戦争と選挙

 ロシア軍がヘルソンからの撤退を発表したキルレシオ1対6.5という一方的な損害にいよいよ耐えられなくなってきたのかと思っていたら、「ロシア軍はこの発表を、バイデン(民主派)に力を与えないよう米国中間選挙の日まで待った」という、かなりしょうもない理由だったことがロシア国内のテレビで報じられていたという。ちなみに陰謀論界隈では「中間選挙で勝つためにバイデンがゼレンスキーに命令してヘルソンで無謀な攻撃をやらせている」という説もあったそうで、何というかまあ、政治の世界ってのはあまり合理性とは関係ない論理で動いているのかもしれないと思わされた。

 で、その戦争にとっても肝心だったらしい米中間選挙の結果だが、よく言われているのが「赤い波がこなかった」という話。事前の世論調査で共和党が圧勝するとの見解が広まっていたようだが、そういう流れにはならなかった。民主党側がそれだけ踏ん張ったわけで、その一因となったのが中絶関連の最高裁判決。あの判決は保守派が自分たちの支持者に媚びを売るための行動だったのではないかと思っていたが、結果的にはむしろ反対派を活気づけてしまったもよう。最高裁の保守派判事たちには「無能な働き者」の称号を与えた方がいいのかもしれない。
 こちらのツイートでも中絶判決が危機感を強め、それが民主支持層の投票率を上げたとの分析を紹介している。またトランプが弱い候補に下駄をはかせたという指摘もあるが、これはFiveThirtyEightの記事を読んでもらう方が分かりやすいだろう。Denying The 2020 Election Wasn’t A Winning Strategy For Political Newcomersという表題の通り、2020年の大統領選の結果を否定するのは勝つための戦略にはならない、という記事だ。
 共和党の当選者のうち、2020年の選挙についてトランプの敗北を認めていないものは大勢いる。ただし彼らのうちこの問題を選挙戦で主要なテーマに掲げた候補者は、実は少ない。当選や当選確実とされる134人のうち、112人はこの問題をメインで取り上げてはいなかった。大統領選の結果を否定した非現職の共和党候補者80人に絞ると、勝率28%に対して敗北率は61%(残りはまだ未定)と、むしろ負けた方が多い。米国の民主制を否定するようなテーマを大声で訴えた候補者に絞った場合、その勝率は低かったことになる。Nate Silverもこの傾向を踏まえて「候補者の質が重要だ」と改めて指摘している。
 要するにトランプが共和党を乗っ取るために穏健派に対して送り込んだ刺客たちが、まともな民主党候補を相手に討ち死にしているのだろう。そのため、今回の選挙については共和党の敗北というよりトランプの敗北という切り口での報道が増えつつある。例えばこちらの記事ではむしろフロリダ州知事に当選したデサンティスの方が次の大統領選で有力候補になる可能性を指摘しているし、こちらの記事になると「トランプの存在が仇に」だの「共和党主流派の復権」だのといった文言が飛び交っている。
 実際、下院は圧勝、上院も共和党有利ではと言われていた状況が、足元のオッズでは上院で民主党有利に大きく傾いている。既にジョージア州は12月に決選投票となっており、そこまで情勢が固まらない可能性もあるが、少なくともトランプと、そしておそらくロシアが期待していたような流れでないことは確かだろう。ヘルソンに無意味にとどまったロシア兵たちは犬死にということになるんだろうか。そもそもこの戦争自体、無駄な死者しか出していない言われてしまえばそれまでだが。
 とはいえ、そもそもそんなに「赤い波」って話題になっていたのだろうか。前に紹介したメディアツイートの比較サイトで調べてみたのだが、トランプ政権時の2018年も含め、「赤い波が来る」と(ツイッター上で)騒いでいたのは実はFox Newsだけ、という結論が出た。

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 というかそもそも今回の中間選挙自体、トランプ時代に比べアメリカのメディアはそこまで力を入れて報じていた様子はない。midterm elections及びmidtermsで検索したところ、彼らのツイート数は4年前の半分以下。こちらもFox Newsが妙に張り切ってツイートを続けていたことが分かるが、それ以外のメディアはかなり冷めていたのではないかと思いたくなる数字だ。

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 一方、メディアごとに報じ方の差が出ていたのは中絶とインフレ。前者はWashington PostやNew York Times、さらにハフポストのようなリベラル寄りのメディアが多くツイートし、逆に後者は(当然ではあるが)WSJやFoxといった保守寄りのツイートが目立つ。ただしトータルの件数的には前者の方が多く、それだけ中絶の方が人々の関心を強く集めていた可能性がある。

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 話をウクライナに戻す。ヘルソンからのロシア軍撤退について、ISWでは8月からのウクライナによる反転攻勢成功したようだ、と記している。当初、ISWはこういう作戦の結果が見えるには時間がかかると指摘していたが、実際に結果が出るまで3ヶ月弱(ロシア軍の撤収が終わるまでを含めると、もしかしたら3ヶ月超)かかったことになる。彼らはドニプロ右岸からのロシア軍の撤退は、ウクライナ軍を引き付けて罠にはめようとする動きではなく、本当に下がっているのだと見ている。
 ロシア国内では当然批判の声もあるが、一方で軍事的に正しい選択だという見解も出ている。ISWがこのところ注目しているワグナーグループのプリゴジンや、チェチェンのカディロフといったシロビキたちも現状ではこの判断は正しいとしている。ハルキウの壊走では多大な批判に晒されたロシア軍だが、ヘルソンについてはかなり世論対策の下準備を重ねていたようで、実は中間選挙は口実にすぎず、ある程度批判をかわせるだけの時間を稼ぐのが最大の狙いだったのかもしれない。もちろん、その間にドニプロ右岸で死んだロシア兵たちは無駄死にだと思うけど。
 それにヘルソン撤収が終わったわけではない。ロシア軍はウクライナの前進を食い止めるべくドニプロに架かる橋の破壊や地雷原の設置などを図るだろうが、一方で右岸に残っている兵が橋を渡る時には非常に攻撃を受けやすいことも事実。というか実際に橋やはしけを念入りに攻撃しているとの話もあるし、携帯電話の信号に関する怖い地図も出回っている。ウクライナ軍はヘルソン方面で着実な前進を続けているとの報告もあり、春のキーウからの撤収、秋のハルキウ壊走に続くロシア軍の敗北がかなり見えてきた印象だ。でもこれで戦争が終わるとは思えない。
 前にも書いたと思うが、ドニプロ右岸はウクライナにとってのボーナスステージ的な場所だった。ロシア軍が勝手に来て勝手に補給切れになるような場所は、そんなにたくさんはないだろう。ヘルソンの戦争が終わり、泥濘の季節が過ぎて冬が来た時点で、両軍が今度はどのように動くのか。ここからまた戦争の新しいステージに入る可能性がある。そしてもちろん、冬場の両国の経済情勢がどう推移するかも戦争に影響を及ぼすだろう。両軍の死傷者はそれぞれ10万人を超えたとも言われている。いつになれば終わってくれるのやら。

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コメント

米中間選挙

つね
中間選挙は別に記事を立てるのかもしれませんが。
まあトランプさんが勢いを失うのは個人的感覚としてはけっこうなことだけど、これで次回はデザンティス氏となるんですかねえ。トランプさんはある意味分かりやすいので、警戒のほうもしやすかったけど、羊の皮を被った狼だと現状、民主党の対抗馬が見当たらないだけに支持集めるかも。ヒトラーもプライベートの範囲では非常に紳士的だったというし。
あと、選挙予測ってこれで何連敗してるんですかね。

desaixjp
今回の民主党の踏ん張りで2年後は予想しづらくなりましたね。
上院で民主が勝ったこともあり、これで共和党も主流派に回帰するようなら、もしかしたら今回の不和の時代はあまり長引かないかも、てなことも頭をよぎりました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221113/k10013889671000.html
なおNate Silverによれば世論調査のみを見る限り割と今回はよく当たっていたそうです。
https://twitter.com/NateSilver538/status/1590394232380227584

つね
報道では、「大波と思っていたらさざ波だった」を始め、「予想外の民主党の善戦」を伝えるものが多く見えたので、「また外したのかい」と思ってしまいました。「外れた予報の方が目立つ」ような「逆ジーン・ディクソン効果」みたいなものがあるんですかね。

desaixjp
Silverの言うことが正しいのならメディアの報道が偏っていた可能性もありそうですね。
メディアは一般的に、世論調査だけでなく政治評論家や選挙の専門家といった面々の意見もよく報じていますので、そうした人々の中にあったバイアスを反映していたことも考えられそうです。
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