ロシア世論

 先週紹介した中国でのデモだが、さっそく中国内ではゼロコロナ政策を緩和する動きが出てきたようだ。もちろん新型コロナウイルスの感染拡大のリスクが一方で高まるわけだが、権威主義的体制にとっての異常事態である抗議行動が広まるよりはゼロコロナ緩和の方がずっとマシ、という判断かもしれない。前にも書いた通り、本来こんなのは大事になる前に運用で対応すべき事象であり、それすらできない体制の硬直ぶりが問題だったわけなので、誰かがきちんと旗を振れば解決へ向かう可能性はある。
 もちろん出口戦略は難航するとの指摘もあるし、安易に解決と断言できないのは事実。それにこうなった根本的な問題はゼロコロナ政策にあるのではなく、「皇帝」に忖度する官僚ばかりがはびこる権威主義体制そのものの硬直ぶりにあるわけで、他にも似たような問題が生じれば同じ状況に至る可能性はある。習近平がトップに居座る期間が長引けば長引くほど、そうしたリスクは高まるだろう。プーチンと同じだ。目先のトラブルは回避できるとしても、厄介な問題は消えていない。

 一方、実際にトラブルが火を噴いて社会に大きな損害を及ぼすに至っているロシアでは、独立系メディアによって軍事侵攻継続を支持する人が4分の1まで下がったという世論調査の結果が報じられた。プーチン政権が内部で使う目的で行った11月の調査で、侵攻継続支持は25%、和平交渉希望が55%に達したという。別の10月の調査でも57%が和平交渉を始めるべきと答えたそうで、「予備役の動員に踏み切って以降、世論が変化してきている」のかもしれない。
 前にも紹介したようにロシアでは既に亡命者の増加といった形で軍事侵攻と動員に対する不満が表明されていたわけで、そう考えれば世論調査でこのような結果が出たと聞いても違和感はない。ロシアのネット世論についてずっと追いかけているISWも、動員されたロシア兵がスマホを持ったままでいるために国家が広めたがっている情報が掘り崩されている、という好戦派の不満の声を紹介している。正直、スマホを取り上げるよりもロシア兵に対する酷すぎる扱いを改善する方が重要だと思うが、ネット弁慶にそんな実行力はないだろう。
 実際、戦場でのロシア兵の扱いについてはあきれ果てるような話ばかりが伝わっている。例えばこちらのツイートでは、一晩野営しただけで低体温症なのか動かなくなる兵士が出てきていると指摘している。ろくな防寒具が与えられていないという話は聞いていたが、最高気温ですら氷点下という季節の到来によって実際に被害が出始めているようだ。というか実は開戦直後の3月時点でもロシア軍には凍死者が出ていたという話もある。西側から支援を受けているウクライナ兵の状況と比べると格差がありすぎ。
 中でも酷いのはワグナーが延々攻撃を続けているバフムート近郊で、大っぴらに大量の死傷者を出している様子と報じられるに至っている。この地域のキルレシオはウクライナ1に対してロシア7くらいとの話もあり、そして重度の凍傷にかかっている兵士もいる。戦場だけでなく後方も残念極まりないようで、マリウポリに運ばれてきた負傷者が野ざらし状態になっているそうだ。
 他にも地域の動員兵の装備や兵器の調達を任されていた軍人が、全く使い物にならない装備しか集められず、挙句に予算を横領した上官の罪を着せられて胸に5発の銃弾を撃ち込まれて「自殺」したという話もある。また戦場とは全然関係ないところで戦闘機が墜落する、動員兵が親族への面会を拒否されたのに怒って訓練施設から集団で出て行こうとするなど、とにかく組織運営のあらゆる面でトラブルが起きている様子。
 ロシア国民の状況も芳しくない。実質賃金が低下しているほか、ロシア鉄道では切符の販売機に使われていたIBM互換機と取り換える予定だそうだが、そのためには外国製の機器を購入する必要があるという。経済活動も厳しそうで、9月は不採算企業の損失が黒字企業の利益を上回ったという話も出ている。西側の経済制裁だけでは不十分にしか進まなかった景気の悪化をロシアの動員が成し遂げ、消費者態度指数がこの秋に急速に悪化したとの評価もあり、つまりプーチンは景気よく自分の足を撃ち抜いている真っ最中らしい。さらに新たな制裁としてロシア産原油の取引価格に上限設定することでG7と豪が合意。この影響がどう出るかはまだ分からないが、ロシア経済にとってプラスとは言い難いだろう。
 これまでロシア軍は軍事目標ではなく民間施設に攻撃を集めていた。ミサイル攻撃のうち97%はそうした施設だったそうで、軍事的に言えばミサイルの無駄遣い以外の何物でもない状態。その理由は「負けてないアピール」及び「勝てない腹いせ」だそうで、そりゃ「スヴォーロフやジューコフは草場の陰で悲しんでいる」だろうと思わざるを得ない。もちろんウクライナから見たロシアはこんな感じだ。ただこのミサイル攻撃についても、足元ではイランから調達したドローンを使い果たしたためか攻撃が止まっているらしく、本気でロシア軍の兵器も欠乏状態に陥っている可能性がある。

 そんな中、最新の専門家の分析がこちらで紹介されていた。前にもちょっと触れたが、おそらく国内で最も信頼度の高い専門家であっても予想できないような動きをするのが今回のロシアであり、その意味ではこの予測もどこまで的中するかは分からないが、現時点での詳しい人による見方がこのあたりにあるという意味で参考になる。
 それによると主な戦場はヘルソンから他地域に移る可能性があり、また冬場には地面が凍るため攻撃側が有利になると見られる。ロシアによる民間施設攻撃は、それだけでは戦争の趨勢を変えるに至らないため、どこかで「戦場での勝負」に移行するのではないか。また停戦の実現はそう簡単ではなく、激しい攻撃が冬場に行なわれた後に春の泥濘が訪れるとまた膠着、そしてまた戦闘再開という形で「来年いっぱいぐらいまで戦闘が続く」、といったところが主な予想内容だ。
 個人的にはロシアが本当に戦場での勝負に移行するかどうかは微妙な気がする。私が一番信用しているISWの分析を見ても、少なくとも現時点ではロシアによるインフラ攻撃は続くと見ている。もちろん効果の乏しい攻撃についてはロシアの軍事ブロガーの中からも批判が出てきているそうだが、実際に真っ当な使い方にシフトできるかどうかは不明だし、シフトしたとして本当に戦場で勝負できるだけのミサイル攻撃能力を維持できるかはまた別問題だ。一方、足元での尚早な停戦はあり得なさそうという点はISWも一致している。つまりまだ戦争は続くのだろう。
 当面、注意すべきなのは泥濘が終わって地面が凍り付いたところでどちらがどのような攻勢に出るか、なのだが、正直今のロシア軍にはアジャスト能力が欠けているとしか思えないので、彼らは引き続きバフムートで死体の山を積み上げる可能性が高そう。むしろウクライナ軍が具体的にどこで攻勢に出るかの方が注目点かもしれない。最近はザポロジエ方面で兵が引き揚げつつあるという話がちょくちょく出てくるので、ヘルソンの時と同様にロシア軍はこの地域から撤退するつもりかもしれない。でもそうなるとクリミア方面とドンバス方面がウクライナ軍によって分断される可能性もあるんだよな。どうするつもりなんだろう。

 あとISWのサイトにウクライナ、イランに続いてアフガンの反タリバン勢の活動地図が掲載されていた。正直、アフガンについてはどの国も手を出すと痛い目にしか遭っていないので、この状況を見ても誰も介入したがらないんじゃなかろうか。中世期の坂東みたいなもんで、遠巻きに眺めた方が他国にとっては幸せな状態だと思われる。それともロシアの勢力低下に合わせてあの辺で覇権を握ろうとかそういう余計な野心を膨らませる国でも出てくるのだろうか。火中の栗にしか見えないけど。
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