Noah Smithがアップしていた
Yes, sanctions on Russia are working というエントリーでも、冒頭でそうした見解が増えていると指摘している。特にその大きな理由として挙げられているのがルーブル高、増加している石油の輸出額、そして当初に予想されていたほど減りそうにないGDPという3つ。実際、Smithはグラフを使ってルーブルが歴史的な高さにあること、石油の生産量ダウンがコロナショック時よりも小さいことを紹介している。また15%減が予想されていたGDPだが、今の世銀の予想は6%減にとどまっている。
だがそうした事実にもかかわらず、ロシアへの経済制裁は効果を上げている、というのがSmithの見方だ。彼はまず経済制裁のそもそもの目的は何かとの問いを立てている。一般にはロシアが貧しくなり、
バブーシュカ がパンを買うのが難しくなれば、経済制裁が効いていると考える人が多いが、そうではない。制裁の唯一の目的はロシアの戦争遂行能力を削減することにある、というのがSmithの主張。そのためにはロシアの防衛関連の生産能力を下げる必要があり、そうするうえで効果的なのが彼らの輸入を抑制することだ、とSmithは説明する。
そう考えると実はルーブル高はむしろ経済制裁が効果を上げている証拠となる。為替相場が上がるのは一般的には経済状態がよくてその国への投資が増えている時だが、ロシアはそうではない。中国企業ですら投資を控えたがっている中でルーブルが強くなっているのは、輸出が増えているのに対して輸入が崩壊していることにある。実際、エコノミスト誌から引用している輸出と輸入の推移グラフは、特に輸入が2022年に入って急減していることを示している。
ロシアの輸入、特に防衛産業の部品輸入をさせないことが経済制裁の目的だとしたら、それは効果を上げているようだ。ロシアへの輸出はいったん落ち込んだ後に少し戻しているそうだが、そのリバウンドの大半は消費財であり、武器にはならない。制裁によって輸入が減っていることがルーブル高の一因だとしたら、ルーブル高を経済制裁の効果が薄い理由として取り上げるのは筋違いである。
では石油輸出額の増加はどうか。実は額ではなく量で見ると、生産量も輸出量も減っている。欧州への輸出量はずっと右肩下がりであり、春先に急激に増えたアジア向け(おそらく中国向け)も足元では再び減り始めている。量がそうなっている以上、額が増えたのは石油価格が急騰したことが理由と考えるべきだろう。しかし足元の石油価格は侵攻前の水準まで下がっており、そうしたデータが出てくるのはこれから。それに制裁の目的はロシアの輸入を減らすことであって、輸出は関係ない。
ロシアの防衛産業はドイツの機械と米国の半導体に大きく依存している。戦前の日本軍が米国の石油に頼っていたのと同じだ。それらの輸入を止められれば武器が作れなくなる。おまけに制裁に参加していない中国などもロシアへの輸出を減らしている。工業産品の中には半分以下まで生産が落ち込んでいるものもあり、輸入代替はろくに機能していない。ロシア軍の兵器がどんどんなくなり、旧ソ連時代の兵器を引っ張り出す事態に陥っているという話は
これまでも伝えられている 。
半年で経済制裁は我々の期待通りに機能している。これがさらに長引けば、その効果は防衛産業だけでなくロシア経済全体へと波及していくだろう。そうなればロシアは兵器だけでなく消費財すら供給できなくなる。バブーシュカが本当に苦しむ時がやってくる、というのがSmithの結論だ。
スライドではまずロシアが自分たちに都合のいい統計ばかりを表に出していると指摘。プーチンは過去に統計を偽造したこともあり、こうした統計はプロパガンダの一種となっている。それに踊らされると、例えば石油の輸出が一時的に膨らんだ3月の数字を基に年間の輸出額を推計し、前年を上回る好調ぶりだと報じることになる。実際は5月の輸出量は半分以下に落ち込んでいるそうで、そうした安直な予想は当たらない、というのがこのペーパーの指摘だ。
ロシア経済の規模が小さく、世界経済への影響が限定的であることも繰り返し述べられている。石油や天然ガスのシェアは世界の1割くらいしかないが、エネルギー関連はロシア経済全体の6割を占めている。欧州のロシア依存はロシアの欧州依存に比べて比率は低いし、この6月には既にEUでロシアのガスを米国のLNGが上回っている。アジア向けの輸出を増やしたくてもこの方面のパイプラインは少なく、作りたければ多額の投資が必要になる。
それどころか、石油の生産設備に使われている部品も西側製のため、長期的には生産量自体の低下が避けられない。中国は確かにこれまで以上にロシアから石油を買うようになっているが、それは以前に比べて35ドルも割り引いた価格だ。要するに足元を見られているわけで、おそらくインド向け輸出もそうだろう。実のところ中国は過去にもイランやベネズエラから石油を安く買い叩いた実績があり、その意味ではロシアに対して遠慮するとも思えない。
Smithが指摘していた輸入の急減もこのペーパーに書かれている。クレムリンは統計データを発表していないが、貿易相手国側のデータから推測すると最初の数ヶ月で輸入はおよそ半減している。中国のデータも同様で、こちらは対ロシア輸出が半分未満に落ち込んだ。ロシアにとって中国は最大の貿易相手国だが、中国にとってはトップ10にも入らない国であり、そりゃ重要性には欠ける。経済力のない国が無理をすれば容易に食い物にされることが分かる。
消費者物価指数は2割ほど、国際的なサプライチェーンに頼る業種では4~5割のインフレが発生し、小売りや消費額は急速な落ち込みを見せている。自動車販売の崩壊はその一例で、プーチンがいくら「輸入代替」を口にしてもそれはレトリックでしかない。それだけの生産力や生産技術が国内にない状態では、外国企業が撤退してもそれに代わる国内企業が出てくるわけもない。購買担当者指数は急落しており、そもそもロシア企業は輸入を代替しようと考えてすらいないように見える。
撤退する国際企業の数は1000社を超え、その規模はロシアGDPの4割、関連するロシア人雇用は500万人超に達する。資本の流出に加えて高学歴者を中心とした国外への脱出も多く、ロシアの金持ちがドバイになだれ込んだせいで現地ではバブルになっているそうだ。
ルーブルは高いが、ルーブルの売買高は極めて低い水準にとどまっており、要するに当局のコントロール下で人工的な価格がついているのが実情。クレムリンは公共投資などの巨額の財政刺激とマネーサプライの拡大を通じて経済を支えようとしているが、持続可能な政策ではないという。そして経済制裁も含めてロシアの外貨準備は急減しており、このままだと数年のうちに尽きてしまう。国際市場から締め出されたロシアの金融市場も低迷しており、中小企業は流動性の危機に直面しようとしている。
以上が「経済制裁は効果を上げている」派の見解だ。もちろんこれには異論もある。
こちら ではそうした異論が紹介されており、例えばロシアの輸入は足元で回復を見せていることが指摘されているし、
こちらの一連のツイート ではロシアに残って商売を続けている企業がまだ多いというデータが示されている。
The Squeeze on Russia Is Loosening によれば6月の対ロシア輸出は4月の底に比べて47%も高く、その増加に貢献しているのはEUやスイス、韓国、日本といった制裁に参加している国々だと指摘されている。
ただしここで重要なのは、Smithも言う通りそれがロシアの継戦能力にどうつながってくるかだろう。極論を言うなら、たとえ輸入が戦争前より増えてもそれ以上に戦場での弾薬消費や装備の破壊ペースが早ければ、継戦能力は低下していく。どうも経済制裁に関する議論は経済全体への影響や事前の期待(これも決して明確ではないが)との比較に話が偏りがちに見えるが、実際に見るべきなのは戦場におけるロシア軍の能力がどう変化しているか、なのだろう。
同時に前月比で増えたとか減ったとかいう、あまり短期的な動向を気にしすぎるのはいかがなものかとも思う。同じことは軍事作戦についても言える。経済よりは短期間で動きが出るとはいえ、例えばウクライナの反転攻勢についても
「この規模の軍事作戦は1日や1週間で成功や失敗が決まるものではない」 。ロシアはやたらとすぐに勝利宣言をしたがるが、本当に勝ち目があるのなら無理にそうする必要はない。プロパガンダは横に置いておいて、実際の結果がどうなるかきちんと腰を据えて見守る必要があるのだろう。
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