ロシア軍がまたキーウに向かおうとしている、という話をISWが記している。もちろん真っ先に「極めて成功しそうにない」とISWに言い切られてしまってはいるし、またベラルーシからの攻撃については現時点で差し迫っていないとしているが、それでもこの秋以降ベラルーシ領内におけるロシア軍のプレゼンスが増しているのは事実だそうだ。彼らは訓練後もベラルーシから引き上げるつもりはないようで、再び北方からキーウに向かう可能性がある。
だが2022年初頭に失敗したことを、今になって繰り返しても成功するとはとても思えない。ロシア軍はかなり劣化し、航空戦力も精密誘導弾もほぼ使い果たしており、そして経済の悪化という形で戦争継続力も失ってきている。一方、
当時は油断していたウクライナ軍は現時点ではかなり防衛準備を整えており、チェルニヒウの隘路も固めている。
こちらに載っているベラルーシとウクライナ国境の地図を見れば分かる通り、ここはまさにプリピャチ沼沢地のど真ん中であり、攻めるに向いた地形とは思えない。
一体プーチンは何を考えてこのタイミングで無理な攻撃をしようと考えているのだろうか。もちろん私に分かるわけもない。
毎年恒例の記者会見などをキャンセルしたのを見ても彼が政治的に追い詰められている可能性はあると思うが、難局を打開する方法としてベラルーシ経由のキーウ攻撃が最善の手段に見えてしまう理由は不明。ひたすら間違った手を打ち続ける独裁者ってのはそう珍しくもないのかもしれないが、ここまでやられるとほとんどギャグである。
で、その結果として今回も空弁当を広げざるを得なくなっているのがルカシェンコ。彼は19日にミンスクでプーチンと会談するようで、当然ながら参戦を迫られるのだろう。ISWによれば
彼はそれに備え、既に参戦しないような情報戦を繰り広げているという。たとえルカシェンコを説得というか脅して屈服させたとしても、ベラルーシ軍自体が大人しくロシア軍の指揮下に入るとも思えないし、ドネツクの兵士たちに対するロシアの態度を見る限りロシア側についたらどんな目にあうか彼らも分かっているだろう。もし本気でベラルーシ経由の攻撃を行なう場合、またベラルーシによるサボタージュによりロシア軍が補給切れになる可能性だってある。
ISWの16日の報告では、開戦前にウクライナへの全面侵攻がもたらす経済的な困難についてロシアの経済官僚がプーチンに警告していたにもかかわらず、プーチンがそれを聞かずに戦争に踏み切ったというFTの記事も紹介されている。彼らは厳しい経済制裁によって
「ロシア人の生活の質は発展途上国に比べても劣る」ようになると警告したが、結局は戦争が始まり、その中でとにかく経済を少しでも安定させようと苦闘する羽目に陥った。だがマフィアのようなシロビキがトップに君臨する限り、
アボカド経済を支える経済テクノクラートの努力にも限界があるだろう。
経済だけでなく戦場においてもロシアの効率の悪さがすぐ改善する様子はない。
こちらの記事では、先進技術を実際に使いこなすうえで下級将校への権限移譲など組織文化が重要な役割を果たすと指摘している。ロシアや中国のようにユーラシア中核部では歴史的に極めて集権的な制度が根付いている様子がある。それは農業社会においてはおそらく効率的であったのかもしれないが、産業社会においてはむしろマイナスになる。ロシアや中国の現状は、巨大恐竜が環境の変化についていけなくなっているようにも見える。
記事によるとロシアの損害は戦争序盤が高く、いったん低下した後にまた増えつつあるという。特に戦車と装甲車がそうで、戦車は投入数の37%、装甲車は70%を失っている。火砲も60%を喪失しているが、こちらはHIMARSが投入された侵攻7ヶ月後からの損害増加が目立つ。最もシュールなのは兵員の損失で、過去最多になったのが実は直近のこと。ウクライナ軍の反撃や、
バフムートなどにおける無駄な攻撃のせいだろう。この状況で戦線を広げれば有利になれると思える理由が本当に分からない。
この記事ではロシア軍の装備面での継戦能力にも疑問を呈している。戦車や装甲車、火砲の多くはソ連崩壊から30年もの間ほとんど手入れされていなかったと見られるうえに、ウクライナの戦場でほとんどT-80戦車が使われていないのを見ても重要な部品などがかなり横流しされている可能性があるという。確かに、
現役のトラックのタイヤですらろくに整備できていなかったロシア軍が、古い保管品をどこまできちんと使えるようにしていたかは疑問。厳しい見通しになるのも仕方ない。
続いて
こちらで言及されていたのが、
4月に撃沈された巡洋艦モスクワ絡みの話。ウクライナのネプチューンミサイルがどうやって巡洋艦を攻撃したのかが関心を集めていたが、ウクライナのマスコミの報道によると、通常では届かない水平線の向こうの反応が、電波が異常に遠方まで伝わる「ラジオダクト」現象によって届いてしまい、それでモスクワを発見できたウクライナが攻撃に踏み切ったのだそうだ。
これを紹介している日本語記事では「あまりにも偶然性が強すぎる説明」との疑問も示しつつ、一方で「絶対的な確信が持てないから全力攻撃を行わず対艦ミサイルを2本だけ試しに撃ってみた」ところ、それが奇襲になったという点については辻褄が合っているとも記している。
記事への反応を見ても、どこまで本当なのか疑問を抱いている向きもいるようで、どう判断していいのか難しい記事だったようだ。まあ細かいことは後の時代になるまで分からないのだろうし、もしかしたら永遠に分からないままかもしれない。
もう一つ、
ロシア国内の動員についての分析もあった。BBCによる分析をISWが紹介しているのだが、ダゲスタンやブリヤートといった少数民族の多い地域の出身者の方がモスクワ出身者より被害が多いという点は予想通りであるものの、民族的に言えばロシア人の占める比率が圧倒的に大きく、その割合はロシア全体の人口比とほとんど変わらなかったという。要するにモスクワを優遇して地方を犠牲にしているのは間違いないが、ロシア人を優遇し少数民族を犠牲にしているとは言えない、という結論だ。
ISWは動員に際してロシア人を優遇していると指摘しており、それが部分的に裏付けられた格好。ただ優遇しているのは地域差であって民族差ではないことになる。ロシア人であっても地方に住んでいる者は容赦なく動員していた、のだとしたら、ロシアの権威主義体制はロシア人に対しても容赦なかったことになる。おそらくモスクワのような大都市での動員は世論の反感を拡大させるのに対し、地方なら騒ぎは限定的という判断だろう。そう考えると、秋に入ってモスクワでも動員を始めるに至った段階で、クレムリンがどれほど追い詰められていたかも想像できる。
なぜそうなっているかについての説明は、例えば
こちらの文章などでなされている。要するに中ロ北朝鮮という国々の持つ軍事力がこの十数年で急激に拡大し、日本など周辺諸国が太刀打ちするのが難しいレベルになってきたという認識だ。おまけにこれまでロシアを中国から切り離そうとしてきた日本の取り組みもウクライナ侵攻で不可能になり、既存の世界秩序を軍事力で破壊しようとする勢力を分断するという戦略も採用が難しくなってきた。となればこちらも軍事力で対抗できるようにしておかないと拙い、という判断だろう。
実際問題として世界が急速にブロック経済化していく可能性も含め、事態がかつての大恐慌後と似通ってきているのは確かだ。そして第二次大戦時の反省として「宥和政策は碌な結果を生まない」という点を西側諸国が共有しているのも大きい。実際にはクリミア併合以降の西側の政策は結果的に宥和政策的になっていたと思うが、その結果としてロシアの暴走が止まらなくなった以上、ここで軍事面で手を抜くという道を取る可能性は乏しいと思う。
世の中には増税ではなく国債でという意見もあるが、それは認識として甘すぎるのかもしれない。
こちらのツイートでも指摘されている通り、防衛費に十数年もカネを出し続ける体制をきちんと作らないとヤバい、と政策当局者が考えている可能性があるからだ。国債発行だと市場の混乱がある場合に資金を調達できないリスクがあるが、税金ならその危険は少ない。
こちらで紹介したように財政=軍事国家を支えるのは何よりも課税能力であり、それがあればこそ借り入れ能力も増す。
もちろん増税は経済にとっては負担増だ。ただでさえ人口が減り、経済が停滞し、これまで繁栄を支えていた経常収支も厳しくなっている日本にとって、軍事という付加価値を生まないもののために多額の資金を投じるのは明らかにマイナス。にもかかわらずそちらの方向にあっという間に話が進んでいるということは、それだけ政治家が現下の情勢に危機感を抱いていることの反映だろう。
というか個人的には増税だけで済めばマシなんじゃないかと疑っている。
こちらでも書いたが、経済にも国民にも負担の少ない「コンパクト・スマート・スピーディな軍隊」なるものが幻想であることが今回の戦争でバレてしまっている。代わりに
「軍経験・戦闘経験のある市民を大量に確保」することの重要性が浮かび上がっているわけで、となると政治家が考えることは推測できる。徴兵制だ。冗談抜きで再び戦争のために国民を大量動員しないと自分たちを守れない時代がやってくる、のかもしれない。そうならないことを心から祈っているが。
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