行動的現代性

 前にこちらで欧州にホモ・サピエンスが進出した時期について触れたが、そこでちょっと言及したのが現代的行動、というか直訳するなら行動的な現代性というものだ。葬儀や釣り、洞窟壁画のようなアートなど、現代的なホモ・サピエンスならではの行動全般をそう呼んでおり、時期としては今から5万~4万年前に登場するようになったという説、もっと前に起きた説などがある。こちらの本では認知革命と言われているものに相当するのだろう。
 ヒトの行動を変えた要因については色々な説がある。例えば少し前に載っていた、人類の文化的躍進のきっかけは、7万年前に起きた「脳の突然変異」だったという記事によれば、「脳の前頭前野の発達を遅らせる突然変異」こそがそうした変化をもたらしたと主張する研究者がいるそうだ。脳のこの部分は「記憶のなかの複数の単語を意味のあるメンタルイメージとして合成するプロセス」(メンタル統合と呼ばれている)を司っており、これが現代的な言語を生み出すことにつながったという。
 メンタル統合を使って現代的な言語を操る能力は5歳くらいまでに習得しておかないといけない。チンパンジーの子供などは3歳くらいには既に脳のこの部分の発達が止まってしまうが、ヒトの子供の場合はその発達がまだしばらく続くため、複雑な言語構造に触れてそれを使いこなす能力を育てる期間を十分に確保できる。この研究者は「前頭前皮質の突然変異を持ったふたり以上の小さな子どもたちが、互いに会話しながら長い時間を過ごし、再帰言語[現代的な言語]を“発明”したはず」だと主張している。
 証拠の1つとして紹介されているのが、ニカラグア手話。かつてニカラグアで聴覚障害のある子供たちが施設に集められたところ、その子供たちの間で独自に手話という形の言語が生まれ、それが急速に進化して現代的な言語になったという話だ。新たな言語の誕生を研究者が直に目撃できた珍しい機会だったとされている。周りから教えられる形ではなく子供たちの間で自然に言語が生まれたという意味で、ヒトが生得的に言語能力を持っていることを示す一例ともされている。
 こうした突然変異が7万年前に生じた結果、ホモ・サピエンスの行動が変わった。「どんな計画でも頭のなかでシミュレートする前例のない能力と、それらを仲間に伝達するという同じく前例のない能力を備えた人間」が誕生し、彼ら彼女らは支配的な種として世界に広がったというのが、この研究者の考えだ。新しもの好きで、かつ猿真似が得意というホモ・サピエンスの特徴がこのようにしてもたらされたのだと言われると、確かにもっともらしく思えてくるような説ではある。

 だが、あまり安易に結論には飛びつかない方がいいだろう。そもそも生物の進化に絡む部分で、単純に1つの原因から大きな結果がもたらされたケースはあまりない。鳥は空を飛べるが、羽が生えただけで空を飛べるようになったわけではないこちらの動画では哺乳類の胎盤形成にレトロウイルス由来のゲノムが影響しているとの説が紹介されているが、あくまで「重要な遺伝子の一つ」としており、それだけで胎盤ができたとは言っていない。
 より問題なのは、7万年前の突然変異で説明しようとすると、他の証拠との間に矛盾が生じてしまう点にある。When did we become fully human? What fossils and DNA tell us about the evolution of modern intelligenceという記事では、化石とDNAがそうした主張と矛盾している、と指摘している。
 ホモ・サピエンスの化石は古いものだと30万年前に遡るし、解剖学的に現代のホモ・サピエンスと同一の化石は20万年前のものがある。脳の形も10万年前には事実上現代のものと同じになっていた。それより後に突然変異が起きていたとしても、それを裏付けるような証拠を化石から得ることはできず、単なる推測の域にとどまってしまうのだろう。具体的な証拠のない主張は証拠のある主張に比べれてどうしても弱い説になるのは避けられない。
 もう1つの問題点はゲノムだ。記事中の系統図を見れば分かるのだが、7万年前には(あるいはもっと古い15万年前に行動的な現代性が生じたとの説であっても)既にホモ・サピエンスはいくつもの系統に分かれていた。大きくコイサン族とその他のグループがあり、コイサン族は北と南に、その他も中央アフリカ人、西アフリカ人、東アフリカ及び出アフリカ人グループとに分かれた後となる。もし7万年前にこの系統のどこかで突然変異が起きたとしても、それを受け継ぐ子供たちは一部の系統にとどまるはずだ。これらの全系統で同時に突然変異が起きた可能性もゼロではないが、ほぼ考え難い。
 それよりはホモ・サピエンスの共通先祖が生きていた35万~26万年前に行動的な現代性が生まれたと考える方が、より辻褄が合っている。現代のヒトは全て基本的に彼ら彼女らの子孫であり、であれば現代の全てのヒトが持つ能力はその時代に生まれたと見るのが普通だろう。つまりホモ・サピエンスの登場そのものが「行動的な現代性」への最初の一歩だったわけだ。
 だとしたら、なぜ行動的な現代性を示す証拠がずっと後になるまで登場してこないのだろうか。前にも紹介した通り、石器の複雑化や高機能化が一気に進む後期旧石器時代が始まるのは5万年前からだ。しばしば取り上げている弓矢の登場も6万4000年前、あるいは7万1000年前までは遡るようだが、ホモ・サピエンスの登場時まで遡るとの主張はさすがに見当たらない。
 だがこれについても、‘Behavioral modernity’ as a process, not an event, in the human nicheという論文では異なる主張をしている。それによると行動的な現代性の主要要素は、12万6000~7万7000年前の中期更新世(チバニアン)を通じてその起源が存在していたが、それらがまとめて提示されていなかったのだという。最初に紹介したwikipediaでも、ある時期に一気に行動的な現代性が登場したという説に対し、最近はもっと漸進的に現代性が生まれたとの説を紹介している。
 ホモ・サピエンスが行動的な現代性の能力を備えていたとして、ではその潜在力を発揮するまでに10万年をこえるような時間がかかったのはなぜか。「単純に発明を行なうためのヒトの数が増えた」のが理由だそうだ。ホモ・サピエンスは10万年前頃までにはアフリカ以外にまで勢力を伸ばしていた。生息地の拡大はその母数増をもたらしたであろう。しかも生息地を広げた結果としてヒトは様々な環境下に暮らすようになり、それだけ新しい環境で生き残るために工夫する必要に迫られたと思われる。
 人口増がイノベーションを駆動したという説はこちらなどでも紹介している。さらにそうしたイノベーションは猿真似を通じて広範囲に広まり、広まったイノベーションがさらなるイノベーションを生み出すきっかけになる(経営学で言うところの知の探索)。ヒトのネットワークを通じてフィードバックサイクルが働き、イノベーションが加速し、複雑さがどんどんと増していく。そしておそらくそうしたメカニズムは指数関数的な動きで増えていったのだろう。最初は極めてゆっくりと、ほとんど目につかない状態で、だが時間がたつにつれて次第に加速し、やがてはとんでもないスピードで、行動的な現代性が目に見える形でホモ・サピエンスの在り方を変えていった。

 ヒトの歴史自体はチンパンジーとの共通先祖が枝分かれした700万年前に遡るし、それからホモ・サピエンスの登場までに何の進化もなかったわけではないだろう。だがそうした進化に加速が本格的にかかった印象があるのは、やはりホモ・サピエンスの登場後だ(もちろん細かく見れば途中で停滞する局面も多々あったが、長期的に見れは成長はかなり急激)。歴史上で画期とされるタイミングはいくつもあると思うが、そのうちの1つとしてやはりホモ・サピエンスの登場自体を位置づけておく必要はありそうだ。
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