弱点叩き

 ウクライナ軍の反転攻勢について、ウクライナ側がはっきりと「ロシアの戦力と兵站を悪化させるのを意図した体系的な作戦だ」と述べたらしい。こちらで紹介したように、兵站面でロシアに不利な場所を選んでそういう戦い方をしているのは、どうやら間違いないと考えてよさそうだ。実際、こちらのツイートにまとめられている地図でも、ロシアの弾薬集積所が広範囲で狙われているのは確かなようだ。そしてSNSのミリタリーアカウントの中でも、最近はそうした見方を示している人が増えている。
 例えばこちらの一連のツイート。ヘルソンが黒海沿岸域をつなぐ連絡線上にある重要な拠点であり、またロシア軍がいわば背水の陣を敷いていることなどから、ウクライナが「主要攻撃をヘルソンへとシフトしたのは見事」と評価している。そしてもし自分が司令官なら、これまでの砲撃同様、ロシア軍の「最も脆弱なところ」を攻撃するだろうとの見方も提示している。ロシア軍がヘルソン防衛に兵を派出した結果、弱体化したドンバスでウクライナが攻撃に出たほか、ハルキウ周辺でも反撃が行われてロシア軍が後退を強いられているそうだ。
 ヘルソンのロシア軍に弱点があることは、こちらのツイートでも書かれている。彼らが最も脆弱なのがドニプロ右岸のヘルソン地域であり、ウクライナ軍はヘルソンの町を取り戻そうとしているのではなく、その周囲のポケットを圧迫し、増援を不可能にしてロシア軍に後退を強いるのが目的ではないか、というのがツイート主の推測だ。ウクライナにとっては持続可能性と戦力の維持が重要であり、だから流血を増やすような戦い方はしないという見立てだろう。
 さらに欲張って、ロシア軍の退路を断つことまで考えているのではないか、との指摘もある。モーゼが黒海を分けて兵站を開かない限り、ヘルソンのロシア軍を助けることはできないというツイートまで現れており、過去にロシア軍の兵站の弱点を指摘していた人物がそれをリツイートしている。もちろん現時点では本当に退路を断てるかどうかはまだ分からないが、河川を背後にしている点でリスクがあるのは間違いないだろう。
 中には「ウクライナは自分たちにとって有利な戦場であるヘルソンにロシア軍を引き寄せていたのではないか」との説まで出てきた。今回のヘルソン攻勢は8月29日から唐突に始まったのではなく、何ヶ月もかけて準備されたものであり、彼らはこの地域でロシア軍に対し質的な優位(HIMARSなど)を時間をかけて築いた。そのうえでヘルソン反攻を何度も言及することでプーチンにこの地域へと兵を送り込ませ、橋を破壊して膨らんだロシア軍の補給を断ち、そうやって弱体化した敵を叩こうとしている。
 今はこのロシア軍の破壊を加速しようとしている局面だ、というのがこのツイート主の判断。補給を失い戦う能力が低下したところでロシア軍を攻撃し、その被害を拡大させる。こちらのダッシュボードにはロシア側の損害推移が掲載されているが、確かに人員や装備の損害は攻勢が始まった8月29日あたりを底に足元では右肩上がりの傾向が見られる。本当にロシア軍をヘルソンに引き付ける狙いがあり、それが当たったと解釈していいのかどうかは不明だが、そう考えるとここしばらく「ヘルソン反攻」が話題に上る場面が多かった理由の説明はつく。
 さらにドニプロ右岸に取り残されつつあるロシア軍の戦力を推計している人もいる。それらの兵力にきちんと補給を届けるには1日あたり500台のトラックが必要、というのがその結論。ただその後で「渡河点が2ヶ所なら毎分10台のトラックを渡さねばならない」と筆を滑らせ、リツイートで「毎時10台じゃね?」とツッコミを受けている。
 ウクライナの行動は中期的な視点も踏まえたものだ、という指摘もある。こちらの一連のツイートでは、ロシア軍について、橋を落とされた河川の対岸に砲弾や重装備を送り込むのは大変だし予備の展開も難しくなると記したうえで、ウクライナがどれだけ領土を取り戻せるかはともかく、ロシアにとって占領にかかる労力がより高くつき持続不可能になっていくだろうとの見方を示している。ロシア軍の中心は契約兵であり、その期間は3ヶ月や6ヶ月といった単位になっている。補給の途絶えた最前線に置かれ、そのまま冬を迎えたロシア軍の契約兵たちが、果たして来年2月になっても軍にとどまっているかどうかは怪しい、というわけだ。
 同様の話をしているのがThe Ukrainian Offensive Must Come in Stagesという記事だ。記事ではヘルソン地域はともかく、ドニプロ左岸の広大なロシア軍占領地域を取り戻すのは時間がかかるため、そうした作戦が実際に行なわれるとしたら冬の休止期間を挟んだ後の2023年になるだろうと予測。当然ロシア側も同じ想定で準備を整え、ウクライナの攻勢を先取りしたり、逆にロシア側が攻勢に出てくる可能性もある。それを妨げるうえで必要なのは、冬の間ロシア兵をずっと戦わせることだそうだ。
 ヘルソンへの攻勢、冬の間の小競り合いと準備、そして2023年の大規模戦闘という一連の流れを少しでも有利にするため、ロシア兵が凍え、濡れ、飢えてみじめな状態に置き続けるのが望ましい。一方、冬にはウクライナのみならず他の欧州諸国もエネルギーや燃料不足に巻き込まれる可能性がある。その際に従来とは異なる戦争ということで、プロパガンダやデジタル分野も含めた戦争が広まることも考えられる。
 これに備えるため、西側は小出しのスポット的な支援ではなく、2024年まで見据えた中期的なウクライナ支援計画をきっちり固めておくべきだ、というのがこの記事の主張。これによって支援継続を勝ち取るためウクライナ政府が無理に目先の戦果を取りに行くプレッシャーから解放され、より現実的な勝利への道筋が西側市民に示されることでロシアのプロパガンダの影響が減り、そして最後にロシア側に自分たちの見通しが悪化していることを示すことができる。ロシアが侵攻をやめない理由が、欧米のウクライナ支援がいずれ途切れるという希望に根差しているのなら、その希望を破壊するのが一番大切だ、という理屈だろう。
 キーウ攻撃の放棄やスネーク島からの撤収など、ロシアの指導者はより大きな失敗が迫っていることに気づけば手を引くケースが過去にもあった。ならばロシアに軍事的敗北があり得ることを十分に示せば、交渉によって彼らに手を引かせることができるかもしれない。何があってもウクライナ支援を続けるという西側の姿勢を固めてしまうことこそ、ロシアに戦争をやめさせる最も確実な道だ、とこの記事は主張している。

 もちろんこれらの見通しが本当に正しいかどうかは分からない。例えば、そう簡単に戦争は終わらないと述べているのがこちらの専門家。今回の戦争の終わり方は、決着がついたわけでもないのに停戦合意が交わされる「凍結された紛争」になるのではないか、というのがその予想だ。中途半端なディールが行われ、例えば10年間の現状固定といった取引が行われるかもしれない。といってもそうした交渉がすぐ始まるわけでもなさそうで、「停戦にいたる道筋が見えるのは、残念なことにまだ随分先のことになるかもしれない」とも書かれている。
 半面、これから深刻になりそうなのは周辺国のロシア離れだそうだ。「旧ソ連諸国から、ロシアは完全に馬鹿にされてしまっているんです。ウクライナごときにあんなに苦戦するのかと」という、身も蓋もない指摘にある通り、ロシアはもはや大国としての勢力圏すら維持できなくなりつつあるそうで、「未承認国家すらロシアを軽侮」する有様だとか。そうやって勢力圏を失ったロシアに残された道は、経済制裁の抜け穴になっている中国をはじめとするBRICS諸国との関係を強める方向になりそう。ただその結果として「中国に対して、立場の弱いジュニアパートナー化する」のはもう「既定路線」なんだそうだ。もう少しこう何というか、手心というか……。でもまあ実際、前に経済制裁の話でも紹介した通り、中国はロシアのエネルギーを思い切り安く買い叩いている。一方で現在でもすでに「物質的には中国製品がロシアを席巻」しているそうで、ロシアは今では中国の「安い原料供給地」兼「製品市場」と化しつつあるのかもしれない。
 またこの専門家の指摘で面白いのは、長期的な予想の中に、ロシアで権威主義的な政権が崩壊するという見通しを全く示していないこと。「(プーチンの)次に民主主義的な指導者が来るかといったら、絶対そうはならない」とまで言っているくらいで、そもそもロシア国民自身がそういう発想でリーダーを選んでいないと見ているようだ。これまで不幸なのは権威主義的で収奪的な体制下に生まれた大衆だと述べたことがあったが、研究者の視点だとそれはロシアの大衆自身が望んだ体制ということになる。ロシア人は世界トップクラスのマゾヒストなんだろうか。
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