ネットと政府

 クリミア大橋の爆破に対する報復を理由としたロシア軍によるウクライナ各地へのミサイル攻撃は、あっという間に勢いが衰えたISWが予想していた通りだ。以前から言われていたロシアの高精度ミサイルの欠乏がかなり進んでいるようで、既に3分の2を消費してしまったとの話も出てきている。加えて動員された兵に与えられている装備がさらに悪化しているとの指摘もあり、以前紹介した「ロシアの戦闘能力を低下させる」効果が出ていると思われる。いやそうではなく、単にロシアが勝手に自滅しているだけかもしれない。
 今やロシアは「核を使っても使わなくても」窮地に陥る、との主張もある。ロシアの報復攻撃は「小規模」で終わり、一方でG7はプーチンを名指しで戦争犯罪の責任を取らせ、全領土の奪還をめざすウクライナ方針を指示するとの声明を出した。当然、彼らはウクライナに対する軍事支援を強める方針だ。またウクライナ4州の一方的な併合宣言に対する国連総会での非難決議案は侵攻直後の141ヶ国を上回る143ヶ国が賛成しており、国際的にもさらに孤立を強めている。プーチンは「軍事・外交的にほぼ『詰んだ』」と言われるほど。
 当然、前にも述べた通り彼らはかつて勢力圏に置いていたはずの周辺国から「馬鹿にされる」ようになっている。最近ではタジキスタンの大統領が「属国扱いするな」と公の場で発言。カザフスタン大統領もウクライナ侵攻を批判するように、国境問題は「平和的手段で解決すべき」と言ったそうで、プーチンが舐められまくっている様子が浮かび上がっている。プーチンに対するロシアメディアの厳しい質問もあったそうで、権威主義体制にとっては避けたいはずの事態が次々に起きているように見える。
 ロシア国内も安泰とは言い難い。ロシア国内の兵站拠点と言われれるベルゴロド州で変電所設備がウクライナ軍の攻撃を受けて火災が発生。同じくベルゴロド州内の軍演習場では銃の乱射があって二桁の死者が出たという。相変わらず徴兵事務所は(物理的に)炎上しているし、徴兵逃れで外国へ逃げているという話も出てきている。
 戦場では動員された兵が訓練も装備もなしに突撃させられて死者を積み上げているとの話が出回っており、足元でロシア軍の死者と行方不明者は9万人を超えたとの報道まで出てくるようになった。この数字はウクライナ側の戦果報告よりも小さく、結果としてウクライナが「逆大本営発表」をする状態になっている。ISWによると損害にもかかわらず引き続きロシアはドネツク方面で攻撃をしかけ、ウクライナ軍に撃退されているもよう。相変わらず組織としてまともに機能していないようで、砲兵の専門家が自動車化ライフル部隊に配属され、スペツナズの士官が戦車大隊の指揮を割り当てられるといった意味不明な事態が起きているようだ。
 ヘルソンでは親ロシア派幹部がプーチン政権に支援を求め、それを受けて欧米の国防当局者が早ければ月内にもヘルソン市を奪還する可能性があると報じた例もある。既に奪還を成し遂げたハルキウ州ではイジュームとハルキウを結ぶ鉄道の運行が再開されたそうで、下がり続けるロシアと逆襲に転じたウクライナという構図が一段とはっきりしてきている。
 そしてロシア内部は相変わらず足の引っ張り合いだ。軍事ブロガーたちの中にはロシア国防省が自分たちを検閲するのではないかという話が浮かび上がっており、失敗を彼らのせいにしたいプーチンの意向に従って軍事ブロガーたちが騒いでいるのではないかとISWは指摘している。ワグナーグループからは国防軍の最前線での失敗をわざわざ知らせるような動きも出ているそうで、もしかしたらウクライナ軍より内ゲバの方が大切なのかもしれない。一方で有名なナショナリストのブロガーが数日にわたって沈黙した場面もあったようで、混乱の中、様々な噂が飛び交っている。
 またプーチンは今後2週間で部分的動員を終えるとも発表したが、こちらは例年行っている秋の徴兵の実施時期が迫っているため、そちらに官僚のリソースを回すためにも部分的動員を止めなければならなくなっている面もあるようだ。それでも動員した22万人のうち既に3万5000人は軍に既に編入されており、1万6000人は戦闘に巻き込まれているという。そのために与えられた期間は5~10日の初期訓練と5~15日の戦闘部隊での訓練だけだそうで、マジ合宿免許状態。もちろんこの状態で適切な兵力増強が進むとも思われず、単に崩壊する前線を支えるためだけに人命を放り投げている状態だ。

 それにしても具体的に戦況を回復させるためではなく、軍事ブロガーのご機嫌取りのために精密誘導兵器を消費する今のロシアの状況は、もはや本末転倒と言える。本来ならウクライナ軍の能力を削ぐために使うべき兵器で住宅地を破壊し、一方で最前線ではろくな武装も訓練もしていない兵士を敵に向けて投入しているのだから、ウクライナやそれを支援するNATOの能力が高いせいでロシアが苦戦しているというより、やはりロシアが自滅していると考えるのが妥当だろう。
 正直クレムリンはSNSとのあるべき距離感を完全に見失っているようにも見えるが、この問題は他国にとっても他人事ではないという指摘もある。On Trolls and Nuclear Signaling: Strategic Stability in the Age of Memesという記事では、ロシアの事例ではなく西側で広まっているNAFO絡みの話や、あるいは米のペロシ下院議長が台湾を訪問した際に中国のネットでの反応に中国外務省関係者が後から便乗した件などを紹介。こうした在野の好戦派の言論に政府が巻き込まれる結果として、政府間でのより冷静な情報のやりとりに障害が出るのではないかとの懸念を記している。
 そもそもネット上のやり取りはしばしば自分の道徳的価値を外に見せびらかすための「美徳シグナリング」へと偏りがちであり、ナショナリズムが盛り上がりやすい戦時中には好戦的な物言いがより過激な方向に走りやすくなるのは確かだろう。一方、政府としては価値観だけでなく実際の損得も考えながら行動する必要があるため、本来はより抑制的な発言を行い他国に対するシグナルにする必要がある。だがその政府がSNS上の過激な言論に同調するようになると、結果として他国が間違ったシグナルを受け取って過剰反応を見せるかもしれない、というのがこの記事の懸念だ。
 もっとも記事中にもある通り、こうした美徳シグナルの大半は自国語で発信されている。西側の場合は主に英語で、中国なら中華版のツイッターなどを使い当然ながら中国語で、そしてロシアではテレグラムを利用したロシア語で行われているわけで、要するにどれもこれも自国内向けの言論だ。そしてそういった内向きの言論に同調した発言を行なう政府は昔からあったはずで、別にネット時代に新たに出てきた問題というわけでもないだろう。何より言語が違えば自国向けと他国向けで言うことが違うという芸当も実現可能なはず。注意は必要だとしても心配しすぎる理由としては弱い。
 もちろんプーチンが軍事ブロガーたちに阿っているのは事実なんだろうが、それは別にネット時代だらかというわけではなく、単に「貧すれば鈍する」といういつの時代もどの国でも見られる現象が改めて生じているにすぎない。とにかく目先の敗北の責任を誰かになすりつけるためには軍事ブロガーを味方にして国防省を犠牲の羊に仕立てるしかない、という極めて視野の狭い判断から行っていることでしかないだろう。
 もう一つ面白かったのが、Meet the Lithuanian-Polish-Ukrainian Brigade, A Little-Known Unit that Presents a New Model for Security Cooperationという記事。名前の通りリトアニア=ポーランド=ウクライナ旅団という組織について紹介したもので、この3国が主に軍事訓練などのために共同運営している組織だ。NATO加盟国と非加盟国の組み合わせという点でも興味深いが、実は1997年からこの3ヶ国の協力体制は始まっていたそうで、ウクライナでヤヌコヴィッチ政権が成立した2010年にいったんストップしたが、2014年のロシアによるクリミア併合を機に復活したという。
 この組織はNATOがその外部と協力するうえでの橋渡しとして使えるのではないか、というのがこの記事での評価だ。NATO内でも東欧諸国はロシアの侵略的な姿勢に対する警戒感が強い一方、西欧諸国はロシアに対する攻撃的な対応は手控える傾向がある。そんな中、NATO加盟国で独自にウクライナと協力関係を築いているこの旅団があれば、NATOからの直接支援だけでなく、こうした組織を通じてのウクライナ支援がも含めてより多様な対応ができる、という評価なんだろう。間接的にウクライナ軍を訓練し、彼らの軍事能力を高めることでロシアを弱体化させられるという理屈だ。
 もちろんこの3ヶ国の協力は、かつてのポーランド=リトアニア合同という歴史があったからこそ成立したものだろう。この旅団がかつてのリトアニア大ヘトマンであったコンスタンティ・オストログスキを守護聖人としている点も含め、歴史好きとしては大変に興味深い組織だ。もしこのままかつての東欧の大国が復活でもすればさらに面白くなるだろうが、もちろんそれは妄想の類。現状ではあくまでロシアを弱体化させるためのツールとしてどこまで機能するかが重要だと思う。
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