ハゲタカ エリート

 最近のISWはワグナーグループのプリゴジンに関する話をかなりの頻度で取り上げている。10月25日の報告ではプリゴジンらシロビキたちがプーチンと対峙していると述べ、31日には彼がサンクト=ペテルブルクの当局を批判して自らの政治的立場を強めようとしているとの見方を示した。11月1日にも自分たちの傭兵を擁護するような発言をしたと伝えられるなど、とにかく彼の行動が異様に目立っている様子がうかがえる。ただしワグナーが戦っているポパスナ方面での戦況は全く進展している様子はなく、ロシア動員兵の平均寿命は2週間という話すら出ているように死者だけが増えている。
 プリゴジンの行動はこれまた実に対抗エリート的だ。ISWに至っては彼が「自らの政治的党派を作るかどうかは分からないが」と述べ、そうした可能性をにおわせているくらい。彼やチェチェンのカディロフが主なターゲットにしているのは中央軍管区のラピン司令官で、後者が解任されたという報道などからも、エリート内の争いが激化している可能性がうかがえる。

 もちろんエリート内紛争はロシアの十八番ではなく、足元あらゆる地域で激化している現象だ。Cancel Vultures、つまり「キャンセルのハゲタカ」と題したエントリーでもエリート内紛争を取り上げているのだが、そこでは1335年にオクスフォード大学の学生たちによる高慢な行動に激怒した群衆が大学を襲撃した事件から語り始めている。この事件では死者だけでなく、頭皮を剥がれた者もいたそうで、さすが中世と言いたくなる野蛮さだ。
 続いて紹介されるのが、フランシス・フクヤマの一文。ある大義が以前の世代で勝利を収めた場合、その次の世代はむしろその大義に反対して戦うようになるのが経験的な事実。つまり平和的で豊かな自由民主主義に特徴づけられる世界では、新しい世代は平和と繁栄、そして民主主義に反対して戦うことになる、という内容の文章だ。これまでも何度も取り上げている父―息子サイクルの話であり、Turchinが皮肉っぽくモデル化してみせた「過激思想への感染」を簡単にまとめたものといえる。大義なんてものは建前にすぎない、という身も蓋もない話だ。
 もう一つ、ニーアル・ファーガソンが指摘する「無意味な複雑さ」についても、このエントリーでは言及されている。社会が複雑になりすぎた結果として多くの人は国家との有意義なつながりを失い、ロビイストたちが有権者の利害とは無関係に政策を操っているとの見方はこちらのエントリーでも書いた通りであり、そうした無力感が不満につながり、SNSを通じて世間にぶちまけられているという話だ。おそらくTainterの指摘する通り、かつては多くの限界利益を生み出していた複雑な社会が、今や収穫逓減に見舞われているのだろう。
 その後に出てくるのは2010年のTurchinの予言に関する説明なので省略(Turchinの考えについてはこちらを参照)。エントリーの筆者は大衆の困窮化、政府の機能不全もさることながら、エリートの過剰生産というトレンドが最も驚きだったとしている。SNSで騒いでいるのは仕事が忙しい労働者階級ではなくエリートたちであり、現在の馬鹿げた文化闘争に邁進しているのは、過剰に教育を受け、甘やかされた野心的な連中だ、とこのエントリーは記している。
 左派も右派も互いに攻撃するだけでは飽き足らす、内輪揉めも頻発している状態。そしてどちらのエリートも困窮している大衆には目もくれない。左派はエリートを助けて労働者に負担を押し付けるバイデン政権の学費ローン免除プログラムを称賛し、右派は「貴族階級である左派を打ち負かす」という名目で貧しい支持者から多額の寄付を巻き上げる。彼らが互いに潰しあえばいいと思うかもしれないが、世の中にもたらし得る混乱(それこそ中世オクスフォード大学で起きた騒乱)を考えるとそうもいっていられない。困ったもんだ、というのがこのエントリーの落ちである。
 このエントリーが想定しているのは当然米国の事態なのだが、さて同じようにエリート内の足の引っ張り合いが表沙汰になってえいるロシアと比べてどちらがマシなのだろうか。中間選挙の投票所の周辺に武装した「自称監視員」がうろついている米国の状況もかなり酷いものだが、さすがにロシアよりはマシに見える。ただし、ここで「マシ」というのは体制がどのくらい動揺するかを指しているわけで、ロシアは昔からこうだったと言えば最近になっての変化は限定的、と主張することもできるかもしれない。
 中間選挙については一時FiveThirtyEightの予想で上院は民主党が取る確率が3分の2ほどに達していたが、足元では再び共和党有利の予想に傾いている。下院はずっと共和党有利のままだ。議会を共和党が押さえてしまうと来年以降の米国政治はいよいよデッドロックに乗り上げるのは間違いない。米国がいつまでも民主主義陣営の頭目でいられると確信できる状況ではなく、まだまだこれから混沌が広がりそうに思える。

 ただ、これから米国がどれだけ混乱しようと、ロシアが二流国から三流国へと転落していく確率の高さはおそらく変わらないだろう。足元では西側の経済制裁が効いて収入が減っているうえに、無理な動員による損失が米ドル換算で146億ドルから324億ドルに達するという計算もある。400人の大隊1つを維持するために1ヶ月にかかるコストは1200万ドルだそうで、それでも総動員は避けて志願兵を集める方針を維持しているためもあってか、このコストは今後数十年にわたってロシア経済を圧迫する見通しだそうだ。
 収支問題よりも根本的な問題は、国際的なサプライチェーンから切り離されたのに伴う武器の不足のようだ。ロシアは北朝鮮とイランに対し、不足している航空機用の弾薬やミサイル、砲弾といったものについて輸出を求めているという。イランはドローンのみならず弾道ミサイルまで出荷するという話も出ている。ロシア軍が弾薬切れを起こしているらしい点については砲撃報告をまとめたツイートもあり、あれだけ軍事力を誇っていた国が1年も経たないうちにここまでみじめな状態に陥るのはさすがに驚きではある。やはり現代社会においては経済力こそが最重要であり、経済を置き去りに軍事力を強化するのは机上の空論にすぎないと考えた方がいいのかもしれない。
 といっても戦況自体は足元あまり動いていない。泥がかなり酷い状態のようで、さらにその次には冬将軍が来る。ISWの予想だとロシアは今のような通常戦による攻勢を変えないまま2023年に突入するそうだが、西側の武器支援を受けたウクライナとのキルレシオは、ヘルソン方面だとウクライナ1でロシア6.5と一方的にやられているそうで、この状況で通常戦を続けてもろくなことはないと思う。もしかしたら他に手が残されていない状態なのかもしれない。
 寒さが増した時にどうなるかは分からないが、現状の戦い方が続くならロシア軍が死体を積み上げ、時々ウクライナが突破を行い、そして開戦以来ずっと続いていたロシア軍後方での破壊活動がこれからも継続されるのだろう。何か大きな変化でも起きない限り、ロシアがひたすら自らの墓穴を広げるだけ、の展開が続く。
 その「大きな変化」になるかどうかは分からないが、足元でロシアに続いて不穏な情勢になっているのがイラン。最近になってISWの報告では彼らがサウジアラビアを攻撃するのではないかとの話が出てくるようになった。イラン国内ではしばらく前から暴動騒ぎがあったが、国内が不穏になると国外に不満を逸らそうとするのは権威主義体制ではよく見かける現象。実際に対外戦争を始めてしまうとロシアのように泥沼にはまるという意味でリスクの高い選択なんだが、国内のチェックアンドバランスが働かない体制ではそうしたハイリスクな決断が安易に下される可能性も高い。いずれにせよ世界のあちこちできな臭さが増している。
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