情報処理能力の進化 5

 Seshatのデータを使って社会の複雑さを調べたところ2つの閾値が見つかったという研究や、それに対する反応を前に紹介した。反応をまとめた特集の中には、こうした定量的な歴史について昔から色々と書いているIan Morrisの文章もあったが、残念ながらネットでは読めないというのがその時の結論。だが気がつくとこの文章もネット上にPDFがアップされていたので、紹介するとしよう。
 Scale, Information-Processing, and Complementarities in Old-World Axial Age Societiesと題されたこの文章は正直それほど長いものではないし、踏み込んだ議論をしているわけでもない。むしろ内容という意味では特集内で紹介されていたインカの事例メソアメリカの事例トリポリエの事例の方がよほど濃かったと言える。確かに古典期ギリシャの話の中には多少は数字が出てきている(アテネの人口とか同時期のギリシャ人全体の数など)ものの、そこから新しい知見が一気に広がるというレベルのものではない。
 そもそもMorrisがこの文章で指摘しているのはあくまでこうしたデータベースを作成する際に起こり得る問題についての提起にとどまっており、データの中身についての問題点の指摘でも、あるいはより有効なデータベースの作り方に関する見解の提示でもない。確かに問題点の指摘は面白いし、彼が抱いているであろう懸念も分からなくはないが、ではどう取り組めばいいのかが見えてこないあたり、読み終わっても不完全燃焼感が残る。なるほどこれは、あくまで「特集の中の1つ」という位置づけで読むくらいがちょうどいい塩梅の文章ではある。

 Morrisは一体何を指摘しているのか。それを示す言葉として彼が冒頭に記しているのが、「社会科学者は無知であり、歴史学者は愚か者だ」という、アカデミアの管理職がよく吐く愚痴。より誤解のないように言うなら、社会科学者は「あまり物事を知らないので馬鹿げた結論に飛びつきがち」であり、歴史家は「パターンに気づくだけの賢明さがないので何の結論にもたどり着けない」という言い方になる。キツい言い回しだが、ある意味でいいところを突いていると思う。
 この問題は以前、こちらでも指摘した「還元主義」に対する両者の姿勢の違いから端的に窺える。社会科学者はデータからパターンを見つけてしまうと、それがいかに馬鹿げた考えであっても安易に飛びつく傾向がある。個々の物事について詳しく知っていれば「ありそうにない」という肌感覚を覚えるような理論を提示されても、そうした個々の物事に無知な社会科学者は疑問を感じることなく結論を出したがる。逆に歴史家は細かい個々の事例について詳しすぎるくらいに知っていても、そこから一定のパターンを見出すこと自体を拒否することがある。あたかも還元主義自体が間違いだと考えているかのように。
 なぜMorrisは冒頭にこうした話をしているのかというと、彼の結論は「Seshatの取り組みは人類には早すぎたのではないか」というものだからだ。こうしたデータベースができてしまうと、実際にはデータとして汲み取り損ねた部分があるはずなのに、それを無視して結論に飛びつく者が出てくる恐れがある、と考えているのだろう。そうした見解が増えてくれば、歴史家の側はデータベースそのものへの不信を募らせるだろうし、結果としてこの取り組み自体が失敗に終わる展開もあり得る。
 というか、実際に過去に行なわれた歴史の定量化の取り組みは、必ずしもうまく行かなかった。こちらで紹介したThe Revival of Quantification: Reflections on Old New Historiesという文章の中には、1970年頃に取り組まれたPhiladelphia Social History Projectについての言及がある(p18)。この歴史の定量化をめざした計画は、実に300万ドルものコストをかけてフィラデルフィアのコミュニティ研究に取り組んだそうだが、僅かな結果しか生み出せず、多くの歴史家が幻滅を覚えたという。要するに歴史の定量化には残念な「失敗の歴史」があるのだ。
 特にMorrisが懸念を覚えているのは、SeshatがPolity(政治体)を単位としたデータベース構築を行なっている点だ。彼が古典期ギリシャについて言及しているのは、例えばアテネという都市国家のみを対象として複雑さを分析しても、規模が小さすぎるために大して複雑でない社会の存在しか把握できないのではないか、という疑問を突きつけるため。同じような疑問は、例えばマヤ文明についても成立しそうだ。Seshatはこれらの地域をデータベースの対象に入れていないが、入れた場合に今のような枠組みでデータ化するのがいいかどうかという問題は、確かに存在するだろう。
 Morrisに言わせれば、規模に代表されるような帝国について把握するには政治体に焦点を当てるのもいいが、情報処理の分野ではむしろ一部の都市やそのネットワークの方が歴史的には主役を担っていたのだという。帝国と諸都市は時に対立し、時には互いに補完し合いながら、トータルとしての複雑度を高めるような歴史を紡いでいった。文中には紀元前9世紀にダマスカスがアッシリアを相手にした同盟を組んで対抗した事例が、ペルシア戦争時のアテネやスパルタの同盟と並んで紹介されている。つまり、都市と帝国とは必ずしも1つのものとは見なせない役割を歴史上で果たしていた、というわけだ。
 この場合、Seshatが行っている「政治体」単位のデータ集めは、実際に存在したであろう多様な枠組みの多くを切り捨ててしまったデータになる恐れがあるのは確かだ。特にShinらの研究から導かれた「規模」と「情報処理」という2つの閾値の存在は、実はそれぞれを担う主体が違うと考えた場合、素直に額面通りに受け取っていいのかという問題が出てくる。規模は帝国が、情報処理は都市が担いつつ、対立から協力まで含めた両者の相互作用によってそれらの数値が変化していったのだとしたら、それを単純な「2つの閾値」という解釈で済ませてしまって大丈夫だろうか。
 もちろんMorrisにしても、古代ギリシャの事例を入れるだけでShinらの研究結果が完全に否定されるほど数字が変わるとまでは主張していない。ギリシャやマヤが入ったとしても、全体のデータはあまり変わらない可能性は十分にあるだろう。それにSeshatのデータは、現時点でも初期のローマや同じく初期のメソポタミア南部のように、都市国家規模のデータを「政治体」の枠内で取り込んでいる部分もある。Morrisの懸念は、実際には「誤差の範囲」で済んでしまうことも考えられなくはない。
 それでもMorrisは数字だけで判断することに対しては慎重だ。彼はデータを使った分析をする場合も、常に社会科学者の言う「分析的ナラティブ」を使った詳細なケーススタディと併用すべきだと主張している。実のところSeshatチームも、Morrisが取り上げている「枢軸時代」の本ではその多くを数字よりナラティブに費やしている。だからSeshatチームもMorrisの懸念についてそれなりに同感する部分があるのだろう。そうやって社会科学者の「無知」と歴史家の「愚かさ」をカバーしあうような取り組みが進めば過去のような失敗は避けられる、かもしれない。

 というわけで、ご意見番の長老が「何事も慎重に進めるべきじゃ」と言っている印象の強い文章だった。だが、個人的にはこの後に、いずれMorrisの言うことに耳を貸さずに数字一辺倒で突っ走る人間が増えてくるんじゃないか、と思っている。理由は、全く同じことがNFLのアナリティクスの世界で起きているからだ。
 初期のアナリティクス、例えばFootball Outsidersなどは、データ活用を訴えつつも既存の知識も重要だというスタンスをよく示しており、そのためフィルム分析などを記事化することも多かった。だが最近はアナリティクス関係者の数字重視の姿勢が昔に比べて強まっている印象がある。時に極端すぎる分析が顔を出すのも、あるいは他のスポーツに比べてNFLはアナリティクス導入が遅れているという不満の声が出てくるのも、こうした「定量」派が勢いに乗っているためではなかろうか。
 だとすればいずれ歴史の世界で同じことが起きても不思議はない。古株のMorrisや、歴史家を入れた研究にこだわるTurchinあたりがそういう暴走をすることはないだろうが、Seshatと直接関係ないところでデータを使った社会科学者が暴走している事例はすでにあるし、Seshat内部から若手がそういう動きを見せる局面がいずれ訪れる可能性だってなくはない。流行の最前線に立つ人間が有頂天になり、自分が正しいと思い込みやすくなるのは人の世の常だ。定量化が人気になればなるほど、そうした流れが強まりそうな気がする。
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