南部の戦争

 相変わらず動きが激しいウクライナでの戦争。本当は「兵站方程式」みたいなものを提案している論文でも紹介しようかと考えていたのだが、その前に足元の状況をまずきちんと把握しておいた方がよさそうに思える。というわけで今回もSNS関連の情報が多いので決して信頼度が高いわけではない話が混じってくると思う。
 まずは派手なハルキウ攻勢、のおかげでここしばらく陰に隠れていた格好のヘルソン攻勢について。ISWも11日時点の報告で指摘している通り、ヘルソンへの攻撃が「単なるフェイントであると評価する根拠はない」。彼らはドニプロ右岸の重要な拠点をいくつか奪い、橋を2つ破壊してロシアの補給を遮断しており、そのために大量の戦力を投入している。ウクライナ側の攻撃によってロシアは「時間と空間の恐るべきジレンマ」にさらされているそうで、これを受けたプーチンが行う決断が何であってもウクライナはそこから利益を引き出せるのではないか、というのがISWの見方だ。
 翌12日の報告を見ると、本当に事態の展開が早いことがよくわかる。直前まで話題だったハルキウ方面での攻撃はあっという間に後景に退き、真っ先に言及されているのは「南方の反攻」だ。どうやらヘルソンから15キロ北西にある待ちからロシア軍が退却を始めている様子が衛星画像から判明したそうで、この方面に配置されていたドネツク人民共和国軍が戦闘を拒否して逃げ出しているのではないか、と書かれている。この陣地を捨てると次にあるのはヘルソン市街の末端であり、つまりロシア軍の士気崩壊とヘルソン市そのものへの攻撃が迫っていることがうかがえるわけだ。
 さらにウクライナ側の関係者によれば、ドニプロ右岸のロシア軍の中には武器を捨てての撤退を認めるよう交渉している者たちもいるという。この件については「武器放棄による降伏が決まった」というツイートも出てきており、もしそれが事実ならハルキウ方面に劣らぬ戦果が上がっている、と言えそうだ。もちろん重装備を残すとはいえロシアにとって最も大切な人員の引き上げを認めていいのかという意見はあるだろうが、例えば戦車の損失が前に書いたレベルに達しているのなら、ここでさらに重装備を失うこともやはりロシアにとっては大きなダメージになりそうだ。
 ISWによれば、ハルキウでの攻撃成功がいくら派手であっても、はるか南方のロシア軍にまで大きな心理的影響を与えたとは考えにくいそうで、要するにヘルソン方面での反攻も著しく進展していたと考えるのが妥当だという。さらに波及効果として、一連の成功はロシア軍がタイムリーに新しい軍を投入することすら難しくしている。あくまでウクライナ側の情報だが、ロシア軍が新規に編成した部隊のウクライナへの投入を中断という話が出ているそうだ。いくら訓練不足でも新たな兵を投入すればガタガタになっている戦線を少しは安定させられるかもしれないが、それができない場合はウクライナが態勢を整え直したうえで改めて攻勢に出る時間を手に入れるかもしれない。もちろん秋の泥濘や冬の到来といった別の要件があるため、話はそう簡単ではないだろうが。
 ヘルソン方面については、かなり長期にわたって衛星画像の分析をしている人がいる。それによるとロシア軍の兵站活動は最近は本当に低調のようで、12日時点で既に「ロジスティクスは崩壊しているでしょう」と指摘している。ロシア側のあまりのダメさ加減に、時には「この戦争は意外に早く終わるかもしれない」ともつぶやく有様。実際問題として、足元の戦況の急変を見てもロシア側の勝ち目はかなりなくなっているようだし、無意味な死者を増やさないためにもさっさと戦争を終わらせる方がいいような気もしてくる。
 北方に目を転じよう。ISWによると、ハルキウ方面ではまずオスキル河で戦線が再構築されている、とロシア側は主張している。またその南方ではリマンで両軍が戦闘を続けているほか、ウクライナ軍がさらにその東側のヤンピル方面でロシア軍を迂回する可能性もあるそうだ。ウクライナ側によればロシア軍はオスキル東岸の拠点からも逃げ出しており、例えばスバトボには地元の民兵くらいしか残っていないという。ウクライナ側のロシア協力者の中には尻に帆かけて逃げ出した者がいるという話も伝えられており、一種のパニックに陥っているのかもしれない。
 一方、ドネツク州ではいまだにロシア軍が攻撃を行っているという。この方面はずっと昔からロシアが攻勢に出ては撃退されてきた地域であり、もちろん今になってその状況が急に変わることはなさそう。加えてイジューム陥落によりこの方面からの進撃が大きな効果を及ぼす可能性もほぼ失われている。にもかかわらずロシア軍がこちらで攻撃を続けている理由は不明。この方面のロシア軍司令官は崩壊したハルキウ方面の指揮も任せられているという話なのだが、こんな意味不明な行動を取る人物にガタガタになった戦線の指揮を任せて、果たしてロシア軍は大丈夫なのだろうか。それとも「複数の将軍が捕虜になった」せいで、将軍の人材不足に陥っているのだろうか。
 というわけで何が起きているかを把握するうえではISWが1番安心感がある。それ以外にはSNSをいろいろと動き回ってネタを探すという手もあるが、面倒なら例えばNoah Smithがまとめている専門家のツイートリストあたりをザッと見渡すのもいいだろう。後は軍事専門家(例えばこちらこちら)がリツイートしているもの、あるいは関連する「おすすめツイート」のアカウントあたりを順番に見て回ると、いろいろな情報が入ってくる。ただしSNS情報なので正確性については常に留保をつけながら見ておいた方が安全だ。それに当たり前だが専門家といっても常に戦争のことばかり考えているわけではなく、時にはこんなリツイートが入っていたりする。
 実際、「どんなときもユーモアは必要」だ。時にそれはプロパガンダを無効化するのに役立つし、ちょっとした清涼剤にもなる。そもそもツイッターのような媒体は昔から大喜利での活用多かったわけで、実際に笑えるネタ出会った人がそれをスルーするのは難しい。戦争絡みの動きを追いながら、それでも時にユーモアに走らざるを得ないあたり、実に人間らしい行為だと思う。

 一方、ウクライナの外ではこちらで指摘した「ロシアが完全に馬鹿にされている」証拠かもしれない事態も起きている。アゼルバイジャンとアルメニア間の紛争再発だ。こちらを見ると実際にはアゼルバイジャンがナゴルノカラバフではなくアルメニア本土に向けて砲撃を行っているそうで、米上院の外交委員会公式ツイッターなるものが懸念を表明している。もしかしたら一昨年の戦争に続く新たな戦争に至るのかもしれない。
 背景にあるのはもちろんロシアの影響力低下だろう。こちらによるとアルメニアはアゼルバイジャンと対抗するためにロシアに事実上占領されている状態にあるが、にもかかわらず一昨年の戦争では最後の最後までロシアは介入してこなかった。まして今の状況下でロシアが積極的にアルメニア支援に出てくる可能性は乏しそう。ということはこの方面でさらに戦争が引き起こされるかもしれないわけで、ウクライナだけでも多数の死者が発生しているのに加え、悲劇の拡大も考えておいた方がいいのかもしれない。
 あと、前にウクライナ戦争からの連想的に取り上げたスリランカだが、どうやらロシアと同じように頭脳流出が起きているらしい。「人は城、人は石垣」(甲陽軍鑑によれば武田信玄の歌)だとすれば、人を大切にしない体制が弱体化していくのは当然の結果なんだろう。目先の自分の利益ばかり考えてグループ全体の繁栄を目指そうとしない体制という意味では、今のロシアはかつてのアフリカに存在した奴隷貿易国家と似ているのかもしれない。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント