兵站シミュレーション

 ウクライナが攻勢を始めた当日のISWの記事は、ロシア側のbloggerたちがあちこちでウクライナの攻撃が行われていると伝えていることを報じていた。さらにその翌日、ISWはウクライナ軍がドニプロ河にあるロシアの渡船を攻撃していることを知らせているが、一方でこの反転攻勢が時間を要するものである可能性も指摘している。ウクライナの狙いはヘルソン奪取というより、ロシア軍の陸上連絡路(GLOC)を破壊し、それにともなう長期的な効果を得るところにあるためだそうだ。
 この指摘と関連しそうなのが、Logistics Determine Your Destiny: What Russia's Invasion is (Re)Teaching Us about Contested Logisticsという記事。Modern War Instituteのサイトに載っている記事については以前にも紹介したが、今回の記事もなかなかに面白い内容だったので紹介しておこう。

 この記事ではロシアがウクライナ侵攻を行なう際にどのように兵站を確立するかについて、サプライチェーンのシミュレーションパッケージとオープンソースのデータを使ったシミュレーションの結果を記している。サプライチェーン、つまり兵站線を確立するためには4種類の装備が必要。生産物(戦争においては武器弾薬や食糧などだろう)、施設(物資を置いておくための場所)、車両(トラック、鉄道、船舶などの輸送手段)、そしてルート(道や鉄路、航路)だ。記事を書いた研究者は実際の衛星写真を見ながら、それらの施設が厳密にどこにどのように展開しているかを地図上に落とし込み、そこからロシア軍の兵站がどう機能するかを調べたようだ。そうしたシミュレーションモデルの一例はFigure 1に描かれている。
 シミュレーションを行う前提として、ロシアとウクライナの鉄道軌道が共通であり、町などを確保すれば鉄路は利用できるとしている。一方でロシア軍のトラックは不足しており、兵站拠点から160キロ先には補給を届けられない(こちらではもっと短い90マイル説を紹介している)。そして港湾については衛星写真で確認できるクレーンなどからその能力を推測したという。
 研究チームが調べたシナリオは4つ。キーウを奪って新たな体制を作る、東部を併合してクリミアと陸路でつなげる、南部を併合して黒海へのアクセスを支配する、そしてウクライナを分割し東部(ドニプロ河以東)を併合する、という4シナリオだ。実際にロシア軍が行ったのは、この全てをまとめて取りにいこうとしたような、無謀を通り越して傲慢すぎる作戦だったわけだが、この記事ではもっと限定的な目標を想定している。それでもなお、この4シナリオのうち2つは兵站面からほぼ実現不可能、というのが記事の結論だ。
 まず内陸にあるキーウへの攻撃だが、ここでは海路はもとより鉄路も十分には利用できず、道路を使ったトラック輸送もしばしば狭い町中の道や橋を渡らなければならないため、ウクライナ側の反撃に遭いやすい。加えてロシアのトラック輸送能力の限界もあり、十分な補給を届けられないという。記事中では空路での輸送についても言及しているが、個人が持ち運べる対空兵器の存在などを考えると、戦闘地域における空輸作戦は極めてリスキーだと結論づけている。
 それに比べると楽なのは東部を併合しクリミアとつなげる方法だ。ロシアやクリミアからの鉄路が使えるうえに、アゾフ海では海路も使用可能。集積地から最前線までの距離を縮めることが可能なため、トラック不足でも補給を届けることができる。ただしこれは戦争初期の時点での条件であり、ウクライナ側が遠距離の兵站攻撃兵器を手に入れれば事態はそう簡単ではなくなる。それでも想定4シナリオの中では最も実現可能性が高いものであり、ロシアが第二局面でドネツクに集中したのは、より兵站面で実現可能性が高いシナリオに立ち戻ったことを意味する。
 3つ目の南部併合シナリオも同じように鉄路と海路の利用が可能という意味で兵站面での実現可能性は高い。ただし兵站を確立するにはオデーサを奪う必要があり、そのためにはヘルソンからミコライウを経てオデーサへ向かう陸上部隊と、海からオデーサを攻撃する上陸部隊の2つがきちんと連動して行動する必要がある。しかし陸路での進撃は連絡線を敵に晒す可能性があり、海路での接近に対してはウクライナの誘導ミサイルが迎撃に出てくる。それに東部の作戦に比べて連絡線はウクライナ軍の手に届く位置にあるため、実際にはこのシナリオ達成は難しいだろう、というのが結論だ。
 4つ目のウクライナ分割はさらに野心的であり、そしてシナリオ1と同じようにトラックへの依存度が高くなる。これを実現するにはドニプロへの進軍に際して敵の抵抗がほとんど皆無であるか、敵を一方的に壊滅させる必要があるそうだ。これもやはり成功しそうにないシナリオだ、というのが記事の結論となっている。
 この記事の中で特に足元のウクライナによる反転攻勢と関連しそうなのが、シナリオ3の文中に出てくる「鉄道補給線を確保するためにロシア軍はヘルソンの北、東、西の少なくとも90キロメートルを占拠する必要がある」という一文だ。兵站面から見ればロシアはヘルソン市を押さえるだけでは足りず、その周辺地域まできちんと占領しなければならない。だが実際には60キロ離れたミコライウですら取ることができず、足元ではむしろヘルソンへウクライナ軍が接近しようとしている。
 以前からウクライナ軍はヘルソン方面で攻撃に出ていると何度も報じられているが、もしかしたらそれがロシアの兵站に圧力をかける最も手っ取り早い方法なのかもしれない。足元の反転攻勢も、ISWの見立て通り長期的な効果を見据えたものであれば、ロシア軍の陣地を正面から攻撃するのではなく彼らの兵站をさらに破壊することを狙った戦闘が続く可能性がある。新聞見出し的には地味だが(ロシアにとって)いやらしい攻撃が続くことも想定した方がいいかもしれない。

 もう一つ、Modern War Instituteのサイトに載っている記事で面白かったのが、How Ukraine's Roving Teams of Light Infantry Helped Win the Battle of Sumy: Lessons for the US Armyだ。ナポレオン戦争期によく見かける軽歩兵という言葉が現代になって使われているのが、まず興味深い。
 といってもここで出てくる軽歩兵は別に200年前の軍隊と同じものではない。ウクライナ側がスーミの戦いで使った戦術の淵源として紹介されているのは、第一次大戦中のドイツ軍による防衛戦術。陣地を固守するのではなく、分散と縦深・対偵察・指揮の柔軟性といった弾力性のある戦い方を通じ、損失を抑制しながら敵の突破を妨げるというこの戦い方は、スーミでのウクライナ軍も採用していたそうだ。そこで重要な役割を果たしたのが「小規模で機動的な軽歩兵を使ったロシア兵站部門の破壊」。文中では、第二次大戦中に行なわれたドイツUボートによるウルフパックの陸上版、という表現も使われている。つまり情報を活用しながら仲間同士で協力して敵の弱点を叩く、という意味だろう。そして弱点とは、ロシア軍の兵站である。
 記事中ではこうした作戦について、米軍にとっても学びが多いと指摘している。実際問題、正面装備で負けている側にとってだけでなく、どの軍においても敵の兵站を狙うのは当然の作戦なんだろう。よく「素人は戦略を語り、プロは兵站を語る」と言われているが、ウクライナ戦争の動向を見る限りウクライナ軍はプロに徹し、一方のロシア軍は素人丸出し、に見えてしまう。改めてポチョムキン軍という言葉を贈りたくなる状態だ。
 もちろんその原因はプーチンにあると考えるべきだろう。今回の戦争はこちらの記事にある通り「プーチンの負け戦」。今もなお彼はショイグの頭越しに「最前線の司令官から直接、報告を受けている」そうで、だとするなら今後も現在のような状態が続く可能性がある。今やこの戦争は、誰一人として幸せにならないものと化している。
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