4つの軍事革命

 前に紹介した歴史論争の中で、Turchinが自分の論文を宣伝していると述べた。論文自体はまだプレプリントの段階でいったんblogにも取り上げているのだが、Science Advancesに掲載された本論文には実はSupplementary Materialsも付属している。で、そこに今まで見たことのないデータが載っているなどなかなか面白い資料だったので、こちらについても取り上げよう。
 この資料にはSupplementary Textと7つの図、16の表、そして参考文献が載っている。テキスト部分は、まずSeshatの説明から入っている。以前このデータを使った論文を撤回したことがあるためか、改めてSeshatについてどのようにデータを集め、その妥当性をどう評価しているかについて説明し直した格好になっている。要するに歴史家も交え妥当性の高いデータを集める努力をしている点について、再度強調した部分だと思えばいいだろう。道徳的な神に関するデータの集め方についても、わざわざ項目を立てて説明しているあたりからも、この推測はおそらく間違っていない。
 続いて本論文では結果のみ示したデータ処理について、どのような手順で進めたかについての説明が載っている。統計処理に関する専門的な話が中心になるので、正直私も完全に把握できているわけではないのだが、要するにこれまた自分たちの解析手順の正当性を示すためのものだと思われる。なおその過程でFigure S2に言及しているのだが、この図はSeshatがデータを集めている各地域の「統治指数」がどのように推移したかを示しており、基本的に右肩上がりの傾向が見て取れる。社会は複雑さを増す方向に進んでいるのを示す一例だろう。
 複雑性が「断続平衡説」のように進化していく傾向についても、Suplementary Materialsの中で説明されている。Figure S4では鉄器と騎兵が同時に到来した場合に社会の規模が大きく変化することを示したモデルの計算結果を載せているが、どのようなモデルでこの計算を行ったかの説明もここに書かれている。本論文の方ではこのモデル計算と実際の歴史上の推移を並べ、鉄器と騎兵の誕生が社会規模を大きくするきっかけになったと説明する材料にしていた。
 さらに興味深いのはFigure S5だ。本論文では軍事革命が社会の複雑性に大きなインパクトを与えるとしつつ、具体的に取り上げているのは鉄器と騎兵がもたらした変化に焦点を当てていたが、ここではそれ以外の軍事革命についても取り上げている。即ち紀元前第4千年紀の後半にあった青銅器革命、同じく紀元前2000年頃の戦車革命、そして紀元1500年以降に広まった火薬兵器革命だ。
 図では様々な兵器について、アフロユーラシアの中心的な10地域(ラティウム、クレタ、上エジプト、南メソポタミア、スーサ、ガラリヤ湖、コンヤ平原、カチ平原、黄河中流域、ソグディアナ)でどの時期に採用されたかをグラフ化している。Y軸はその10地域のうちどのくらいの地域で使われるようになったかを示しているのだが、面白いことにいずれの兵器も短期間で一気に広まる傾向を示しているのは同じ。違うのはそれらが採用された時期だ。
 まず青銅器革命の時期に急速に使用が広まったのは素材としての青銅器に加え、剣、槍、そして(武器ではないが)ロバだ。テキストによると、槍そのものは数十万年前からヒトが使っていた武器の1つだが、この時期に広まったのは別に槍が再発明されたわけではなく「戦争が激しくなったために大量に生産されるようになった」という。またロバあるいはオナガーがこの時期から軍事目的に使われるようになった点にも言及している。ただそういった家畜利用の中心は戦場よりも兵站輸送というのがこの論文の見方。そしてこうした一連の武器利用が急増した時に国家も巨大化し、アッカドやエジプト古王国のように10万平方キロの大国が生まれた。
 次の戦車革命の時期に使用が広まったのは複合弓、盾、兜、そして馬だ。グラフを見ても2000年の頃からこれらの武器を使う地域が急速に増えている。まず戦車を曳く馬が必要なのは当然だが、同時に複合弓が広まっているということは、戦車が弓兵を乗せるプラットフォームとして機能していたのを示す証拠と言える。また防具の使用がこのタイミングで目立ってきているのも特徴的と言えるだろう。この時期にさらに大きな帝国を築き上げたのはヒッタイトや殷などであり、エジプトの新王国は100万平方キロの単位まで領土を増やした。
 その次が鉄器と騎兵の登場だ。グラフでは紀元前1000年のところに線が引かれているが、実際に鉄の金属加工技術(茶色の線)が急速に広まったのはそれから少し後だし、騎兵になると紀元前500年前後の時期が最も大きく伸びている。Figure S5でも鉄器と騎兵の時期を紀元前700年頃からとしている。紀元前1000年頃から先行して伸び始めたのは胸甲とLimb Protectionつまり四肢を守る防具の方であり、そうした身に着ける防具の拡大が騎乗をやりやすくした面もあるのかもしれない。
 テキスト内ではこの時期から軍事革命技術が以前よりも早く広まるようになったと指摘している。確かに青銅器や戦車に比べ、騎兵やその後の火薬はゼロから1まで到達する期間がかなり短く、アフロユーラシアのコア地域で情報が以前よりも急速に拡散するようになった傾向を示しているようだ。「帝国ベルト」とでも呼ぶべき地域の相互の連結が強まった結果としてこの時期には一段と大きな帝国が生まれるようになった。具体的には300万平方キロを超える国が、この後は常に存在するようになったという。
 Table S13にはユーラシア各地で鉄の金属加工と騎兵が登場してから領土300万平方キロの帝国が生まれるまでのタイミングが一覧表にまとめられている。中央部では騎兵と鉄の双方が揃った400年後にアケメネス朝が、南部では騎兵が導入された300年後にマウリヤ朝が、東部ではやはり騎兵導入から300年で東漢(おそらく西漢、つまり前漢の間違い)が、そして西部では騎兵から400年でローマが、それぞれ300万平方キロを超える「メガ帝国」の規模に到達している。このあたりもあって、論文内では「軍事革命の300~400年後に帝国の規模拡大が生じる」という経験則が紹介されているのだろう。
 Figure S6にはさらに火薬革命への言及もある。と言っても最初のArtilleryが紀元800年あたりに生まれているのを見る限り、必ずしも火薬のみがデータに反映されているわけでもなさそうではあるが(もしかしたらギリシャ火の存在が含まれているのだろうか)。実際に火薬の使用が広まり始めるのは紀元1200~1300年頃からで、それから300~400年しか経過していない1600年頃には銃はほぼコア地域の全域に、大砲も8割以上に広まっている。現代的な要塞の拡大はそれよりは遅れたが、それでも1700~1800年頃には一気に全域に拡大している。
 騎兵革命後の帝国における最大領土はおよそ300万平方キロあたりで横ばいを続けたが、火薬以降はその上限を上回る帝国が生まれるようになった。海を通じて広まったのがスペイン帝国(最大時で1400万平方キロ弱)や大英帝国(同3550万平方キロ)であり、陸上で拡大したのがロシア(同2300万平方キロ弱)や清朝(同1500万平方キロ弱)など。軍事革命のたびに帝国が巨大化する傾向が存在していることが分かる。
 さらにSuplementary Materialsでは、戦争強度と軍事技術との相関度が高いことをFigure S7で紹介している。戦争強度は併合や各種の略奪、虐殺やエスノサイドなど、様々なデータを使ってその度合いを調べているそうだ。集められるデータが少ないため、その代理変数として軍事技術を利用しているという話。ただグラフを見ると分かるのだが、特に戦争強度については母数が小さく、データがどこまで戦争技術と類似しているかを判断するのは少し難しそうにも見える。

 以上で大雑把な紹介は終わり。もちろん、一番面白いのは4つの軍事革命についての解説部分であり、騎兵革命に集中している本論文では言及されていない青銅器、戦車、火薬といった革命についてデータを見ることができるのが最大の注目点だろう。それぞれ個別の何かが革命をもたらしたというより、それに連動した様々な武具や装備の存在を窺い知ることができる点が面白い。以前紹介した「アジア戦争複合体」もそうだが、ユーラシアにおける軍事革命も実際は「戦争複合体」として把握した方がいいのだろう。
 もちろん問題もある。分析に当たってコア地域として選ばれているのがアフロユーラシアでも西の方に偏りすぎており、東寄りと言えるのは黄河、ソグディアナ、カチ平野くらいしかない点がそうだ。つまりこのデータはサンプル面で偏りがあるとも考えられる。もっともMorrisによれば東洋が「社会発展指数」で西洋を抜いていたのは紀元600~1700年までの期間に限られており、つまり火薬革命を除けば軍事革命は西洋の方が社会的に発展していた時期に発生していたことになる。だとすれば革命という技術の最先端で起きている事象を追ううえで、アフロユーラシアの西側の比重が高いデータに頼るのもそれほど問題はない。
 さらに火薬についても、最初に生み出したのは東洋だったが、それを発展させたのが西洋だったことはほぼ自明の理とされている。むしろそれを前提としたうえで、なぜ後から火薬を導入した西洋が後に東洋より先行することになったのかの理由を探る取り組みが行われているくらい。以上を踏まえるなら、この「4つの軍事革命」に関する分析はそれなりに信用できるデータに基づくと考えてもいいのではなかろうか。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント