全体としてクレムリンつまりプーチンの行動原理が目先のウクライナ情勢への対応だけに集中し、それ以外をほぼ無視しているように見える。さして広くもないし手に入れたところで利益が多いようには見えないウクライナの一部を得るためだけに、国際的にも国内的にも色々なリスクを積み上げているのが現状。
負けが込んだギャンブラーが考えなしに高額な借金を重ねている状態といえば分かりやすいだろうか。合理性ではなくメンツで行動する
マフィアに政権を任せるとどうなるかを示しているわけで、改めてロシア国民は心底マゾヒストなのだと考えないと説明がつかない状況になっている。
動員が簡単には戦力増強につながらない理由を分かりやすく説明しているのが
こちらのツイート。かつてのソ連は大量動員に備えて「枠組みだけの部隊(士官と下士官くらいしかいない)」をたくさん用意しておき、戦時にはそこに動員した兵隊を投入して軍に仕立て上げていた。だがソ連の崩壊後、財政的に持たなくなったロシアはこの方法を諦め、ロケット部隊とサイズの小さな遠征用部隊に絞り込んだ軍制度に切り替えた。結果、動員だけしてもそれを受け入れる設備も人員もなければ、彼らを指揮する士官下士官もいない、という状況になっているという。
実際、30万人(奇しくも
フランス革命時に最初に行なわれた動員と同じ数)という動員数は、
防衛白書を見ると戦争前のロシア陸軍戦力(33万人)にほぼ等しい数だ(p107)。会社でも何でもいいが、組織をいきなり倍に増やせと言われて効果的な組織を作り上げられる人間がいるだろうか。まして今の戦力ですらろくに上手く動かせていないロシア軍にその能力があるのか。
分かりやすい不安点の1つは
兵站だ。30万人の追加兵力が手に入り、またその訓練や必要な士官の補充も何とかできるとして、では彼らにどのように装備を与え、どのようにウクライナに送り込み、そして戦わせるためにどう補給をするのだろうか。現状ですらウクライナの反撃もあって兵站がガタガタになっている組織が、兵士の数だけ増やしても果たして効果的に戦えるのだろうか、という疑問の声はSNSにあふれている。もちろん30万人が全員最前線で戦うことはないだろうが、それでも
20万人くらいはそうするかもという予想も出ている。開戦時と同じ数の兵員を、果たして今のロシアはまともに補給できるんだろうか。
書類上のみの部隊となり、前線ではあっという間に溶けて消える恐れはないのか。
実際問題、今のロシアにとっては「部分的」に見せかけた動員くらいしか打てる手がないのかもしれない。最近のロシアについては
「詰んでる」という見方が多く、
何をしても「ロシア終わる」になるのではという意見も出ているほど。何もしなければ戦場から兵士が一掃されるリスクがあるし、代わりに何かしようとするとそれはそれで別のリスクを高める。もちろん動員ではなく
核を使えばNATOが介入するという説は短絡的に過ぎるのは確かだし、その意味で西側も油断できる状況ではないのだが、ロシアの現状が無理ゲーに近いキツさなのは確かだろう。自業自得だけど。
そりゃ確かに自分が指導者でも打つ手がないように見えるのも仕方ない。例えば対策として私の脳裏に思い浮かんだのは、ナポレオンが1808年に行なった組織改革。それまでフランス軍は1個大隊を9個中隊で編成していたが、ナポレオンは中隊の規模を大きくしつつ1個大隊を6個中隊編成に変えることで、大隊数をほぼ倍にまで増やしたそうだ。もちろんこれにはリスクもあり、
改革の結果として士官や下士官に対する兵士の数が増えた。有能で経験のある士官や下士官なら何とかしたかもしれないが、学校を出たばかりの士官や、兵から引き上げられたばかりの下士官にとってはおそらく負担になっただろう。ナポレオンの戦争が、特に1809年以降、それまでの機動力に支えられた巧妙さを失って数に物を言わせた不格好なものになっていった背景には、この組織改革もあるのかもしれない。
でもこの手は現代ではそもそも使えない。当時の中隊はほぼ3列横隊のみを組み、指揮官の声が届く範囲にいてその声や合図に合わせて動くのが仕事だった。こういう体制なら中隊の兵士数を少しくらい増やしても何とかなると考えるのはおかしくない。だが現代は違う。基本的に全兵士が散兵として戦う時代にあって、士官下士官1人当たりの兵士数をうかつに増やしてしまえばそれは指揮の不全に直結しかねない。歴史に学ぶといっても、当然ながら限界はある。
もちろんこれでウクライナが勝ったと断言できるわけではない。ヘルソン方面の戦争は
「地べたをはいずるように敵に接近する」という、まるで攻城戦のような様相になっているそうだし、時には
攻撃に失敗して大きな損害を出すこともある。最近の華々しい勝利で有頂天になり、天狗になってしまうような事態に至れば、むしろ自軍の損害が増えると考えたがいい。このあたり、戦争指導者としてのプーチンのダメさ加減が明白になった一方で、ゼレンスキーがどこまで「我慢強く」行動できるかが問われそうな気がする。
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