを揃える必要があり、それには手間がかかる。
Seshatもデータを整えてからそれを使った研究に至るまでには結構時間を要しており、研究だけでなくデータベース作成も大切な作業であることが分かる。そうした取り組みの1つとして、
Turchinも言及していた放射性炭素年代測定関連のデータベースを紹介しておこう。
もちろん話はそう簡単に行くわけがない。放射性炭素年代測定を使った研究の中には、例えば
こちらで触れたような使い方に問題のある研究も存在する。内容をよく把握していないものについて、見境なくデータベースに入れてしまうと、データベースそのものの価値が下がってしまうかもしれないのだ。実際、このプロジェクトに取り組んでいるチームは地域ごとにどのような使い方をすべきか言及しているし、その中には東南アジアや南アジアのように、地域に詳しい研究者がチーム内にいないためデータの取り扱いそのものを控えている場所もある。
データ数のばらつきも大きい。
Table 4を見ると欧州や北米(大半は合衆国)が非常に多くのデータを抱えているのに対し、メソアメリカ地域のある中央アメリカはとても数が少ないし、人口密度の高いアジア、ヒトの歴史という点では最も古い地域であるアフリカも、欧米に比べれば桁1つ少ないデータしかない。数の多い米国や欧州でも地域格差はあり、均等に充実したデータが得られるわけではない。
もちろんこのデータベースはまだ発展途上なのだろうし、時間を追うにつれて内容はおそらく充実していくだろう。考古学絡みだけではなく、Seshatのような歴史学関連、あるいは人類学関連など、歴史に関係するデータベースは色々なところで構築されている。考古学でも例えばTurchinは他に
ArchaeoGlobeというデータベースを紹介している。信頼できるデータベースが増えれば増えるほど、その活用とそこからの新たな知見の取得は増えるだろう。楽しみな時代だ。
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