突撃……してはならない

「今だ! スコッツ・グレイ! 今だ!」
Napoleon!"http://kodaman-empire.kir.jp/Napoleon/nh.html" Waterloo Screenplay Scene 38

 映画ワーテルローにおけるスコッツ・グレイの突撃は、葦毛の馬をあれだけ集めたという事実も含めて実に華々しい場面である。ただ、誰に向かって突撃しているのかがさっぱり分からないところが「玉に瑕」ではあるが。
 おそらく監督は"Scotland Forever"と題されたこの絵"http://www.lastsquare.com/PrintCatalog/CranstonPix/Cscotlandforever.jpg"をフィルムで再現したかったのだろう。わざわざスロー映像まで流したのだから力の入り具合は相当なものだが、実はこの場面も史実とは異なる。何が異なるかというと、ポンソンビーがスコッツ・グレイに突撃を命じるシーンからして間違いだったりする。

 そもそもスコッツ・グレイこと第2竜騎兵連隊はポンソンビー率いる第2騎兵旅団(Union Brigade)を構成する部隊の一つにすぎない。同旅団には他に第1竜騎兵連隊(ロイヤル)と第6竜騎兵連隊(イニスキリング)が所属しており、ポンソンビーはその全体を指揮していたのである。別にスコッツ・グレイだけを指揮していたのではない。
 さらに実際に突撃を命じられたのはロイヤルとイニスキリングの方であり、スコッツ・グレイは後方から味方部隊を支援するはずだったという証言が、実は多数ある。Siborneの集めた連合軍将兵の証言集を見ると、複数の関係者がそのように述べているのである(以下はH. T. Siborneの"Waterloo Letters"とGareth Gloverの"Letters from the Battle of Waterloo"から引用)。

「アングルシー侯[アクスブリッジ]が全力でやって来て、ロイヤルとイニスキリングに横隊を組ませて彼らに突撃を命じ、[スコッツ・]グレイは支援のため第二線を形成した」
(ロイヤルのClark Kennedy大尉)

「もしグレイが支援に回らなかったのだとしたら――そうしなかったことは今やほぼ確実に見えるが――彼らはそうするべきだった。フィップス大佐はアングルシー侯が旅団に横隊を組むよう命じた時に傍におり、彼がはっきりと『ロイヤルとイニスキリングが突撃し、グレイはそれを支援せよ』と述べたのを聞いている」
(同上)

「デルロン伯の歩兵軍団に突撃した時、グレイは支援に回り他の2個連隊の後方にいた」
(ロイヤルのPhipps大尉)

「そしてグレイは第二線に移動し、フランス歩兵の縦隊に対する突撃の際にグレイは支援に回った」
(イニスキリングのMuter中佐)

「我々が18日に布陣した時、ロイヤルが右翼に、イニスキリングが左翼につき、グレイは予備となって、その陣形のまま我々は突撃した」
(イニスキリングのMiller少佐)

 ポンソンビーがスコッツ・グレイの先頭にいる、という映画の描写もどうやら怪しい。

「ウィリアム・ポンソンビー卿はイニスキリングの先頭にいた」
(Clark Kennedy大尉)

 つまり映画のポンソンビーは、いるはずのない場所(スコッツ・グレイの先頭)にいて、出したはずのない命令(今だ! スコッツ・グレイ!)を出していることになる。画面上の華々しさを優先し、史実は無視したということだ。もちろん映画はフィクションなので史実を無視しても一向に構わない。見る側が注意しておけば済む話である。

 それにしても、後方で支援を命じられたはずのスコッツ・グレイがなぜあの突撃に参加し、結果的に最大の損害を蒙ったのだろうか。スコッツ・グレイの関係者は、突撃前にスコッツ・グレイが砲弾を避けるために移動した時点で彼らはロイヤルとイニスキリングの後方ではなく彼らの左翼の並んだ位置に布陣することになったと指摘している。

「そして突撃の命令が下り、我々は支援部隊としてではなく真っ直ぐに前進した」
(スコッツ・グレイの喇叭手Crawford)

 突撃前に後方から最前列まで出たのをいいことにそのまま突撃に参加した、というのが実情のようだ。Barberoなどはスコッツ・グレイの指揮官であったHamilton中佐が自らの判断で突撃したのではないかと推測しているが、Hamiltonはこの突撃で戦死してしまったため本当のところは分からない。
 非常に効果的ではあったものの一方で損害も多かった英軍騎兵の突撃に関しては、予備部隊を残さずに突撃したのが問題だったと指摘する声は多い。スコッツ・グレイの突撃は、華やかに描かれているものの、実際のところはとんでもない失敗行動だったのかもしれない。

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コメント

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RAPTORNIS
ブログでは初めまして。RAPTORNISです。 ワーテルロー会戦で一番興味があるのがポンソンビーの突撃と戦死なのですが、映画「ワーテルロー」ではポンソンビーの父親もフランス槍騎兵にやられた、という台詞があります。父親はどこの戦いで死んだのでしょうか。自分でも調べたのですが、今もって不明です。フレデリック・スミスの小説では20年前となっていますが、1795年のフランス軍には槍騎兵は存在しなかったはず。あれは単なる脚色でしょうか。

No title

R/D
こちらもブログでははじめまして。ポンソンビーの父親については、以下のサイトなどに記述があります。 "http://pedia.nodeworks.com/W/WI/WIL/William_Brabazon_Ponsonby,_1st_Baron_Ponsonby" "http://www.thepeerage.com/p1300.htm#i12993" "http://www.brabazonarchive.com/Pages/William%20Brabazon.htm" 父親はアイルランド出身のウィッグ党政治家で、2年間の闘病生活後に1806年にロンドンで死去したとか。 映画の話はフィクションだと考えた方がいいでしょう。
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